第133話 名前の訂正申告を面倒がる男
──貴様が……人間がその場所にいるなど……なんとおこがましく、
(あの時……俺も含めて全員が俺のことを忘れてしまった……。それにしてもよく生きてたな。全身を水と風に切り裂かれ、燃やされ、光に打ち抜かれ、崖から落ちたんだからな……。明らかにやりすぎだろ……。ミシュリティ―を封印した剣を背負っててよかったってことか……。皮肉なもんだな)
コウは彼の命を救い、今さっき必要以上に痛みを与えつつ記憶を回復させてくれた女神が消えた空間をしばし感慨深げに眺めて、軽く頭を振った。
(……なんとしても大陸に帰ってあの野郎を始末しないと……皆のことも心配だし……だがまずは……)
「ジョン ! 」
(……名前の訂正からだな……。男の名前をタトゥーにして身体に刻み込むような女と知り合う前で良かった……)
そんな
少し前までと違い、青白かった顔は頬に赤みがさしている。
「あなた……十月の女神様の
「ああ、俺はミシュリティー…………様の御使いだ」
あの凍った時の中で動けたということは、彼が女神の御使いである証であり、四月の女神エイプリルとのパスが完全に切れて背中の文字も消えている今、彼が繋がっているのはミシュリティー以外には考えられなかった。
「本当 !? すごいじゃない ! 」
彼を見つめるキラキラとした瞳は、彼がかつて妖精族から向けられたものと酷似していた。
(ああ……また御使いを演じなければならないのか……だけど……きっとそうした方が都合がいい)
「それから……ややこしい話なんだけど……俺の本当の名前はコウなんだ。ここに来る途中、記憶がないって話をしただろ ? だけどさっきミシュリティー様に記憶を回復してもらって……名前を思い出したんだ」
「そうなんだ ! 良かったじゃない ! 」
女神に救われたからか、ルチアナは興奮気味だ。
そんな彼女の後ろからフィリッポが疑わしげな目でコウを見ていた。
そして彼らを包囲していた腐った化け物達はその包囲円の欠けた部分を埋めるようにして、再び三人を囲む。
「また包囲されたか。……それにしてもお前……なんて格好してんだ ? 戦いをなめてんのか ? 」
コウは極彩色のポイズンドラゴンの革製のシャツ一枚とズボン以外に防具のない、つまりは普段着の男に文句をつける。
「…… !? 」
──てめえの方がよっぽど非常識な格好してるじゃねえか ! と斧を振りかざして襲い掛かりたくとも、コウが御使いである以上、それもできずにフィリッポは戦場で上半身を裸でさらしている男に無言で
「ち、ちがうの ! フィリッポは私のパーティーメンバーで……『戦闘狂』をやってくれてるの ! 『戦闘狂』は……戦いの興奮を味わうために防具をつけずに敵に特攻したり、間合いに入った一般人を問答無用で切り殺したりするの ! 」
「どんな役目だ !? ……ともかく今の内に戦闘準備を整えておくぞ」
そう言うとコウはウエストバッグ型のアイテムボックスから金属の塊を取り出す。
「ルチアナはこの辺りに散乱してる剣の破片を集めておいてくれないか ? 」
「わかった ! 」
ルチアナは元気よく動きだす。
コウはフィリッポの前に立つと金属の塊に魔素を通す。
するとそれはまるでスライムのように
「うおっ !? 」
フィリッポが驚きの声をあげる間に、彼を覆った金属は形を変えていく。
一枚の鋼板が滑らかに、シームレスに鎧の形となったような不思議な質感であった。
「……これで少しは防御力があがるだろ」
「これは…… !? 御使い様は『錬金術師』なんですか !? 」
「……まあ、そんなところだ」
通常、十月の女神の御使いは「勇者」が務めるものである。
出来立ての
立ち居振る舞いで相手の人間の実力を知るのがフィリッポの特技であったが、そんな彼でもコウの実力を測りかねていた。
(例えるなら……模造品なのに数えきれないほどの血を吸ってる剣みてえだ。切れないはずなのに人を殺しまくっているような……)
「痛っ ! 」
ルチアナの小さな悲鳴が聞こえた。
「ルチアナ様 !? 大丈夫ですか !? 」
慌ててルチアナに駆け寄るフィリッポ。
「……大丈夫よ。剣の破片でちょっと指を切っちゃって……あれ ? 痛いのに……痛くない……苦しくない…… ? 」
「一体どうしたんですか !? 」
ルチアナは良く分からないこと呟き始め、それを聞いたフィリッポは混乱する。
「さっき言ったでしょ。私はクラムスキー商会の薬で痛覚を遮断して病気の苦痛をごまかしてるって……だから、薬が効いてるなら指を切ったところで何も感じないはずなのに……痛いの。でも病気の苦しさは全然感じない……」
彼女は困ったような瞳でコウを見つめる。
「……ミシュリティー様はルチアナの身体を『解毒』して、
「ルチアナ様 ! 良かった ! ああ、ミシュリティー様 ! 感謝いたします !! 」
フィリッポはこれ以上ないほどの笑顔で十月の女神に感謝の祈りを捧げ始めた。
「私の病気が治ったの !? でも……解毒 ? クラムスキー商会の薬のこと ? いえ……でも……ひょっとして…… !? 」
だがルチアナの顔はほころんだ後に、みるみるうちに険しくなっていく。
「……その話はこの場を切り抜けた後だ」
そう言うとコウはルチアナが集めてくれた剣の破片に手をかざした。
すると数個の破片は融合して、形を立方体へと変えていく。
(ミシュリティーが長期間宿っていたこの剣の破片には神気が染みついてる……。まるで数ヶ月履き続けた肌着みたいに…… ! だめだ……なんかそう考えるとただの金属の塊が
目の前の男がまさか金属の立方体に劣情を抱きかけているとも知らないルチアナは神妙な顔で男に問う。
「……次はどうするの ? 」
「待つんだ」
コウは左手で
「救援をですか ? 」
続いてフィリッポが問うた。
「それもあるが……このアンデッドどもに指示を出している奴が出てくるのを待つんだ。こんな包囲をしくのは俺かルチアナに用があるんだろうよ」
そう言ってコウは彼らを囲む死体の壁を改めて見回した。
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