第16話 みんなのお薬屋さん



「せっかくの身分証明書を首から下げないんですか ? 」。


 ウエストバッグ型のアイテムボックスで「知能を持つアイテムインテリジェンス」のポケットが不思議に思っている風に聞いた。


「職業欄に『ヒモ』と記載してある身分証を首から下げている人間を信用するのか ? この世界の人間は ! 少なくとも俺の世界ではしねえな ! 」。


 コウは冒険者ギルドを飛び出した勢いのまま、城門の外へと出る。


 壁の外の街はまるで計画立てて作られているとは思えなかったが、大雑把に商店エリアと住宅エリアと飲食店エリアは別れているようだった。


「せっかくだから店でも見てみるか……」。


 コウは大きな窓ガラスから中に綺麗なガラス瓶が並んでいるのが見える小洒落こじゃれた店の赤いドアを開けた。


「いらっしゃいませ~」。


 出迎えてくれたのは、清潔な白いエプロンを身に着けている若く痩せた女性。


 店内には冒険者らしき客が三人ばかり。


「……どうやらクスリの売人ばいにんのようですね」。


「薬屋さんをそういう風に表現するんじゃない……。意味が違ってくるだろ」。


 コウは軽くポケットを叩く。


「だいたいこの店で何を買うというのですか ? 私の中にあるアイテムナンバー003『愛の経口回復薬ラヴポーション』はケガや体力だけではなく、状態異常までも回復する超有能な回復アイテムですよ ? 」。


「……効果はともかく、口移しで飲ませないと効き目がないのは使い勝手が悪すぎるだろ。だいたい俺が重症を負った場合はどうするんだ ? 」。


 コウはポケットと会話しながら、回復薬の棚を物色する。


「……何言ってるんですか。だからいいんですよ。気になる女の子を冒険に誘って、あなたがワザと致命傷を負えば、その子は『愛の経口回復薬ラヴポーション』を使わざるをえなくなります。つまりは労せずして女の子とキスできるんですよ」。


「……もしその状況で女の子に拒絶されて死んだらどうすんだ。そんなの悲しすぎるだろ……」。


「あの~さっきからどなたとお話なさっているんですか~ ? 」。


 いつの間にか店員の女性がコウの近くまで来ていた。


 「知能を持つアイテムインテリジェンスであるウエストバッグ型のアイテムボックスに話しかけるさまはたから見れば一人で会話しているようにしか思えない。


(くっ、まるで麻薬の禁断症状で幻覚を見ている人間を憐れむような目で俺を見やがって。早く誤解を解かないと…… ! )。


「驚かせてすまない。こいつ喋れるんだよ。そうだろ ? ポケット ! 」。


 コウはポケットをでた。


「……」。


 ポケットは沈黙している。


「おい ! 何とか言えって ! 俺がおかしな人みたいだろうが !! 」。


 焦るコウの声は段々と大きくなり、それにつれて店員の目も優しいものとなっていく。


「……大丈夫ですよ~。うちにはそういうお客様もたくさんいらっしゃいますから~」。


「だから俺はもともと大丈夫な人だって !! そういうお客様じゃねえから !! 」。


「こっちに来てくださいね~」。


 そう言うと店員はコウの手を安心させるように握り、店の奥のカウンターへと引っ張っていく。


「どうぞ~元気になれますよ~」。


 店員が差し出したのは小さな正方形の紙の上の少量の白い粉。


「……なんだ ? 飲み薬か ? 」。


「お客様おもしろ~い。そんなわけないじゃないですか~。見ててください~」。


 女店員はその粉を鼻に近づけると、一気に鼻の穴へ吸い込んだ。


「おい !! これ絶対ヤバイ薬だろ !! 吸い方が普通の薬のそれじゃねえもん !! 」。


「ただの元気の出る薬ですって~。冒険者の方にも大好評ですよ~。二、三日は眠れずに行動できるって……ああ、繁吹しぶいてきた !! 私の中で元気が繁吹しぶいて飛び散ってるぅぅぅっぅぅぅううううう !! 」。


