第42話 遺品整理
様々な希少な素材を駆使して、新しく「創造」されたアイテム「箱庭テント」。
その二メートルほどの高さの布製の三角錐の内部の空間は信じられないくらいに広かった。
入ってすぐに真っすぐの木製の廊下、その両側の壁には扉がいくつか備え付けられている。
当然その扉の向こうには部屋がある。
その廊下の先には円形の広いロビーがあり、その壁にもいくつかの扉。
さらにその先にはなぜか「庭」があった。
どういう仕組みか、テントの中なのに空があり、太陽があり、風が吹き、泉があり、花畑があった。
そしてそこには妖精達のための小さな家も散在している。
その庭を飛び回る妖精達。
彼女達からは今まで聞くことのなかった笑い声が初めて聞こえた。
まるで幻想の
昨日も解放された喜びはあった。
でもそれはマイナスがゼロになった喜びで、今日とは違った。
「……これは……テントの中なのに外だなんて……。今更だけど四月の女神様のアイテムってすごすぎない ? 」。
「エイプリル姉様は母様の『創造』の権能を限定的だけど受け継いでいるから、これくらい当然よ ! ……でも相当貴重な素材を使い切ったと思うわ。これが吉と出るか……凶と出るか……」。
ハルバードに
「いいじゃない ! あの飛び回る妖精達の嬉しそうな顔 ! 」。
彼女の傍らでは、身長一メートルほどの
「土の精霊魔法って畑も作れるんだね ! 」。
と両手をしっとりとした土につけるドナ。
「野菜をつくるより、あの果樹園みたいなところに行こうよ ! 」。
とデニスは果物に興味しんしん。
「水は……
「ねえアゼル、
アゼルは無言で土の塊をユーニスの顔に塗った。
彼らも笑顔だった。
街を出てからも
でもそれは非日常の中、異様な興奮からくる笑いだった。
今の彼らは、
どこまでも続く色とりどりの花の地平線を飛ぶ妖精達も、笑顔だった。
「ま、こんな選択ができるからエイプリル姉様の『
ハルバードが口もないのに、器用に溜息を吐いた。
「……どうしたものか…… ? 」。
コウは悩んでいた。
彼専用の寝室、それはテントに入ってすぐの廊下の壁にある扉の先にあった。
ベッドだけは大きいけれど、ビジネスホテルのシングルといった感じの狭い部屋だった。
「やっぱりこんな狭い部屋にしたのを後悔しているんですか ? 今からでも大きさやレイアウトは操作して変更できますよ」。
腹部のウエストバッグ型のアイテムボックスが言った。
「いや、旅と言えばこういう部屋でいいんだよ ! ただプライベートな時間は確保したいから、ドアに何かプレートをかけておこうと思うんだが……それになんて書こうかと考えてるんだ」。
「普通に『入室禁止』でいいのでは ? 」。
「なんかそれだと感じ悪いだろ。もっと柔らかい表現が欲しいんだよ」。
「それでは『使用中』とかは ? 」。
「トイレみてえだな。ノックされて『入ってます』って
「……なら『清掃中』は ? 」。
「ラブホテルじゃねえんだから。なんか空き室と間違えてカップルが入ってきそうだから却下 ! 」。
「『放送中』というのは ? 」。
「ユーチューバーかよ。異世界から生配信なんてできねえよ。電波届かねえもん。たとえ5Gでも」。
「柔らかい表現がいいなら『ドアをたたかないでね。なかでにんげんがねています』なんていうのは ? 」。
「ペットショップの注意書きみてえだな。面白がって起こされそうだから、却下」。
「『準備中』 ! 」。
「なんのだよ」。
「『心をこめて準備中』 ! 」。
「だからなんの準備だよ ! 」
「もういっそのこと正直な思いを長文で張り紙にしたらどうですか ? 『俺にはお前達妖精どもに気を使わない、お前らに全く会わない時間が必要です。でもそれを率直に言うと角がたつので、オブラートに包んだ表現を探しましたが、無理でした。とにかく入ってこないでください』とか ? 」。
「……これからあいつらと一年間共同生活しなきゃならないのを分かってる ? 」。
コウはそんな会話をウエストバッグ型のアイテムボックスに宿った四月の女神の分霊『ポケット』と繰り広げていると、小さなノックの音がした。
「……ポケットが早くいいアイデア出さないから……」。
「なんで私のせいなんですか !? 」。
ブツブツ言いながらドアを開けるコウ。
開けたドアの先には、ホバリングしている真っ赤な髪のサラがいた。
街。城壁内。
走る領主代官の腹違いの妹、ネリーを見る住民の目はおおむね好意的だったが、時折刺すような視線があった。
おそらく
それにあう度、彼女の中の何かが切られ、
プラチナブロンドの髪を振り乱しながら、ようやくたどり着いた目的地の扉を開けるといくつかの声が飛び交っていた。
「……この黒い胸当て……ボリスのだ……。あいつの家族は……」。
「この細い杖は、あの子のだね。確か妹が城壁の外に……」。
職員と生き残った冒険者が総出で、広い床をいっぱいに使用して死者の装備を整理していた。
一斉に集まる視線。
床に散らばる遺品までもがネリーを見たような気がして、彼女は身体を
「……緊急の依頼をしたいんだけど……」。
「無理だね。この状況で、さける人手なんてないよ」。
ようやく絞り出した声が、すぐに拒絶された。
「……あれだけの死者が出たのに、ケガ一つしてないんですって。いいご身分よね」。
「領主代官様も麻痺毒にやられて適切な命令を下せなかったって言うけど、本当かしら。震えて動けなかったんじゃないの…… ? 」。
小声で交わされる会話が、ネリーの耳にも届く。
「……私や領主代官様に
ざわり、と広い室内の空気が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます