第13話 護身用アイテム
「おろしてくれよ……。頼むから……」。
男の情けない声がした。
「ダメよ」。
私は絶対に産むから、と続けて言ってもおかしくないほど強い意志のこもった女の返事があった。
(会話だけを聞いてたら、とんでもない修羅場みたい……)。
ベッティは前を行く二人を見る。
と言っても一人の背中しか見えない。
大柄な女が、男を前に抱えて歩いているのだ。
いわゆるお姫様だっこの状態で。
「だってあなた、ひどい筋肉痛でまともに歩けもしないんでしょ ? 」。
「ゆっくりなら歩けるし……。やっぱり回復魔法を使ってくれ……。女の子に抱きかかえられていくなんて恥ずかしいだろ……」。
「ゆっくり歩いてたら、その分ベッティの村の救助が遅れるし、筋肉痛に回復魔法を使ったら筋力があがらないって説明したでしょ ? 筋肉を鍛えないと、またあのアイテムを使った後に動けなくなるわよ」。
チェリーは聞き分けの無い子どもに言い聞かせるように、その太い腕の中のコウに言った。
昨晩使用したアイテム「
朝、起き上がることができなかったのだ。
身体全体の痛みで。
「うう、何が『筋力よりも魔力を鍛えろ』だ。やっぱり筋肉の方が重要じゃないか……」。
コウは作業中のため、昨晩から沈黙モードに入った腹部の「
そんなコウとは逆にチェリーは機嫌が良さそうな顔だ。
その理由は三つある。
一つ目は、巨人族の血によって彼女が将来数十メートルの大きさになっても、それでも彼女
二つ目は、身体が大きくなる
これは身体の容量が増えることで、今まで無理やり詰め込まれていた筋肉が余裕をもって収まるようになったためだ。
彼女の顔周りについて輪郭の形を悪くしていた筋肉も落ち着いたし、体形も少しずつ女性らしくなってきた。
はっきり言って、チェリーは大きくなるに従って、美しくなっていた。
それに昨晩気づいてから、身体が大きくなることへの抵抗がかなり減った。
女性とは現金なものだ。
三つ目は、コウを抱きかかえているから。
およそこんな理由で、チェリーの機嫌は良かった。
さて、三人が向かっているのは、当初の予定である街ではなく、ベッティの村だ。
この事態の首謀者であろう蜘蛛男のビルは死んだし、彼の口ぶりからまだ無事な村人がいると判断したためだ。
なによりチェリーという戦力が昨日とは違い、本調子なのだ。
「それにしても……村人が蜘蛛のモンスターに変化するなんて……。人間がモンスター化するのはよくあることなのか ? 」。
「滅多にないことだけど、なんらかのアイテムか魔法で人間がモンスターに変化した事例はあるわ。ただ今回の場合、モンスターに変化した人間がさらに人間をモンスターに変化させてたみたいだから……早めに調査しないと深刻な事態になるかもしれないわ」。
チェリーは振り返って、冒険者ギルドへ上げる報告のためにいろいろと質問したベッティを見た。
ベッティの気の強そうな顔にも、さすがに疲れが浮かんでいる。
昨日に比べて口数も少なかった。
ただしそれは疲労のためではなかったが。
(昨日見たアレは気のせい……、きっと気のせい……。朝にはコウの背中には何もいなかった……。だから見間違い……。でももし見間違いじゃなかったら……。念のために教会に行って呪いを解く儀式を受けるように言っておいた方がいいよね……)。
ベッティは少し足を速めてチェリーに近づく。
すると声を
「……え ? こんな時間なのに ? 」。
「大丈夫だって」。
「……でも……ん……」。
「……どうだ ? 」。
「……こんなの初めて……すごく甘い……もっと……」。
「フフ、いいぞ」。
自分の村が危機に
「あなた達 ! 昼下がりから一体何を……」。
コウはバスケット型のアイテム「
コウからすれば昨晩のようにチェリーがカロリー不足で倒れる事態になれば、二人とも動けない状況になる。
それだけは避けなければならない、という判断による行為であった。
「食べる ? 」。
コウが差し出した菓子パンを少しだけ乱暴に受け取って、かじるベッティ。
とても甘いストロベリーの味がした。
菓子パンなど食べたことのない彼女は、そのあまりの美味しさに脳が痺れ、しばしの間、放心となる。
その間にまたチェリーの背中と距離があいた。
(昨日から思ってたけど、こんな美味しいものを簡単に作り出すアイテムなんて……買ったらどれくらいするんだろう ? テントもすごかったし……。コウってお金持ち…… ? )。
彼女は痺れの残る脳をフル回転させる。
結果、恐怖に耐えてコウと一緒に少なくとも街までは一緒に行くことを決めた。
(お金持ちなら、街で仕事を紹介してもらえるかもしれないし……。あの恐ろしいモノを我慢する価値はある……)。
彼女にはもう一つ不安に思うことがあった。
チェリーのことだ。
昨日から本人は隠しているつもりなのだろうが、バレバレの敵意を感じる。
それは嫉妬などという生易しいものではない。
(昔、ヘンリエッタ姉ちゃんが幼い頃、産まれたばかりの妹にものすごい敵意をもっていたって、おばさんに聞いたことがある。自分に注がれてた愛情が妹に奪われたように感じてなんだろうけど、チェリーもそうなんだと思う。あの子の甘え方を見てると、コウに求めているのは異性としての愛だけじゃないのがわかる。両親の愛、祖父母の愛、兄弟の愛、友人の愛、そんな愛情全て。そんなの、一人が全部まかなえるものじゃない。きっといつか破綻する)。
村のおばさん達の井戸端会議に幼い頃から参加していたベッティは年の割に大人びた面も持ち合わせていた。
彼女は冷めた目でチェリーの背中を見て、再び歩き出す。
もう村はすぐそこだ。
樹々の合間から家々が見えて来た。
