第114話 戦う人形



──ああ、最悪だ。こいつは化け物だ。身のこなしを見ただけでわかる



 ソフィアは何も持っていないことを誇示するためか、ひらひらと両の掌を宙で舞わせながら、男に近づいていく。


「……あいつ『狂戦士バーサーカー』のフィリッポだろ ? また揉め事を起こしてんのかよ……。なんで警備隊はあいつを捕まえないんだ ? 」


 まだ若い冒険者が隣の年嵩の男に尋ねた。


「しょうがないだろ。あいつは領主様の娘、ルチアナ様のパーティーメンバーなんだぞ」


 尋ねられた男は肩をすくめて世間知らずの若造に答えてやる。


「それじゃあ、あの姉ちゃんヤバくないか ? 負けるのはもちろんだが、万が一勝っちまったら……」


 若い男はこの島で珍しい、雪のように白い肌と闇のように黒い髪の女を心配そうに見やる。


「勝った場合は心配ねえよ。フィリッポはルチアナ様のパーティーメンバーとしての資格を失うだけだ。別に領主様から睨まれたりはしねえよ。ま、そんなことはありえねえがな。あの女が気になるなら『回復薬』の用意でもしておきな。そうすりゃお前にもチャンスがあるかもな」


 ニヤリと笑い、経験豊富な男は朴訥ぼくとつそうな青年に言った。


 そんなんじゃねえよ、と顔を真っ赤にして否定する青年の声を聞き、思わず苦笑するソフィアがフィリッポの半径 1.5 メートルに入った瞬間、硬質な音が響き渡った。


 ギャラリーの内、強い恩寵と豊富な経験を持つ者はその過程を視認することができた。


 またそれほどでもない者でも、結果からその過程を推測できた。


 その推測の内容は、フィリッポが手斧を容赦なく女の首に撃ちこんだところ、女はそれを受け止めた。


 歯で。


 というものであった。


「ほうした ? ほわひかひ ? 」


 恐らくは「どうした ? 終わりかい ? 」と言いたかったのだろうが、噛みしめる手斧の刃のせいで上手く喋れなかった女は、切り裂かれることもなかった口角を少しだけ恥ずかしそうに上げた。


「クク……クハハハ……ハハハハハハハハッ !! いいねえ !! 最高だよ !! キミ !! 興奮してきたよお !! 」


 フィリッポは落胆することもなく、陶酔したように笑い、手斧を放すとその自由になった手で自分の顔を掻きむしり始める。


「チッ !! 戦闘狂が…… !! 」


 血がにじむほど強い力で興奮を自らの肌に刻み込むその姿に、周囲から吐き捨てるような声が聞こえた。


「あいつは満月の夜の人狼族と一緒で、痛覚が性的快感になってるらしいぞ ! 」


「マジか !? 」


 そんな嫌悪感が蔓延する中、彼に対峙する者だけが違う反応を見せた。


「あんたこそ面白いね !! 私もなんだか興奮してきたよ !! 」


 ボリボリと口内に残った手斧の破片を噛み砕き終わったソフィアは、そう言うと自らの左手の指を全て通常曲がる方向とは逆の方向に躊躇いも無くへし折った。


「……ヒィヒヒヒイヒッ !! お前も狂ってるねえ !! 」


 イヤな音と周囲の唖然とする視線の中、フィリッポは腰に差したもう一本の手斧を持ち上げ、自らの胸を切り刻む。


 流れ出す血を見て、ソフィアは笑った。


 そして両手で自らの頭を持つ。


 ゴキリ、と音がして 90°に曲がる首。


 さすがにフィリッポからも声が消えた。


「どうした ? 次はアンタのターンだよ ? 」


 静まり返る中、不思議そうなソフィアの声だけが響く。


「……お前、人間じゃないな…… !? 」


「そう言えば自己紹介がまだだったね。私はソフィア。魔法人形のソフィアだよ」


 へし折ったはずの指を通常の位置に戻し、曲がった首を再び両手でゴキリと戻した魔法人形の女は改めて自らの手で血まみれとなった男へと向き直る。


「ところで、教えてくれないかい ? 痛みをまるで感じない魔法人形と自傷合戦を繰り広げた感想を。経験したことがないもんでね」


 紅を塗った真っ赤な唇が淫靡にわらった。


「……ハハッ ! ぶっ壊してやるよ♪」


 フィリッポは刃を下に、柄を上に置いた彼の身長とさほど変わらない巨大な斧にゆっくりと手を伸ばす。


 対してソフィアはいつの間にか手にしていた黒い革鞭をだらりと地に這わせていた。


 それは彼女の身長の三倍ほどの長さで、彼女の手の小さな動きによってまるで生きている蛇のようにうねうねとうごめき始める。


「ハハッ ! よくできた魔法人形マジックドールだ ! それは『鞭術士』の真似事まねごとだね ? でも所詮はまがものだよ ? 女神様から恩寵を授かった僕たち人間に敵うわけがないよ ? 」


