第43話 ビジネスホテル浪漫
「何この狭い部屋は ? ベッドだけは異様に大きいし ! どうせならチェリーの部屋みたいに広いのにすれば良かったのに ! 」。
ワンルームマンションよりもさらに手狭なビジネスホテルのような部屋に、サラは呆れた声をあげた。
「俺のいた世界では旅行中はこういう部屋に泊まるんだよ。それにチェリーの部屋は大きくせざるを得ないだろ」。
壁の大きな鏡の前の小さな長方形のテーブルに、ちょこなんと腰かけた身長二十センチほどの妖精のサラに言い訳じみたことを言うコウ。
(「ポケット」もそうだけど、女にこのビジネスホテル
コウが脳内で架空の女叩きを始めたことを知る由もないサラは喋り続ける。
「……それにその珍しい服はなんなの ? 寝巻 ? 」。
白地に青色の模様が入った浴衣。
帯の代わりに黒色で金属質のウエストバッグ型のアイテムボックスが腰に絞められている。
そんな格好のコウが、だらしなくベッドに横たわり、
「民族衣装みたいなもんだ。このテントの次に服を作り出せるアイテムを創ってもらったんだ」。
そう言って、彼は腹部のウエストバッグを軽くなでた。
「……そのせいで、もう神域から持ってきた希少な素材はほとんど使い切ってしまいましたよ。かなり高威力な攻撃アイテムを創ることもできたのに……」。
グチグチとそれに
「……移動できる拠点があった方がいい。妖精の国の現状もわからないしな。それに……街にいた妖精達は……大分疲れていたから少しでも良い環境に居させてやりたいだろ ? 」。
「妖精達に関しては同意するわ。彼女達、とっても楽しそうに飛び回っていたもの」。
「……そうですか」。
サラの援護射撃にようやく喋るウエストバッグ型のアイテムボックスはしぶしぶ納得した。
「……それにしてもだらしなさすぎない ? 」。
大きなベッドに横たわるコウを改めて見やるサラ。
「……部屋にいる時くらい気を抜かせてくれ……。外に出たらちゃんと『御使い』っぽく振舞うから……」。
コウは寝返って俯せになり、顔をシーツに埋めた。
「まあいいわ。それよりフードの中にあなたとゾネの会話が聞こえてきたんだけど……。念のために教えておこうと思って……。妖精の『成長』と『
「……なんか変な雰囲気だったけど、やっぱり問題発言だったのか ? 」。
「まあ……ね。今の状況でやられると戦力が下がるのは間違いないわ。まず『成長』なんだけど、これは妖精族の王種である
「……機動力が失われるわけか……。なんのためにそんなことするんだ」。
「かつて妖精王ハルが『成長』したのは四月の女神様と愛し合うためだと伝えられているけど……」。
その言葉に思わずコウは四月の女神の分霊である「ポケット」が宿るウエストバッグ型のアイテムボックスを見るが、ポケットはこの件に関しては黙秘を貫く構えのようだ。
(……自分好みの
コウが少しだけ背筋に寒いものを感じても、サラの話は続く。
「そして問題なのは『攫い』の方。あまり知られてないけど……
地球でも妖精による神隠しが伝説としてある。
だがコウは当然の疑問を口にする。
「そんな妖精の小さな身体で、どうやって攫うことができるんだ ? 」。
サラは少しだけ
「……例えば、私がタオを攫うなら……同意を得てからだけど、私の血を一滴だけ彼に呑ませるの。想いを込めてね。それを毎日続けると、きっかり七日目で彼の身体は妖精サイズに小さくなる。そして私は後ろから彼を抱き抱えて飛ぶの。二人だけの場所まで」。
例え話のはずなのに、サラは徐々に陶酔したような顔に。
「……その妖精サイズにされた男はどうやって生きていくんだ ? 」。
「私がお花から吸った花蜜を口移しでタオに飲ませてあげるの。動物やモンスターに襲われないように高い木の上に作った二人の家で待っているタオに……」。
それは安全のためでもあるのだろうが、裏を返せば逃げられないということでもあった。
「……もし男が元に戻りたいと思ったら ? 」。
「タオがそんなこと思うわけがないじゃない……。でも一度攫われた男が元に戻ることは不可能よ。……それに万が一、逃げても生きていけない」。
「誰かに世話をしてもらえば、死ぬことはないんじゃないか ? 」。
「そうじゃないの。妖精に攫われた男は、七日に一度、その攫った妖精の血を一滴飲まないと死んでしまうの……。だから攫われた男は絶対に裏切ることはできない。それに妖精を傷つけることもできない。もし機嫌を損ねて家に妖精が帰って来なければ、それで男は終わり」。
想い人であるタオとのそんな生活を想像したのか、サラはうっとりと両手を桜色の頬に当てている。
それとは対照的にコウの顔は青かった。
(……相手に血を飲ませるってのもそうだが……絶対的に相手を自分に依存させて悦に浸るわけか……ひょっとして妖精族って滅茶苦茶ヤバイ種族なんじゃないのか…… ? )。
ほのかに香り始めた妖精の圧倒的メンヘラ臭。
「……それは誰にでも効果があるのか ? 例えば飲み物に妖精の血を仕込んで、人間の勇者を無力化するとか……」。
「それは無理。相手のことを想ってないと、血の効果は発動しないの。想いを込めないと効果がないなんて素敵でしょ ? ……だから今あんたが言ったことは、あんた自身が注意しなければならないことよ。今後妖精から何か渡されても、口にしないこと。寝ている時はマスクか何かで口を塞ぐことね。『御使い』がまるで戦えないんじゃ話にならないから」。
この部屋に来た本来の目的を思い出したのか、急に冷静になったサラ。
「……ゾネには気を付けるよ。忠告ありがとう」。
「……ゾネ以外にもね」。
それだけ言うと、小さな彼女は器用にレバータイプのドアノブを押し下げ、そのまま前に飛んで扉を開けて出て行った。
街。城壁内。冒険者ギルド。
「十月の女神様の分霊だって…… ? 」。
受付のおばちゃんが不審な声。
「そうよ ! この剣に
ネリーは腰の剣を鞘の上から握って、掲げてみせた。
(確かにあの三月の女神様の分霊が宿ったチェリーちゃんのハルバードと似た感じがする……。でも……)。
「念のため、教会の『聖女』様にお墨付きをもらってきてもらえるかい ? そうすれば……」。
「ダメ ! ……そんな時間はないの ! 」。
焦ったようにネリーが叫ぶ。
「ちなみにその託宣はどういう内容なんですか ? 」。
タオが穏やかに聞く。
「…………人探しよ。黒髪の男で、おそらく四月の女神様の『御使い』。だからこの街で盗まれた妖精を連れて、さらに別の街に妖精を盗みに行ったか、それか一度妖精の国へ向かったかしてる可能性が高いと思う」。
まるで誰かに確認したかのように間が空いて、その後ネリーは答えた。
「……見つけた後は戦闘になるんですか ? そうならばこちらも準備をしないといけませんから」。
「………… ! ……いいえ、戦闘にはならない。その男を傷つけてもいけない。私がその男と合流した時点で依頼は達成したものとみなすわ」。
(さて、どうしたものでしょうか ? この子が言っているのはコウさんのことに間違いないでしょう。ですが十月の女神様の分霊を果たして彼らの元に連れて行っていいものか……)。
タオは目の前の気の強そうなプラチナブロンドの少女を見やる。
その時、ギルドの大きな扉が乱暴に開けられて、耳障りな金切り声が響いた。
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