第41話 恩人補正


 光妖精ウィスプの命を救った褒美ほうびに得た、不正解は死に直結する「クイズ・オブ・デス」への強制力を伴った挑戦権。


 正解によって得られるのは「猶予ゆうよ」でしかない。


 しかし百年先送りできる問題は、当人にとっては解決したも同然だし、コウの場合は一年間だけ先延ばしできれば済む問題ではあった。



「……コウ様、わたくしが『綺麗』なままなら、あなたに触れてもよろしいですわよね ? 」。


 金色の瞳を爛々らんらんと輝かせた光妖精ウィスプがコウの返事も待たずに彼の肩に着地して、その小さな両の手を彼の右頬に当てた。


「私を『手折たおることができない』なんて言わないでください。私はあなたになら……はねを手折られて『成長』してもいいですし……逆に私が『さらって』もいいですわ」。


 「命の恩人補正」がかかって爆上げされたコウへの好感度がゾネを突き動かす。


(『成長』 ? 『攫う』 ? )。


 怪訝そうなコウの顔にゾネの小さな顔がどんどん近づいていく。


 それを阻止しようとしたわけではないだろうが、ラナの大きな声がした。


「気を付けて ! 森から何か大きなものが向かってくる ! 」。


 何かコウの頬に柔らかいものの跡を残して、ゾネは再び飛んで森に向き直る。


「……グリーンドラゴンです ! 数は三体 ! 」。


 エルフのセレステが驚異的な視力で森の密度の高い樹々の先を見通し、矢に弓をつがえる。


 キン、とどこか弦楽器を思わせる弦音つるおとが響き、矢が放たれた。


 「貫通強化」を付与された矢は木の隙間をすり抜けて、グリーンドラゴンの翡翠ひすいのような固い鱗を貫きはするが、致命傷には遠く及ばない。


「くっ ! 」。


 悔しそうなセレステ。


 そんな彼女をさりげなく見つめるコウ。


(悔しがる顔も……良い…… ! )。


 その二人の間に水妖精ウンディーネのスーが割って入る。


「……今、セレステのことを変な目で見てたでしょ !? やめてよね ! 」。


「そ、そんなことはない ! 」。


 そして言い争う二人。


 キン、高い音がして、再び放たれる矢。


 さきほどより速度を増した矢が、竜の瞳を射抜き、その奥の頭蓋をも貫通し、矢じりを悩に届かせた。


 大きな音がして、その後、足音の数が減る。


「やった…… ! 」。


 こぼれる笑顔。


 それに見惚れるコウ。


 その顔に精霊魔法で水を勢い良く噴射するスー。


「何するんだよ !? 」。


「だからそんな目でセレステを見るなって言ってるでしょうがあぁぁぁぁあああ !! 」。


(ホント、やめてよね。あんたがセレステを目で追う度、あんたじゃなくてセレステに殺気を向けてくるのがいるんだから……)。



 矢をくぐり抜けて、森から飛び出してきた二つの巨体。


(改めて見ると、本当に恐竜だな。それに前見た死体よりもデカい…… !! )。


 ティラノサウルスの胴体に、首から上はブロントサウルス、それがコウの印象だった。


 胴体に比べて異様に長い首が体をより大きく見せていた。


 そしてその大きな口がゆっくりと開き、鋭くも短い牙と真っ赤な口内が白日の元、披露ひろうされる。


 ごう、と二体が口から放出した炎は、それ以上の勢いの風と、動く土の壁によってコウ達に届くことはなかった。


「行け ! ゴーレム ! 」。


 動く五メートルほどの巨大な人型の土の塊が土妖精ノームであるアゼルの勇ましい掛け声に応じたように、ゆっくりと片方のグリーンドラゴンに向かって行く。


「……あんた、ドナが動かしてんのにまるで自分が操作してるみたいに言っちゃって……」。


「う、うるさい ! 」。


 呆れたような声の土妖精ノームの少女ユーニスの声に、焦ったように返すアゼル。


 それをどこかのんびりと見つめるデニス。


「いいから早く今の内に攻撃して !! 」。


 そんな三人に、地面に両手をつけたドナの指示が飛ぶ。


 グリーンドラゴンの長い首を長い首を脇に抱えてヘッドロックのように抑えている土製のゴーレム。


「わ、わかった ! 」。


 急いで同じように両手を大地に着けて、土の精霊魔法を発動する三人。


 巨大な後ろ脚が土に沈み、さらに動きが鈍くなったところを、二本の巨大な土の槍が大地から突き出し、怪物の腹をえぐった。


「やった !! 」。


 思わず力を抜く四人。


 だが竜の瞳にはまだ力があった。


 反撃の本能があった。


 四人に向かって、巨大な火の玉が、血を吐き出す口から撃たれた。


 そしてそれは四人の後ろから放たれた同じくらいの大きさの炎の塊と激しく衝突した。


 グブオッと熱風が周辺の温度を上げ、草木を焦がす。


「あちちち !! 」。


 慌てて大地から両手を離して、熱風に背を向けてうずくまる四人。


「……モンスターは致命傷を受けても戦意を失わない。知能が低いと『この傷ではどうやってももう助からない』というのがわからないからね。最後まで油断しちゃダメよ ! 」。


