第17話 ペットショップ



 店先に金属製の鳥かごが吊るされ、小さな檻が路上にまで置かれている。


 そしてその中には地球では見たこともない生き物達が入っていた。


 小さなドラゴン、角のある犬、翼の生えた猫、そして小さな妖精。


 各々の前には数字の書かれた紙が置いてある。


「まさか……ペットショップか ? 」。


 コウは興味深そうにファンタジックな生き物達を眺めた。


 その中でも目を惹かれたのは妖精だった。


 生きている小さな人形にはねが生えている。


 左右二対の翅が本来なのだろうが、目の前の小さな女性の背には右に一つ、左に二つ。

 右の翅は一つ足りなかった。


 そのせいか、彼女の前の紙には「処分品」と大きく書かれている。


 そしてコウが妖精のことが気になったのは、明らかに彼女だけが知性のある振舞いをしていたからだ。


 震えながらコウの方を見て、小さな美しい顔を歪めて必死に何かを叫んでいた。


 コウは耳を鳥かごへ近づける。


 叫び過ぎたせいか、ガラガラの声で、彼女はこう言っていた。


「……助けて……今日……ここから出ないと……あいつらの餌にされる…… ! 」。


 コウは背中に冷たいものを感じる。


 視界の端で小さなドラゴンがチロリと真っ赤な長い舌を出した。


 あいつら、とはこの店のモンスターと愛玩動物を混ぜたような生き物達のことだろう。

 言葉を使い、小さいとは言え人間とほぼ同じ姿の生き物を動物として扱っているのだ。

 それは地球で、犬を食べる文化やクジラを食べる文化に対して理解できなくても尊重しなければならないというようなレベルをはるかに超えた絶対に受け入れられない嫌悪感を彼にもたらした。


「あ、あ、ああああああああああああああああああああああ !! 」。


 コウが装備しているウエストバッグ型のアイテムボックスで「知能を持つアイテムインテリジェンス」のポケットも動揺しているようだ。


「……落ち着け、ポケット。十万ゴールド出せるか ? 」。


「ポケット ? ……そ、そう ! 私はポケット。四月の女神、エイプリル様が作成してくださったアイテムボックスの知能。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。私はポケット。……だから、私には関係ない…… ! 」。


「お、おい ! 大丈夫か !? まさかショックでバグったのか !? 」。


 様子のおかしいポケットにコウは焦り出す。


「……再起動します。私はポケット。四月の女神エイプリル様が作成してくださった「知能を持つアイテムインテリジェンス」のポケットです」。


 調子の悪いパソコンも再起動することで、なんとかなるという経験をしてきたコウは少し安堵した。


 その時、店の奥からゆっくりと店員が近づいてきた。


 小柄でピンク色のウエーブがかったふわふわの髪をしている可愛らしい女性だ。


「お客さん、その子に興味があるんですかー ? 買うなら今日ですよー。明日には『処分』しちゃいますからー」。


 外見通りのふわふわした喋り方だが、内容はそうではなかった。


「……『処分』って ? 」。


「他の子のゴハンにするんですよー。生きたままは残酷だからめてからですけどー」。


 そう言いながら店員は両手の握りこぶしを並べてそれぞれ逆回転させた。


 20センチほどの大きさの妖精が女性の両手で真っ二つにへし折られる姿を想像して、コウの顔色は悪くなる。


「……可哀かわいそうだって思ってますー ? でも『主神』の十月の女神様の眷属である人間以外の生き物なんて、みんな奴隷か動物みたいなものですよー。特に、護ってくれない四月の女神様の眷属の妖精族はねー」。


