第15話 職業鑑定




 行く先に高い尖塔せんとうがいくつか見える。


 青い空にその白色はよく映えており、荘厳そうごんであった。


 それを中心にして巨大な石造りの壁が街を囲んでいた。


 いわゆる城塞都市じょうさいとし威容いようだ。


 その城壁の周囲にはさらに街が広がっていた。


 壁の外の街は屋根の色や建築物の統一感もなく、雑多ざったであったが、それが何か異様な生命力をコウに感じさせた。


「すごいな…… ! 」。


 ようやく酷い二日酔いに似た魔力切れの症状が収まり、自力で歩くコウが感嘆の声をあげた。


「あの白い塔が教会よ」。


 隣を歩く真っ白なローブ姿のチェリーが尖塔を指さした。


 巨人族と人間のハーフである彼女の身長は今や250センチほど、地球のギネスブックによる世界一の身長の高い人間の記録が272センチであるから、まだぎりぎり人外の身長とは言えない。


 ただ普通の高身長の人間と異なるのは、脚や胴が長くて身長が高いというのではなく、普通のちょっとだけ筋肉質な女性がそのまま大きくなったような風であった。


 よって横幅や顔も一般的な高身長の人間よりも大きかったが、その容貌は悪くない。


「すごいな。まるで観光名所だ」。


 地球からこの異世界に転移させられた青年が、物見遊山ものみゆさん丸出しの感想を述べた。


(この場合は、おのぼりさんでもないし、なんだろう?お転移さんになるか?)。


 そんな益体やくたいもないことを考えながら、コウはのんびりと歩いていた。


「最初は壁の中にしか人は住んでなかったんだけど、人口が増えるにつれて壁の外にも街が広がっていったのよ」。


 チェリーが楽しげにコウに教えてくれる。


「へえ、ベッティも街は初めてなのか ? 」。


 コウは少し後ろを歩く、くすんだ金髪で気の強そうな少女に話しかけた。


「私は何度か村でできた農作物を売りに来たことがあるよ。それに村から移住した人もいるしね。私もしばらく村出身の人を頼るつもり」。


 少し下を向いてこたえるベッティ。


 やがて三人は城壁へとたどり着き、大きな城門をくぐった。


 道は土から石畳へと変わり、左右に並ぶ建築物も城壁の外とは違って、石造りで統一されており、整然とした雰囲気だ。


 一体どこへ向かうのか、往来は忙しそうに歩く人や荷物を荷車で運ぶ者が多かった。


 その人波を上手く避けながら、チェリーは一際大きな建物の前で立ち止まる。


「ここが冒険者ギルドよ ! 」。


「……これが」。


 コウは創作物で有名なギルドを感慨深げに見上げた。


「……二人はここに用事があるんだよね ? 私は村出身の人に会いにいくから。それじゃあね ! 」。


 そう言ってベッティは足早に去っていく。


「ああ ! 気を付けていけよ ! 」。


 コウは笑顔で、チェリーは少し不審な顔で彼女を見送った。


 ギルドの重厚な木製の扉が閉まる音を背中で聞いて、ベッティは立ち止まり、深呼吸した。


 本来であれば、推定お金持ちであるコウから離れるつもりはなかった。


 だが、限界だった。


 幼い頃から彼女には他の人には見えないモノが見えた。


 霊的なモノだ。


 最初、そんな彼女が見たのは若草色のボロボロの髪に枯れた花の冠をつけた骸骨だった。


 コウの背中に抱き着いていた。


 それがその次の日には骸骨からミイラになっていた。


 乾ききって今にも崩れおちそうな肉が骨に纏わりついていたのだ。


 それだけならまだ耐えることができた。


 耐えられなかったのはその行動。


 恐らく憑りつかれているであろうコウがその姿を視認できないのを良いことに、ミイラは徐々に大胆な行為に走っていった。