「ひぃい !! 」。


 叫び出した店員から後ずさりするコウ。


「大丈夫ですよ。本当にこの世界の栄養剤ですから。地球のカフェイン入り栄養ドリンクの数十倍は興奮状態になりますが、何の副作用も後遺症もありませんよ」。


 こんな状況になってようやく喋り出すポケット。


「……本当か ? とにかくもう出よう。なんか疲れた……」。


 コウは精神的疲労から肩を落とす。


「そういう時こそ ! この薬を !! 」。


 店員はここぞとばかりに、白い粉薬タイプの栄養剤を差し出す。


「いらねえって言ってるだろ !! 」。


 コウは爛々らんらんと輝く瞳で追いすがる店員を振り切り、店内から飛び出した。


「薬売りの店員もまるで地球と違うでしょう ? 」。


「マッチ売りの少女みたいに言うんじゃない。幸せな幻を見るためにクスリを打つような恐ろしいストーリーになるだろ」。


 苦笑しながら、コウはポケットとしばらく街の散策を続けた。


 そして休憩のために入ったオープンカフェ形式の店でお茶を飲みながら、コウは前々から気になっていたことを尋ねてみた。


「なあ、お前を作ったのはどんな人なんだ ? 色々、予想はしたけど正解を教えてくれ」。


「偉大なる製作者様ですか……。あなたには教えてもいいでしょう。ここだけの話ですが、私を作ったのは四月の女神様です」。


「四月の女神様 ? 」。


 初めて聞く言葉に、コウは訝しげな顔となる。


「そう言えばまだこの世界の神について話していませんでしたね。この世界には一番最初に母なる女神様がいらっしゃいました。そして母なる女神様は一ケ月に一柱ひとはしらずつ、子たる女神様をお産みになられたのです。そして一年が経ち、十二柱の子たる女神様がそろいました」。


 コウは熱いお茶を啜りながら、興味深そうにポケットの話に聞き入る。


「そしてその子たる女神様方はそれぞれ自分の種族を生み出したのです。四月の女神様は妖精族を。人間族は十月の女神様が生み出されてます。人間達に『職業』の恩寵を与えているのも基本的には十月の女神様ですね」。


「ふーん。全部で十二の種族があるわけか」。


「そうです。十二の女神と種族は母なる女神様の元で平和に暮らしていました。時に魔王が魔界から侵略してくることもありましたが、そんな時は全ての種族が力を合わせて撃退していたそうです。……ですが百年前に母なる女神様がことわりの世界にかえられてから、その関係も崩れてしまいました」。


「お母さんが亡くなって遺産相続の争いでも起きたのか ? 」。


「そうです」。


 冗談のつもりの軽口を肯定されて、コウは驚いた。


 日本のご家庭でもよくある肉親同士の、肉親であるがゆえに深い溝となる遺産争いが神々の間でも起こったというからだ。


「それは仕方のないことだったのです。母なる女神様が最後に言い残したのは、百年ごとに子たる女神様方の内から一柱を選び、その方がこの世界を百年の間管理するということでしたから」。


「……それは揉めそうなシステムだな」。


 コウは軽く溜息を吐いた。


「母なる女神様は話し合いで十二柱の子たる女神様方が順番に世界を管理することを望んでおられたのだと思います。しかし管理者、つまりこの世界の『主神』の資格を得た女神様は他の十一柱の女神様達をはるかに超えた力を得て、自らの種族に授けることのできる恩寵も膨大ぼうだいなものとなります。ですから話し合いでは決まらず、ゲームで『主神』を決めることにしました」。


「ゲーム ? 」。


 そのゲームのルールは以下のようなものであった。


 ① 女神は「代理人」を選定し、「ゲームの参加証」を与えなければならない。女神が自らが生み出した種族以外も可能である。そして「代理人」は自らの「ゲームの参加証」を常に携帯していなければならない。