 女性はニコニコと微笑みながら、軽くコウの肩を触った。


 もう限界だった。


 コウは女性に背中を向けて、ポケットに話しかける。


「ポケット、十万ゴールド出してくれ……。早くこの子を連れて帰るぞ」。


「……承認できません」。


「え ? 」。


「十万ゴールドもの大金を出して妖精を購入してどうするのですか ? 震えているのも購入してもらうために店員と一緒にお芝居をしているだけかもしれません」。


「何を言ってるんだ ! 妖精はお前と同じ四月の女神様の眷属で仲間なんじゃないのか !? 」。


「私はただの『知能を持つアイテムインテリジェンス』です。私には関係ありません。私の目的は持ち主であるあなたに最大限の利益をもたらすことです」。


 抑揚のない無機質な音声が返ってきた。


 この店に入る前はまるで人間のように喋っていたというのに。


「……やっぱりお前、なんかおかしいぞ。もういい」。


 コウはポケットのバッグ部分に右手を突っ込み、念じる。


 今までの経験から、アイテム等の出し入れはコウの意志が優先されると知っていたからだ。


 取り出した手には大きめの硬貨が十枚握られていた。


「これで……」。


「ありがとうございますー」。


 女性がにこにこと硬貨を数えている間に、コウは鳥かごを開ける。


「あー逃げちゃいますよー」。


 店員の警告とは裏腹に妖精は鳥かごから出て足りない翅で不安定に飛び、コウの肩に着地して座った。


「あらー珍しいー。妖精が最初から人間になつくなんてー。お客さんがカッコいいからかしらー」。


 あからさまなお世辞を言われたコウは返す気にもなれず無言で振り返り、店を出ようとする。


 しかし店員はするりとコウの前に回り込んだ。


「あとーその子の餌は花蜜ですよー。それからー私も妖精を三匹飼ってるんですよー。良かったら家まで見にきませんかー ? 」。


 店員が身体を寄せてくる。


 ビクリと小さな震えが肩から伝わってきた。


 コウは無言で店員の脇を通りすぎて店を出る。


 背中で舌打ちと何かを蹴飛ばしたような音を聞きながら、コウは往来を歩いていく。


 やがて小さな広場が見えてきたので、一先ひとまずそこに入り、簡素な木製のベンチに腰掛けた。


 妖精もコウの肩から降りて、彼の横にちょこなんと腰かけた。


「……ポケット。何か妖精の食事用のアイテムはないのか ? 」。


「ありますよ。アイテムナンバー032『妖精達の狂宴フェアリーズ・カップ』です。これは妖精が魔力を通せば、その妖精の好みに応じた花蜜が湧き出てきます」。


 コウがウエストバッグ型のアイテムボックスから取り出したのは小さな小さなお人形用にしか見えないコップだった。


 コウはそれを妖精が怖がらないように、ゆっくりと手渡してやる。


「それに魔力を込めれば、花蜜が出てくるそうだ」。


 妖精は彼女にとってはちょうど良い大きさの空のコップを持ったまま戸惑った様子。


「……どうした ? 」。


「……魔力を込めたけど、足りない……」。


 悲しそうに下を向く妖精。


「そんなに燃費の悪いアイテムなのか ? 」。


 コウは人差し指を小さなコップにつけて、力を込める。


 するとコップの中には黄金色の蜂蜜のような液体が瞬時に湧き上がった。


 妖精はよっぽどお腹がいていたのか、貪るようにコップに口をつける。


「……なんなんだこの世界は……」。


 ペットショップの店員の話では人間以外の十一の種族の境遇は良くないものらしい。


 だがどうして十一の種族が協力して人間に対抗しないのか。


 それが不可能なほど「主神」となった十月の女神の力が大きいのだろうか。


 しかしそんなことをしていたら次に始まる「ゲーム」で人間の「代理人」がまず他の種族全てから狙われてすぐに脱落するはめになるだろう。


 そして他の種族の女神が「主神」となれば、今度は人間がやり返される側になるというのに。


 コウがいろいろと考えていると右手を何か小さなものが、つっついているのを感じた。

 見ると、妖精が恥ずかしそうに空のコップを持って何か言いたげにコウを見上げている。


 コウはもう一度指をコップにつけて、お代わりを作ってあげた。


 妖精は嬉しそうにそれを飲む。


 そして飲み終えたタイミングで、コウは話かけた。


「……俺はコウだ。お前は ? 」。


「私はラナ。コウ、助けてくれてありがとう」。


 ラナは小さな若草色の頭をペコリと下げた。


(そう言えば、なんでラナは俺に助けを求めたんだ ? 四月の女神様謹製のポケットを装備しているからかな。まあどうでもいいか)。


 これからどうしたものか、となんとはなしに周りを見渡したコウは異変に気付いた。


 広場の中の様々な瞳が、あるいはあからさまに、あるいはこそりと、彼と隣の妖精を見ていた。


 憧憬しょうけいの対象を眺めるような小太りの中年男性。


 汚いものを見るような痩せぎすの中年女性。


 興味深げに観察している少年と少女。


 物欲しげな親子連れ。


 そして風に乗って会話も聞こえてくる。



「絶対罰ゲームだって ! 」。


「違うよ。きっと人間と妖精の禁断の恋よ ! 」。




「ママー ! あの妖精さん欲しい ! 」。


「じゃあ、あのお兄ちゃんに『ちょうだい』してきなさい。きっとくれるわよ~」。



 コウは大きく溜息を吐いた。


 この広場の人間の反応で、妖精を連れて歩く男にどういう評価が下されるかが大体わかったからだ。


「ラナ、行くぞ」。


「うん」。


 色々と妖精に聞きたいことはあったが、これ以上ここにいると何かトラブルが起こりそうだった。


 ラナは再びコウの肩に飛び乗り、コウはそれを確認してから歩き出した。


(あんまり人目につかない方が良さそうだ。冒険者ギルドの方向はわかってるから、なるべく路地を行くか)。


 コウは人気ひとけの少ない道を選んで歩いていく。


 ドン、と後ろから誰かがぶつかって来た。


 そしてコウはゆっくりと前のめりに倒れた。


 叫び声をあげる妖精をやさしく両手でつかんで、誰かが走っていく。


 残されたのは背中からナイフの柄が生えたコウと、その腰にまかれた「知能を持つアイテムインテリジェンス」だけだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る