 始めは背中に抱き着いているだけだった。


 それが正面に変わり、胸に顔をうずめてみたり、頬ずりしてみたり、ついには口づけまで……。


 まるで透明になった痴女が行うようなことをおぞましい死霊が行っていることに、彼女の忍耐力は崩壊した。


(きっと生前は男の手も握ったこともないような女が死霊となってから調子に乗って大胆なことをしてるんだ…… ! 可哀そうだけど、もう見たくもない……)。


 深呼吸を終えたベッティは背筋を伸ばして、改めて歩き出した。



 ギルドの扉をくぐったコウの第一印象は、役所みたいだ、というものであった。


 正面には長い受付カウンターに数人の受付嬢。


 引退した冒険者であろうがっちりとした中年女性二人と、若者のやる気を起こさせる要員だと思われる若い女性。


 長いカウンターテーブルの脇には二階に通じる階段。


「コウ、私はギルド長にあの村で起きたことを報告してくるから、その間に冒険者登録しておいたら ? 身分証が必要な場面もあるだろうし、それがあれば二階の資料室も使えるようになるから」。


「わかった。また後でな」。


 コウは少しだけ弾む足で受付カウンターに向かう。


 ご親切に「登録受付」と表示のある受付は恰幅かっぷくのよいおばさんが担当だった。


「登録お願いしま……いや、頼む」。


 コウはいつもの癖で年上である受付に敬語を使おうとして、言い直した。


 この世界ではよっぽど相手の立場が上でない限り、敬語を使わないとチェリーに言われたことを思い出したからだ。


「はいよ ! あんたの名前と職業は ? 」。


 人好きのする笑顔が返ってきた。


「名前はコウだ。職業は……」。


「ヒモです」。


 彼が答えに窮している間に、腹部の知能を持ったウエストバッグ型のアイテムボックス「ポケット」が答えた。


「ヒモ ? 誰の ? もしかしてさっき一緒にいたチェリーちゃんのかい ? あんたねえ……。荷物持ちポーターに養ってもらおうなんて何考えてんだい ? 」。


 受付のおばさんの表情が厳しいものとなる。


(当たり前だけど、この世界でもヒモ男には風当たりが強いんだな)。


 コウは弁明を開始しようとする前に、受付おばさんは続けた。


「どうせだったら、中央の貴族様の未亡人とか、女勇者様とかを狙いなよ ! それが男ってもんでしょうが ! 」。


(こころざしの低さを叱られてる !? )


「彼はチェリーのヒモではありませんよ」。


 コウの代わりにこの事態の原因であるポケットが弁明した。


「……あんた、『知能を持つアイテムインテリジェンス』なんて持ってるのかい。私が早とちりしたようだね。……こんな高価な物を買ってくれるぐらい金持ちのヒモなんだね」。


「いいえ、彼は私が養っている私のヒモです」。


 それを聞いた受付おばさんの顔は憐憫れんびんの相を浮かべた。


「『知能を持つアイテムインテリジェンス』に養われるような情けない男に冒険者が務まるとは……」。


 コウは軽く溜息を吐いて、思い切りポケットを叩いた。


「……都合が悪くなると養ってくれている女を殴る……と」。


 受付おばさんはなにやらメモをとる。


「何のメモだよ……。いつまでもこいつの冗談を真に受けてないで、早く手続きしてくれ」。


「ハハッ、ごめんよ。冗談を言う『知能を持つアイテムインテリジェンス』なんて珍しいから、つい乗っちゃったよ ! 」。


 豪快に笑って、おばさんはカウンターテーブルの下から大きな水晶玉を取り出した。


「これに手を当てて、魔力を通してみて。あんたに女神様から与えられた職業が文字として浮かび上がるはずだよ。それに付随ふずいした『特技スキル』も。まあ無職でも冒険者登録はできるから安心しな ! 」。


