第108話 オークション前の一週間 その1



 オークション五日前。


「……これのどこが世界最高の魔法人形マジックドールなのよ…… ! 」


 男に後ろから抱きかかえられた身長 1 メートルほどの、のっぺりとした木製デッサン人形が、その顔に備え付けられた大きな二つの瞳で、すぐ後ろの男を振り返って見据えた。


「……まあ待て、それは小さな植物の芽を見て『これのどこが世界一綺麗な花なんだ ! 』と言っているようなものだ。その芽が成長すればやがてそれが世界で一番綺麗な花を咲かせるとも知らずにな……」


 ジョンが、きまり悪そうに、恐らく事前に考え抜いていたであろう誤魔化ごまかしの言葉を吐く。


 あの時、シャロンに魔法人形ソフィアを渡すように迫られた時、ジョンが魔素を自らの身体の周りに纏わせた結果、可視化するほどの濃密な魔素の虹色のきらめきでシャロンとトレイの視界は妨げられていた。


 その時、知能を持つアイテムインテリジェンスである付け髭型万能ツール「ひーちゃん」が細く触手を伸ばして、ジョンのポケットに入っていたもう一つの魂石と、魔法人形頭部内に収められたソフィアの人格・知能・記憶が記録されたメインの魂石とを交換していたのだった。


 その魂石の入手元は地下室に転がっていた折れた黒い剣で、かつて大陸で「刻死剣こくしけん」として恐れられた知能を持つアイテムインテリジェンスであり、つかに魂石が仕込まれていたのだ。


 起動させてみれば、人を切り刻む衝動を抑えきれない狂った人格であったためリセットしようとズボンのポケットに入れておいたそれをジョンは惜しみなく代価として彼女と引き換えたのであった。


 そして破損した魂石に魔素を通し複雑な構造のそれを時間をかけて「増殖」させ修復し、とりあえず作成した仮ボディに備え付け、彼女を起動させ、その合間に必要なものを買い物等々、一日かけて今に至る。


「それに……あの身体をオークションで落札して取り戻せば済むことだ。貨幣こそ鋳造ちゅうぞうされた自由 ! 金があれば望みは自由に叶う ! いざ行かん ! 金の力を手に入れるために ! 」


 金銭欲まみれの誰の心も動かさない宣言を一人で行うと、それと共に彼の背中、荷物を積んだ金属製の背負子しょいこから飛び出した棒の先のプロペラが回転し始める。

 その回転が地面に彼らを繋ぎとめる重力との均衡を破った時、二人はふわりと浮かびあがった。


「と、飛んでる !? 」


 ソフィアは驚愕の声をあげた。


 空を自由に飛び回れる神具を大陸で暴れまわった四月の女神の御使いが所持しているらしいという話はエミリオに聞いたことはあったが、それ以外で空を飛行するアイテムなど見たことも聞いたこともなかったのに、それを自分が今この瞬間、体験してることに気づいたからだ。


 瞬く間に地面が遠くなり、工房が小さくなっていった。


「……あんた結構すごい『錬金術師』なのね」


「まあな。だからちゃんと世界最高の魔法人形にするって約束は守るからな ! 」


 爽やかに男は笑った。


 ソフィアは再び前を見る。


 視界は良好。


 前の身体よりも視力は上がっていたし、意識すればそれに応じて遠くでも瞬時にズームされてよく見える。


(まだ視覚と聴覚以外の感覚はないけど……補助の魂石もないのに前の身体よりもよく見える。それに……身体自体もスムーズに動かせる)