 チェリーの叱咤しったが飛んだ。


「はい ! チェリーねえさん ! 」。


 四人は姿勢を正して、半巨人族ハーフジャイアントの女性に向き直った。



 ゾネははねを大きく動かして、高く飛んだ。


 そして青空の中、燦燦さんさんと降りそそぐ日の光を背に受けて、静止する。


 光妖精ウィスプが一番力を発揮できる位置だ。


 彼女は背に感じる光の温かさに、一瞬だけ目を細める。


(ああ、あの暗くて老いて腐りかけた臭いの充満する牢獄とは大違い……。コウ様のお名前は、お生まれになられた国では「ひかり」を意味するとおっしゃられたけど……本当にそう。暗闇からわたくしを解き放ってくださったあの方は……私にとって光…… ! )。


 どれだけ距離があっても、彼女には、光の精霊魔法には関係ない。


 一瞬、光ったかと思うと、次の瞬間、グリーンドラゴンの胴体は首だけを残して消滅していた。


「そ、素材が……」。


 まだ自らの死を理解できないのか、極太で長い首だけがうねうねとうごめく怪物を哀しげに見つめながらのコウの呟きは、上空の光妖精ウィスプには届かなかった。



「……少し早いけれど、今日はここでテントを張るぞ」。


 ようやく戦闘の余熱が収まり、コウが宣言した。


 そして腹部のウエストバッグ型のアイテムボックスから大きな布製の三角錐さんかくすいをにゅるりと取り出す。


「アイテムナンバー028『箱庭テント』です」。


 機械的な説明がウエストバッグからした。


 その傍らではすでに仕留めたグリーンドラゴンの解体のためにアイテムナンバー029「リトル・ブッチャーズ」が動いている。


 一メートル四方の箱から出て来た三十センチほどの人形達が肉切り包丁で手際よくグリーンドラゴンを肉と革と素材にしていく。


「……希少な素材を使用して初めて作成したアイテムが攻撃アイテムじゃなくて、眷属達のためのテントだなんて、甘いあなたらしいですね」。


「……福利厚生は忠誠心のためには重要なんだぞ。行きたくもない強制参加の社員旅行よりもさらに酷い行程で死ぬ可能性まであるんだから、せめて宿くらいはいいのじゃなきゃな ! 」。


 そんなやりとりを腹部の喋るアイテムボックスとしながら、まずコウが布製の三角錐の中に吸い込まれるように入っていった。


 内部は空間を操作してあるため、明らかに入りきらない人数が どんどんとそれに吸い込まれていく。


 そしてラナとゾネの二人だけが外に残っていた。


「……話って何ですの ? 」。


「あなた……本気で『成長』するか『さらう』かするつもりなの ? 」。


 厳しい顔のラナに比べて、ゾネはニッコリと微笑み顔。


「うふふ……。さあどうでしょうか ? 」。


 金色の瞳が表情に似つかわしくもなく、煌煌こうこうとどこか野性味を帯びて輝いていた。


 すぐ側でグリーンドラゴンの血の生臭い臭いがする中、彼女の美しい迫力はより存在感を放つ。


「……今がどういう状況かわかってるでしょ ? それにあなたのコウへの想いは、彼が命の恩人だからよ。一時的に盛り上がってるだけ。すぐに……明日にでも霧散むさんしてしまう幻みたいなものよ」。


 ジッとゾネを見つめて、ラナは言い放った。


「……まるで『自分は違う』とでも言いたげですわね」。


 ゾネは微笑んだまま、さらに口角をあげた。


 その肉食獣のような笑みに、ラナは思わずひるんでしまう。


 ふいっと、ゾネはラナから視線を外し、今やその形を完全に失ったグリーンドラゴンだったものを見やる。


「……もし形を失って消えてしまうものが、あなたの言うように幻でしかないとしたら、この世の全ては幻になってしまいますわ。……けれどわたくしには到底そうとは思えません。あの牢獄で感じたことは、消えてくれませんわ。あれが夢だったとは思えませんの……絶対に…… ! 」。


 何か圧力を伴った空気が、ラナを少し後退させる。


「……そしてあの地獄から救ってくださったあの方への想いも、消えません。消させるものですか ! どんなに時が経とうとも ! 誰が何と言おうとも ! 別の地獄が待っているとしても ! ……死による救済ばかりを願っていたわたくしに ! 再び生きる意味を与えてくださったコウ様への想いは ! 」。


 それは叫びだった。


 全存在をかけた慟哭どうこくだった。


 そして背を向けてテントへと向かうゾネを、ラナは金縛りにかかったように見つめることしかできなかった。


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