「なんかワクワクするな…… ! 」。


 コウは興奮気味に「鑑定玉」に手を当てる。


(「竜人の着ぐるみGドラゴニュート・スーツG」を着て戦ったし、「竜騎士」とか出ないかな。それにひょっとして気づいてないだけで魔法の才能とかも……)。


「出たよ……。これは…… !? 」。


 結果を見た受付おばさんが目を見開いて、驚愕していた。


「なんだった !? もしかして『勇者』とか…… ! 」。


「……『ヒモ』だよ」。


「え ? 」。


「こんなの初めて見たわ……。女神様公認の『ヒモ』なんて……」。


「そんなバカな ! 何かの間違いだ !! そうだ…… ! せめてなんか役に立つ『特技スキル』とかはないのか ? 」。


「ちょっと待ってね……」。


 改めて「鑑定玉」をのぞきこむおばさん。


 その顔は見る見るうちに紅潮こうちょうしていく。


「……こんなの……恥ずかしくて私の口からはとても言えないよ……」。


(百戦錬磨ひゃくせんれんまのおばさんが言いよどむなんて、どんな卑猥ひわいな『特技スキル』なんだ !? だが知っておく必要がある ! )。


 コウがなおも食い下がろうとした時、ようやくギルド内の異様な雰囲気に気づいた。


 カウンター内の職員、同じカウンターテーブルに並んでいる受付嬢、待合スペースでたむろしている冒険者までもが、コウとおばさんを見ながらヒソヒソと話していた。


 いつも豪快に冒険者達を元気づけているあのおばさんが、若い男を目の前にしてまるで少女のように恥じらった顔をしているのだ。


 このギルドでは異常事態だった。


 コウはその視線に耐えられなかった。


「も、もういいから ! その間違った職業でいいから ! 登録だけ早くしてくれ ! 」。


「わ、わかったよ。細かい規約はこの紙を見てね。あとは登録料一万ゴールドだよ」。


「え ? 登録料が必要なのか ? 」。


 チェリーが言い忘れていたため、コウはそれを知らず、当然この世界のお金の持ち合わせもなかった。


「登録料が払えなかったら登録できないよ。どうする ? 出直すかい ? 」。


 仕方ない、とコウが諦めようとした時、一枚の金貨がカウンターにそっと置かれた。


 それを差し出したのは「知能を持つアイテムインテリジェンス」であるポケットのベルトだった。


「大丈夫ですよ。いつもみたいに私が払ってあげますから……」。


「お、お前 !! 俺が常日頃つねひごろからお前に金を出させてるみたいな言い方しやがって !! 」。


 コウは再び、その身につけたウエストバッグ型のアイテムボックスで「知能を持つアイテムインテリジェンス」であるポケットを叩く。


「……お金を出してもらっている恥ずかしさに小さなプライドが耐えかねて女を殴る……と」。


 おばさんはまたメモをとる。


「だからメモするんじゃねえ !! 何に使うんだ !! いいから登録 !! 」。


「はいはい、わかったよ ! 」。


 おばさんは奥に行き、なにやらコピー機のような魔道具らしきものを操作して登録証を作成してくれた。


名前:コウ


職業:ヒモ(ランク G)。


冒険者ランク:F


特徴:黒髪 黒目



「ありがと ! じゃあこれで ! 」。


 コウはひったくるように登録証を受け取ると、そそくさとギルドを出て行った。


「あ、ちょっと ! 」。


 おばさんが呼び止めた時はすでにコウはギルドの扉から飛び出していた。


「なんか様子が変でしたけど、大丈夫でした ? 」。


 若い受付嬢がおばさんの元に心配そうにやってくる。


「……これ見てよ」。


 おばさんはコウの登録証の控えを若い受付嬢に渡した。


「うわ……『ヒモ』って……こんな職業あるんですね……。え ? 『職業ランク』が『G』 !? 」。


 登録証の「冒険者ランク」は最下位が「F」で、最高位が「S」。


 そして「職業ランク」は最下位が「F」でE、D、C、B、A、Sと上がり、最高位は「G」。


「『Gゴッデスランク』なんて……。『女神様のヒモ』ってことでしょうか ? 」。


 困惑気味の若い受付嬢。


「さあね。こんなの初めてだよ。……悪い奴じゃあなさそうだったけどね」。


 不審な顔をしながらも、次の訪問者に対応し始めるおばさん。


 冒険者ギルドはすぐに日常に戻っていった。


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