 気が付けば足元は一面の大海原。


 青空と、それよりも濃い青との二つだけだった。


 落下防止のために背後の男に縛り付けられているという拘束状態とは裏腹に、彼女の心は後ろめたさを感じるほどに解放されていた。


「……人間だった時、船で海に出たことは数えきれないほどあるけど……空から海を眺めるなんて初めて。それに……魔法人形になってから初めて見る海……」


 ソフィアの前の魔法人形の身体は人間のような五感を持たせたために燃費が非常に悪かった。


 おかげで買い物に行っただけで体内の魔素タンクがすぐに空になってしまい、遠出など望むべくもなかったのだ。


 いつの間にか高度が下がり、足の先のすぐ下を海面がすごい速さで過ぎていく。


 ジョンが興味深そうに海を眺めるソフィアのために海面に近づいたのだ。


 ふと、その進行方向にぴちぴちと海面を跳ね上がる数十匹の大型の魚達が見えた。


「……もっと高く飛んで ! 今すぐに ! 」


 ソフィアの言葉に応じて、すぐに高度が上がる。


 そして足元に跳ね上がる魚達が見えた時、海面が割れた。


「鯨か !? 」


「いいえ ! シードラゴンの成体よ ! 」


 海面に突き出た巨大なV字型のあぎとが十分に魚達を収めて、閉じられた。


 それから波立つ海面にゆっくりと沈んでいく。


「危なかった…… ! 冒険者だった時は船の上であんなのと戦ってたのか ? 」


「そんな無謀なことするわけないでしょ。基本的に危険な海域には近づかなかったし、どうしても戦わなきゃならない時は陸までおびき寄せて、大人数で陸で戦ったわ。シードラゴンの成体はヒレが脚になって陸にも上がれるから…… ! 」


 昔を思い出したのか、少しだけ興奮気味にソフィアは語る。


「巨大なワニみたいなもんか……おっ ! 目的地が見えてきたぞ !! 」


 ソフィアが前を向くと、豆粒ほどの島があった。


 そこにズームすると遠目に小さく見えただけで、恐ろしく広い島であることがわかる。

 外周は砂浜に囲まれ、そこから中心に向かって少し高台になった草原。


 中央には大きな湖。


 そして上空には大きな蜻蛉とんぼが数えきれないほど、飛んでいる。


「あれが……『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』の生息地…… ! 時空間をコントロールするアイテムに必要不可欠な魔石が入手可能な場所…… ! 」


 興奮気味に呟く魔法人形ソフィア。


 この島の周囲がシードラゴンの巣窟であるため、海中のシードラゴンを蹴散らせる海人族との交流が無くなった百年前から人間族は誰も上陸したことのない島。


 ウッドリッジ群島の冒険者の誰もが上陸を目指して頓挫した島。


 その砂浜に二人は、空から降り立った。


 どこか感慨深げに辺りを見渡すソフィア。


 その瞳に一匹の『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』が映った。


蜻蛉とんぼがそのまま大きくなった感じだな」


「そうね。でも一体何をしてるのかしら ? 」


 二人は数十メートル沖の海上をホバリングしている大きな複眼の体長 1 メートル、広げた左右二対の翅は 2 メートルほどの蜻蛉の化け物を見やる。


 瞬間、光が弾けた。


 バチン、と炸裂音が響き、しばらくするとぷかぷかと魚が十匹ほど、力なく浮いてくる。


 日本などでは禁止されている電気ショッカー漁を、生態系への影響など知ったことか、とばかりにモンスターが行ったのだ。


「『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』は電撃を放つって聞いたことあるけど……こうやって魚をとるためだったのね」


 瞬跳蜻蛉テレポートンボが浮かんできた獲物をその六本脚で掴もうと海面に近づいた瞬間、海から何か大きなものが飛び出して来た。


「あっ ! 」


 思わずジョンが声をあげた。


 それは深緑色の鱗に覆われた小型のシードラゴンだった。


 大きく開けた顎が瞬跳蜻蛉テレポートンボに届く瞬間、消えた。


 ガチン、と音が聞こえそうなほど勢いよく閉じられた、何もくわえることのできなかった顎のまま、一瞬だけ空中の住人となった海の化け物は再び飛沫しぶきとともに海に帰っていく。


 そして次の瞬間、また光った。


 数十メートル上空に瞬間移動した瞬跳蜻蛉テレポートンボがカウンター攻撃として電撃を放ったようだ。


 さすがにシードラゴンも一方的に電撃攻撃を加えられてはたまらない、と退散したようで、蜻蛉の化け物は悠々と獲物を持ち上げ、島へと戻っていく。


「あれが瞬跳蜻蛉テレポートンボの瞬間移動か……それにしても勿体ない。気絶した魚を二匹しか持っていけてないじゃないか」


「そんなに勿体無いと思うなら取ってきたら ? あそこに行く前にあなたがシードラゴンの餌になると思うけど。それよりどうやって捕獲すんの ? 大昔の冒険者達は大規模な魔法を連続して撃ちまくって、瞬跳蜻蛉テレポートンボが疲弊して瞬間移動できなくなった所を捕まえたらしいけど」


 範囲攻撃をくらうことはことはあっても、放つことなど到底できそうにない「錬金術師」の男と簡素な魔法人形の二人。


 にも関わらず、男の態度は自信たっぷりであった。



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