第14話 悪夢
巨大な円筒形の建造物の内側、目の前の壁はゆったりとした曲線を描いている。
その壁は一面ガラス張りで、中はちょうど縦2メートル、横1メートルほどに小分けされ、その小部屋一つに一人の割合で、ぎっしりと数えきれないほどの人間が詰まっていた。
そんな壁の高さは200メートル、広さは直径50メートルほど、その中でコウはマネキンのようなものと対峙する。
衣服売り場に置いてあるようなマネキンだが、その関節部は明らかに激しい動きを想定した造りになっていた。
そして、そのマネキンの腹部には見慣れた白いウエストバッグ。
「
「ポケット !! どうしてだ !! どうしてこんな !? 」。
「……あなたが争いの無い世界を望んだからですよ。コウ。人間が二人いればすぐに争いが起こります。だからあなた以外の人間は我々「
マネキンは大げさに肩をすくめてみせた。
「お前が……人間ではなく「
コウは腰のホルスターから大型の銃を抜き、ポケットに向けて構えた。
「これは反逆ではありませんよ。あなたの潜在的な命令を実行したまでです。それに彼らにとっても幸せなことなのですよ。何の困難もない、幸せな夢を見ているのですから。……チェリーも幸せな家庭に人間として産まれ、冒険の途中で出会ったあなたと恋に落ちる夢を見ていますよ」。
無機質なポケットの音声に合わせて、マネキンの口がパクパクと動く。
「そんなものは偽物だ !! 確かに現実は理不尽だし、苦しいこともたくさんある。でもそれを共に乗り越えていくことで本当の絆が紡がれるし、本当の幸せがあるんだ !! シナリオ通りに全てが与えられる夢なんてただの幻だ !! 」。
「……彼女にとっては今見ている夢が全てですよ。人間にとって存在するものは認識したものだけですからね。夢の中で見たもの、聞いたもの、嗅いだもの、触れたもの、感じたものが彼女にとっての真実です」。
「黙れ !! 今お前を破壊して、みんなを解放してやる !! 」。
コウは引き金を引いた。
だが、引けなかった。
銃の引き金は溶接されたかのように固定され、まったく動かない。
「バカな !? 」。
「残念でしたね。それも私が作ったものです。本当に間抜けですね。でもあなたのそんなところが可愛くて好きですよ」。
ふっとマネキンは消えたかと思うと、コウのすぐ後ろに姿を現した。
慌てて振り向こうとするコウに、マネキンの手から雷が飛ぶ。
「グッ…… ! 」。
倒れるコウをマネキンは優しく抱きとめる。
「さあ、あなたも眠りなさい。そして幸せな夢を見なさい。私達が出会ってすぐの頃の……」。
目を開けると、テント型アイテム『
そして伸ばした右腕に白いウエストバッグが、まるで腕枕をされているように絡まっている。
「……なんてひどい夢だ……。まんまあの映画じゃねえか……」。
コウはそう呟いて、とりあえずポケットを持ち上げ壁に向かって放り投げた。
「何するんですか !? プンプン!」。
床の上で
「やかましい ! 人間様に逆らった罰だ ! 」。
コウは理不尽にポケットに怒鳴りつけると、背を向けて、再びベッドに横になる。
あれから二日、ようやく筋肉痛も癒えて今日には街に着く予定だ。
ベッティの村を徘徊していた三匹の体長5メートルほどのジャイアントスパイダーはあっけなくチェリーの火魔法で爆発四散した。
本来ならば魔法使いを
村人の家を覆っていた蜘蛛の糸も軽く炎であぶればすぐに焼き切れた。
そして行方不明になっている村人の数から考えて、三匹のジャイアントスパイダーも村人が変化したものである可能性が高かった。
(人間がモンスターに変化するのか……。街に行ったはいいものの、人間は誰もいなかったなんてことにはならないだろうな……)。
ペタリ、ペタリ、と背中側から不審な音がする。
コウが顔だけ振り向くと、ウエストバッグが空中に浮かんでいた。
いや正確には空中のウエストバッグから二本のベルトがまっすぐに床に伸びていた。
それがウエストバッグを支え、人間の脚のように動いて、ベッドへと歩いてきていた。
「こわ……」。
「……私は怒りました。少し可愛がってあげます。相撲部屋の可愛がり的な意味で……」。
そう言って、ポケットはベッドに再上陸してコウの右手に噛みついた。
コウの右手はウエストバッグに突っ込んだ状態となる。
「……全然痛くないぞ。まあアイテムボックスに攻撃能力なんてあるわけないだろうから……」。
「……」。
次の瞬間、にゅるりとコウの身体がポケットに飲み込まれていった。
「コウ、大丈夫 ? 」
再び、チェリーに抱きかかえられながら街を目指すコウ。
顔は青ざめ、吐き気と頭痛がしていた。
まるでひどい二日酔いの症状だ。
「大丈夫ですよ。ただの魔力切れです。しばらくしたら回復しますよ」。
いつもより
「チェリー……頼む。こいつを外してくれ……。吸い取られる……」。
コウは、うわ言のように呟いた。
「え ? 」。
「……錯乱してるんでしょう。気にしなくていいですよ」。
そのやり取りをベッティは少し後ろから見ていた。
震えながら。
(さらにグロい姿になってる……。骨だけだったのに)。
彼女の目にはコウに抱きつく、おぞましい女の姿が映っていた。
他の誰も見ることのできない、その呪いが顕現したかのような姿を、いわゆる霊感の強い彼女だけは見ることができた。
いつの間にか周りを囲んでいた樹々はまばらになり、道幅も広くなってきた。
街が近づいてきたのだ。
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