それらは白い糸が全面に巻き付けられている。
ベッティが逃げだしてきた時、地面までは糸に覆われていなかったが、今はまるで村全体が白いベールに覆われたようで、ある種、幻想的な風景にも見えた。
そしてその家の陰に何か黒い大きなモノが見えた。
「……あれが村人が完全に変化した姿か。デカいな……。ポケット、『
コウは軽くウエストバッグ型のアイテムボックスを叩く。
「ダメです。その代わりに護身用のアイテムを出してあげます。チェリーがあなたから離れても安心して戦えるように」。
「なんだと ? 」。
「ポケットさんの言う通りよ。あなたはまだ本調子じゃないんだから、ここで見てて」。
そう言うと、チェリーはゆっくりとコウを地面におろした。
「チェリー、念のために言っておきますが、あのタイプのモンスターは……」。
「火魔法に弱いんでしょ ? 大丈夫よ ! 」。
ポケットが言いかけた助言を
「気をつけろよ。危なかったらすぐに帰ってこいよ」。
心配そうなコウの声に一度だけ振り返るチェリー。
どんどんその大きな背中が遠く小さくなっていく。
「さてこれがあなたにお似合いの護身用アイテム、アイテムナンバー072『
コウがアイテムボックスから取り出した手には、20センチほどの長さの黒い棒が握られていた。
その棒の先端には蜘蛛の八本脚を模した金具がとりつけられており、その八本の脚には紫色の魔石が抱えられていた。
「細い糸をイメージして少しだけ魔力を込めてみてください」。
コウが言われた通りにすると、先端の魔石部分から白い糸がするすると出て来た。
「これは粘着力のないタイプの糸で、戦闘には何の役にも立ちませんが、蜘蛛モンスターの糸は服飾関係者に高値で売れます。稼ぎのないヒモ男が、養ってくれている女性へのご機嫌取りのプレゼントを買う
「……どこが護身用なんだ ? 」。
「ヒモとしての身分を
「俺がいつ誰のヒモ男になったんだよ ? 」。
「現状、あなたは私のヒモみたいなものでしょう ? 私のアイテムがないと何もできないんですから」。
「おまえのか !? そして微妙に言い返せねえ」。
「それはともかく、今度は粘度の高い糸の玉をイメージして魔力を込めてください」。
「こうか ? 」。
コウが魔力を込めると、先端から握りこぶし程の大きさの白い玉がかなりの速度で飛び出し、木の幹にぶつかって弾けた。
その箇所には白いスライム状のものがべったりと付着していた。
「……なんだこの思わず女騎士とかダークエルフに使いたくなるような機能は ? 」。
「相手を拘束する粘度の高い糸を玉にして放出しました。一時間ほどで分解して消えてしまいますが。相手の行動だけを制限する非殺傷アイテムです」。
コウは微妙な顔で「
「どうしました ? ひょっとして先端から雷とかが出るスタンガンみたいなカッコいいアイテムを出してもらえると思ってました ? 残念でしたね」。
珍しく
(待てよ。こいつのパーソナリティは「赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるんだよぉ」とか言いそうな脳ミソふんわり女のアイテム製作者の影響と、男の器を試すためにワザと夫の趣味の品を捨てるような面倒くさい女の混合型。……なるほど、このふざけたアイテムも昨晩みたいに俺を試すための物だ ! )
ニヤリと片頬をあげて、コウはポケットに優しく語りかける。
「いや、これで十分だ。それにこういう相手を傷つけない物の方がお前の製作者の想いに適ってるよ」。
「どういう意味ですか ? 」。
「本当はお前の中に攻撃用のアイテムなんてないんだろ ? 今まで出してきたアイテムは少し変わってるが、どれも使用者の生活を便利にしようという優しい想いに満ち溢れていた。そんな製作者が人を傷つけるアイテムを作るはずがない」。
(フフッ本当はものすごい攻撃用アイテムを隠し持っているんだろ ? あまりに高威力だから、信用できる優しい人間にしか使わせない、とかの理由で ! だから俺はアイテム製作者の想いを受け止めることのできる優しい人間を演じればいい ! そうすれば攻撃アイテムを出してくれるはず ! )。
「……だとしたら昨日の
「あれは………………どういう仕組みかはわからないが、お前が作ってくれたんじゃないのか ? 俺のために親である製作者の意志に反して。ありがとな」。
(クソ ! すぐに矛盾をつかれて、適当に返すしかなかった……。自分で言っておいてなんだが、アイテムボックスがアイテムを作るわけねえだろ ! やはり俺に
コウはごまかすように笑った。
この面接は落ちた、という内心の動揺を隠すように。
「コウ……。私のこと、いえ私の製作者のことをそこまで理解してくれたのは、あなたが初めてです」。
(おっ ? ひょっとしていけたか !? )。
「『
(良くねえよ !! しかし本当に知能を持ったアイテムボックスがアイテムを作成したのか……)。
コウは手の中にあるふざけたアイテムを見ながら思った。
そして何か嫌な感覚がしたので、強引にでもこの話題を終わらせることにした。
「と、とにかくこれからもよろしくな ! 」。
「ウフフ、こちらこそ」。
ポケットのベルトが、一瞬きゅっと締まった。
「……ヒッ ! 」。
ベッティは漏れそうな悲鳴を懸命に抑えていた。
(ま、また出た ! しかも今度は背中じゃなくて正面から抱き着いて……しかも……)。
彼女の目には昨晩見た
何か違和感があったのか、口を指で触ったコウを青ざめた顔で見つめるベッティ。
その時、村の方から、爆発音がした。
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