 自らの身長ほどの長さで、刃は一抱えほどもある巨大な斧を両手でくるくると回転させながらフィリッポは、お優しくもソフィアに忠告する。


 パンッと空気が弾ける音が同時に数か所で鳴った。


「い、今のは !? 」


「 A 級以上の『鞭術士』が使う『スキル』だ ! あの魔法人形、『スキル』を使ったぞ !? 」


 鞭を操り、数か所同時に打鞭をくらわす「鞭術士」の基本的なスキルを恩寵を授かってもいない魔法人形が行使したことで、周囲はざわつく。


「女神様から授かった恩寵は無くしちまったけど、これくらいのことはできるよ。なにせ私の身体をつくったのは世界最高の『錬金術師』なんだからね ! 」


 魂石に残った記憶と身体能力で無理やりスキルを再現してみせ、高揚する魔法人形。


「へえ ? ならキミをぶっ壊した後、そいつを殺してやるよ♪ そうされたくなかったら精々ボクを楽しませておくれ♪」


「ジョンを殺す ? それは素敵だね。最高だ ! 『俺と共に生きていこう』なんて私に言っておきながら、夜な夜な爬虫類人リザードマンの女を連れ込み、今は海人族の女が待つ別荘にしけこんでるあの最低な男を殺してくれるなんてね ! 」


 感情がないはずの魔法人形から溢れ出す怒りと少しばかりの嫉妬の念の凄まじさに、思わずあるはずもない物理的な圧力を感じて、二人を囲む人垣は少々広がる。


 パンッと唐突に空気ではなく、肉が弾ける音がした。


 その発生源はフィリッポの背中だ。


 どのような軌道を辿ったのか、正面から対峙している女の鞭が彼の背を打ったのだ。


「……イッッッ…… ! 」


 思わずフィリッポの口から声が漏れる。


「すげえ ! 人間の『鞭術士』そのものだ ! 」


「お、おい、今フィリッポの野郎、『痛い』って言わなかったか ? 」


「そんなわけないだろ ! あいつは無痛症のはずだぞ !? 」


 二つの衝撃によってざわつく周囲。


「……イッ……いいいねえぇぇぇえええ ! 最高だよ ! キミ♪」


 大声でわらい始めるフィリッポ。


「あんたこそ最高だ ! あんたをぶっ殺して、ストレス解消して、おかげでジョンを笑顔で迎えてあげれそうだ ! 」


 彼女の製作者の好みなのか、豊満な胸とお尻を備えた自らの身体を背徳的に抱きしめながら、ソフィアも笑う。


 ふいに人垣が割れた。


「なんの騒ぎかと思ったら……フィリッポ ! またお前か ! 」


 生真面目そうな眼鏡をかけた魔法使いの青年が狂戦士を叱責する声だ。


「……今いいところなんだよ♪邪魔するならキミからやっちゃうよ ? 」


 そう言って巨大な斧を構えかけた男を押しとどめる声が、魔法使いの後ろから聞こえてきた。


「フィリッポ、今からこの島で大事な行事、ポイズンドラゴンの駆除が始まるのよ ? 控えなさい」


 美しい声の主は、この島の領主の娘ルチアナのものであった。


「……ルチアナが言うなら仕方ないね」


 そう言うと、フィリッポは巨大な斧を軽々と肩に担いで、ソフィアに背を向ける。


「命拾いしたね♪次にボクが興に乗った時がキミの終わりの時だよ ? 」


 肩越しに言い残し、崩れていく人垣を進むフィリッポ。


「おい待て ! 今日という今日はお前の勝手な行動を許さんぞ ! 」


 眼鏡の魔法使いがそんな狂戦士の後を追う。


 溜息をつく領主の娘は美しい細身の鎧に身を包み、髪はこの島特有の銀髪に、この島では珍しく白い肌。


 多少病弱な印象はあるものの、それが儚げな美しさを演出していた。


 そんな彼女の脇には小柄な『盗賊』と思しき美少年と、長身の『剣士』と思われる美青年が控えている。


 戦闘に水をさされたソフィアは、フィリッポとは逆に興が冷めることもなく、とてもとても面白そうに彼女達を眺め、そしてわらった。


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