第115話 人形達の舞台袖



「おい ! フィリッポ ! 待てと言ってるのが聞こえないのか !? 」


 ルチアナのパーティーメンバーの一人であるサンドロが眼鏡の鼻当てを押さえながら、狼藉を働いた血まみれのフィリッポを追う。


「……うるさいね。しばらく一人にしておくれ ? まだ血がたぎってるから収まるまではね♪」


 さて、ウッドリッジ群島のこの島の領主の娘、ルチアナはとても病弱な少女だった。


 だから彼女は滅多に外に出ることもなく、この島出身の人間にしては日焼けもしていなかった。


 しかしながら、半年ほど前にクラムスキー商会が領主に献上した新薬によって彼女の症状は劇的な改善をみせた。


 ようやく人並みに動けるようになった十六歳の娘を目に入れても痛くないほどに可愛がっている領主が用意した彼女専用の天幕の横に並ぶ彼女のパーティー専用の天幕にまずフィリッポが入り、追って「魔法使い」のサンドロが叱責を続けながら入った。


 今、天幕の中は、二人だけ。


 遮音性が高いその中での会話は外に漏れる心配もない。


「グッ……」


 うめき声を上げて、フィリッポが膝をついた。


「大丈夫っすか !? フィリッポさん ! だからそんな趣味の悪い革の服一枚で防げるのは女子からの憧れの視線くらいだって言ったじゃないすか ! 」


 先ほどまでとは打って変わり、心配そうに背中の破れた極彩色のポイズンドラゴンの革のシャツを纏うフィリッポに慌てて駆け寄るサンドロ。


「……しょうがねえだろ。『鎧をつけた戦闘狂なんて、なんか違う。守りに入ってる。狂気を感じない』って言われたんだからよ ! それより背中はどうなってる ? ちゃんとあるか ? 」


 玉ような汗を額に浮かべながらフィリッポは自らの背の有無を問う。


 無いわけは無いのだが、先ほど背中に受けたのは、思わずそう問わずにはいられないほどの打鞭だった。


「……いやぁ、もうフィリッポさんの純情なハートが恥ずかしそうに挨拶しかけてるっすよ ! 」


「……心臓が露出するくらいの重傷ってことか……そんな可愛く表現するな……」


「今、回復薬をぶっかけますから ! みるかもしれないっすけど、我慢っす ! 」


「ちょっとま……ぐあっ !! イデデデデデデッ !! 」


 超高価格な回復薬はその値段に見合った働きをみせるが、その無理やりな治癒は代償として痛みを置いていく。


「『無痛症』なんだから大丈夫でしょ ? 」


「それは、そういう設定だ ! そんな人間いるわけねえだろ ! わかってるくせに ! 」


 虫歯の穴に千枚通しを突っ込まれてこねくり回されるような激痛の中、フィリッポはその原因となった場面を思い出す。


「クソ…… ! あの女、自分は魔法人形マジックドールだとか相当イタいことをぬかしてやがって…… ! 」


 人間の女が「私は魔法人形マジックドールなんだよぉ☆」と発言した場合、それに対して何かしらの対価が発生するならば、人はそのプロ根性を称賛するが、そうでない場合、恐怖を感じるにすぎない。


 しかしながら、先ほどのソフィアのケースはただ単に事実を述べただけなので、どちらにも該当しないが。


「自分で自分のことを『狂戦士』とか『戦闘狂』と自称したり、それっぽく喋るのも、大概たいがいだと思うっすけどね……。ああ、あの女の魔法人形の製作者は『錬金術師』のジョンっすね」


 重傷のフィリッポの心までをも傷つけ、サンドロは手元の提供アイテムリストをチェックし、続けて言う。


「それにしても、その『間合いに入った者を無意識に攻撃する』って設定、やめた方がいいんじゃないっすか ? 今回もどうせそれがトラブルの発端でしょうし、この間、普通に肩がぶつかりそうなくらいの人混みの大通りを歩いてたじゃないっすか。矛盾してるっすよ」