 ② 「代理人」は他の「代理人」から「ゲームの参加証」を奪うことを目的とする。その際いかなる手段を用いても良い。それを奪われた時点でその「代理人」は失格となる。


 ③ 一年間のゲーム期間終了時に最も多くの「ゲームの参加証」を所持し、かつ失格になっていない「代理人」が勝者である。


 ④ 「代理人」が集めた他者の「ゲームの参加証」が、他の「代理人」によって奪われた場合、それは奪った「代理人」のものとなる。


 ⑤ 「代理人」がゲーム期間中に他の「代理人」以外によってゲーム続行不可能な状態になったり、「ゲームの参加証」を奪われた場合、その「代理人」は失格となる。ただしその「代理人」が所持していた全ての「ゲームの参加証」も無効となり、誰のものにもならない。


 ⑥ 一年間のゲーム期間終了時に全ての「代理人」が失格となっていた場合、ゲームはやり直しとなる。


 ⑦ 女神の自らの「代理人」に対する援助に制限はない。ただし直接、他の女神の「代理人」と戦うことは禁ずる。


 ⑧「代理人」はゲーム期間中、審判である魔法によってつくられた精霊に取りつかれ、ルール違反があった場合、即時失格となる。またその精霊によって他の「代理人」の大まかな位置を知ることができるし、対峙するほど近い距離であれば特定できる。



「……というルールを子たる女神様方で決められました。そして百年ごとにゲームの勝者である女神様が次のゲームまでの百年の間「主神」となることを認める、と十二柱全てが契約魔法で誓約されたのです」。


 ポケットの長い説明が終わった。


「要は『参加証』を集めるゲームか……」。


 コウは腕組みをしてなにやら思案顔だ。


「コウだったらどう立ち回りますか ? 」。


「うーん。とりあえず基本的には逃げ回って、他の『代理人』同士が戦って決着がついたところに乱入していって疲弊した奴らから『ゲーム参加証』を奪うスタイルかな。それか戦わずに盗み取るとか……」。


「主人公に痛い目にあわされる小物っぽい戦法ですね」。


「何言ってるんだ。人は皆、自らの人生の主人公だ。自分らしくあればいいんだ」。


「学校の先生みたいなことを言わないでください。……でもそう上手くいかないと思いますよ。前回のゲームでも結局は種族同士の戦争に発展しましたから」。


「……どういうことだ ? 戦うのは『代理人』同士だろ ? 」。


 コウは訝しげな表情となる。


「ルールの五番目ですよ。これは『代理人』が突発的な病気や事故にあった場合を想定したのですが、それを利用した女神様がいたんです。彼女は自らの種族に託宣を下し、他の『代理人』をその種族の総力をもって殺していきました。そして最後に残ったのは彼女の『代理人』、人間族の勇者だけだったのです」。


「それが前回のゲームの結末か……」。


 コウはお茶のお代わりをれてくれた女給に、ポケットからもらった小銭をチップとして渡してから、呟いた。


「……で、次のゲームは何年後に行われるんだ ? 」。


「二週間後です」。


 せっかくの熱いお茶を口から吹き出すコウ。


「……なんて危険な時期にこの世界に転移させてくれたんだ…… ! 」。


「きっと大丈夫ですよ。さすがに女神様達もルールを変更して戦争にならないようになさるでしょうし、あなたが『代理人』に選ばれることもありませんよ。なにせ職業『ヒモ』ですからね」。


「そういうお前だって、四月の女神様の『代理人』に協力しなくていいのか ? 」。


「どうでしょう ? この世界に帰ってきてから、いまだに四月の女神様からなんの託宣も下ってないので、ひょっとしたら私のことなんて忘れてしまわれているのかもしれません……」。


 ポケットは少しだけ沈んだ声となる。


「落ち込むなって。きっと今頃『代理人』の選考で忙しいんだよ。もう時期的に最終面接だろうから、女神様自ら『あなたが私の代理人に応募した理由はなんですか ? 』とか聞いてるんだよ。そして中途半端な志望動機を答えた奴には『それは他の女神でもいいですよね ? 』とか圧迫面接気味なことをやってるんだろ」。


 コウは元気づけるように明るく言った。


「フフ、そんなわけないでしょう。就職面接じゃないんですから」。


「そうだな」。


 二人は軽く笑い合った。


 そしてカフェを出て、ペットショップらしき店の前を通りかかった時、事件は起こる。

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