「大通りで、そんな『戦闘狂』の設定に従った行動ができるわけないだろ。ただの大量殺人犯じゃねえか……。それにその間合いの設定はルチアナ様がおっしゃったものだからな」


「ま、仕方ないっすね。自分のインテリ『魔法使い』の設定も大概っすから」


 少しだけ自嘲気味にわらい、わざとらしく眼鏡を人差し指で押し上げながらサンドロはフィリッポの背の具合をみる。


「もう回復したみたいっすね。前は自分でやってくださいよ」


「ああ。それにしてもあれだけの化け物が魔法人形だっていうのか……」


 自らつけた傷に自ら回復薬を振りかけるという、罪人に穴を掘らせ、そしてその穴を自ら埋めさせることを繰り返す刑罰のような非生産的な行いをしながら、フィリッポは吐き捨てるように言った。


「フィリッポさんに大怪我を負わせたんだから、弱いわけはないっすけど、そこまで強かったんすか ? 」


 タオルを差し出し、サンドロが問うた。


「ああ、身のこなしを見ただけで格上とわかった。だから最初から殺す気で首を狙ったんだ。殺せなくとも、間合いに入っただけで殺しにかかってくる頭のおかしい奴だと思われれば、ドン引きしてどっかに行ってくれるのを期待してな。それで手斧を振るったら、歯で受け止められた。そこで絶対に勝てない相手とわかった……」


「歯っすか……。ヤバイっすね」


 サンドロは自分の口元に手をやり、顔をしかめる。


「負けるわけにはいかねえから、もっと関わっちゃいけない危ない奴だと思わせるために、興奮して自分の身体を傷つけるって演出をしたんだが、そうしたらあの女、逆に自分の指や首を折るんだぜ……。いくら魔法人形とはいえ……」


「むしろそいつの方がナチュラルに危なくないっすか ? 」


「……俺もそう思って、戦略を変えたんだ。いくら魔法人形が強くても、製作者は『錬金術師』、戦闘能力はほぼ普通の人間と変わらない。だから遠回しに俺と戦うと製作者に被害が及ぶと脅したんだが……」


「怯まなかったんすか ? 大抵の魔法人形は製作者の利益を優先して行動するようにできてるはずなんすけどね」


「むしろ自分以外の女に、うつつを抜かしてる製作者をぶっ殺して欲しそうだった。嫉妬でな。あの魔法人形、本当に製作者の男に想いを寄せてて、それ故に怒りを爆発させてた……。人間みたいにな」


「……それはそう設定されているだけっすよ。感情のない魔法人形なんすから。でもそうだとしたら逆に製作者のジョンって奴もヤバくないすか ? 自分を愛しているかのように、そして他の女に嫉妬しているかのように魔法人形を設定するなんて……。大分だいぶんゆがんでるっすよ」


「かもな……。相当、人から愛されない人生を歩んできたに違いない……。それ故に自らを病的に愛する魔法人形を作り上げるため、『錬金術師』としての技量を限界まで高めたんだろう……」


「そう考えると……なんか憐れっすね。何も感じてないのに、ただただ設定に従って製作者に嫉妬しているかのようなセリフを言ってみせる魔法人形も、その製作者も……。ま、俺達も他人ひとのことは言えないっすけど……」


 魔法人形にそれほど詳しくない二人は、「錬金術師」ジョンを愛に飢えたがために自らを愛する魔法人形を作り上げた哀しい天才、そして彼によって生み出された憐れな魔法人形がソフィアである、と結論づけた。


「……違う。俺は違う。ジョンとソフィアと……お前らとも…… ! 」


 フィリッポは目に力を込めてサンドロと、この場にはいない魔法人形とその製作者に宣言した。


「……そうっすよね。フィリッポさんは身の程知らずにも、昔からルチアナ様のことが……。だから誰もやりたがらなかった『戦闘狂』の枠に自ら立候補したんすからね。ま、『寡黙な美剣士』と『美少年の暗殺者』の枠はフィリッポさんにはちょっと厳しいっすからね。顔面レベルと年齢的に……」


 うるせえ、という声とサンドロの頭がはたかれる音が天幕内に響いた。


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