第107話 資金調達




「──続いての品は、今回の目玉の一つです。なんと当オークション鑑定士が『神具』の認定を出しました ! 」


 劇場内は、ざわめいた。


 女神の分霊が宿やどったアイテム、もしくは女神が創造したとしか思えない人間には製作不可能なアイテムを「神具」とするのが一般的な認識である。


 このオークションでも数年に一つ出品されるかどうか、というほどの貴重品だ。


「出品者、『錬金術師』ジョン・ナナシーによりますと、『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』の生息地の孤島で偶然発見したとのことです ! 」


 カラカラとキャスター付きの豪奢な木製の台に載せられて、それは舞台へと運ばれた。


「発見 ? ジョンの野郎、アイテムを自分で作ったんじゃねえのか ? 」


「……恐らく嘘ですね。 B 級『錬金術師』が作成したアイテムに『神具』認定が出るわけありませんから、見つけたことにしたんでしょう」


 ピンク色の髪に似合わない、理知的な灰色の瞳が二階席から舞台上のアイテムを見下ろした。


 それは遠目には黒い革製のベルトにしか見えない代物しろものである。


「──僭越ながら私がこの新発見の神具がどのようなものかを実演させていただきます ! 」


 そう言うと、舞台上の礼服の中年男はおもむろにベルトを装着した。


 そして魔力をベルトに通すと、劇場のざわめきは、どよめきへと変わる。


「う、浮いてるぞ ! 」


 あまりの興奮に立ち上がるトレイ。


「落ち着いてください。部隊長が周りから浮いてしまいますよ」


 シャロンが冷静にトレイを押しとどめる。


 舞台上には床から 1 メートルほど浮く男がいた。


 そして男は少しだけ前傾姿勢となり、前に進み始める。


 どよめく一階席の客の頭上を回ると、高度を上げて二階席のシャロン達の目の前まで浮かび、そして男は再び舞台へと戻り、着地した。


「──この『フライングベルト』の性能、ご理解いただけたと思います。さあ空を自由に飛びたい方は是非入札なすってください ! それでは 1000 万ゴールドから始めさせていただきます ! 」


「……一体どういう仕組みだ ? 」


 一階席の金持ちどもが一度の入札で庶民の年収以上の金額を加えて更新される落札価格のさまを見下ろしながら、トレイがひとちた。


「……飛行型モンスターの中には竜人ドラゴニュートのように重力を制御して飛ぶものがいると聞いたことがあります。そのタイプのモンスター、それこそ『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』の魔石を利用したのではないかと思いますが……」


 返答を期待したものではないであろうトレイの呟きに、シャロンは自分自身に説明するように答えた。


「──さあ他に入札はございませんか ? ございませんね。それでは 5000 万ゴールドで落札です ! 」


 演台の男が高らかに宣言すると、何を称賛したのかわからない拍手が沸き起こる。


「出品手数料は落札価格の 10 %だから、ジョンはあの魔法人形に 4500 万ゴールドまで出せるわけか……」


「そう言うことだ。……もう少し高値で落札されると思ってたんだがな」


 いつの間にかトレイ達の後ろの席に座っていたジョンが言った。


 いつもの半裸姿ではなく、礼服姿だ。


「……あれだけの啖呵を切ったくせに、来ないのかと思い始めていたところですよ」


 シャロンが憎まれ口でジョンを迎えた。


「出品される順番は事前にわかってたからな。俺の目的はソフィアだけだ」


 ジョンは軽く肩をすくめてみせた。


「──それでは本日のオークション、最後の品です。孤高の『錬金術師』エミリオが作り上げた新機軸の魔法人形の残骸、この特徴は──」


 舞台の上で中年男が朗々と魔法人形ソフィアの説明を読み上げる。


「── 3000 万ゴールドから始めさせていただきます ! 」


「さて……銭闘せんとう開始だ…… ! 」


 自らの資金を銃弾とした戦争が始まる。


「──他に入札はございませんか ? ございませんね。それでは…… 5200 万ゴールドで落札です ! 」


 そしてあっけなく終わった。


 シャロンが途中、500 万ゴールドもの大金を貸してくれたが、それでも及ばなかった。


 俯き、嘆くジョン。


「なんてことだ……」


「ま、まあ気を落とすなよ。お前はよく頑張ったよ。一週間で 4500 万ゴールドを用意したんだからな ! 普通できねえぞ ! 」


 慰めるトレイ。


「俺のつくった『フライングベルト』よりも、エミリオの作ったソフィアの方に高値がつくなんて……」


「そっちかよ ! というか、やっぱりあれはお前が作ったんだな ! 何が孤島で発見した、だよ ! 」


 そんな二人のやり取りをシャロンは茫然と眺めていた。


 製作者であるエミリオを想い、その死を悼み、そして未来に希望を抱いた魔法人形。


 それはオリジナルとなった人間ソフィアのものではなく魔法人形ソフィアの心が抱いたものだというジョンの言を聞いて、それを否定しきれない彼女は少しばかり罪の意識を抱いていた。


(もしあの魔法人形がもう一度起動することがあれば……さぞかし絶望することだろう。「次に目を覚ました時には世界最高の魔法人形になってるからな ! 」と言ったジョンの言葉が守られなかったことを知るのだから……)


 あの時、見逃していれば今頃は修理されてジョンとともに素材収集の冒険に出ていたかもしれない魔法人形のことを思って。


「何落ち込んでんのよ ! このご時世、あんな空を飛んで楽しむだけの嗜好しこう品なんかよりも実用的な魔法人形関連の品に高値がつくのは当たり前じゃない ! 」


 二階席最前列に座るトレイとシャロンしに落ち込むジョンを叱咤する者がいた。


 黒い革製のドレスと黒髪、黒い瞳によって、よりその雪のように白い肌の美しさが際立つ女性だ。


「……でもな、せっかくエミリオが作った身体なんだから……」


「気にしないで。この身体も気に入ったから ! 」


 そう言って女はくるりと踊り子のように回ってみせる。


 それはどこからどう見ても人間で、人間の滑らかな動きだった。


 一回転した女は真っ赤な唇の口角を上げて、挑発的に笑った。


「早く代金をもらいに行きましょう ! ミスリル製の 1000 万ゴールド硬貨があればもっと私をアップグレードできるんでしょ ? 落札できなかった時はそうするって言ってたじゃない ! 」


 その言葉に応じて、ジョンは座席から通路へと動き、女も出口へと向かう。


「ちょ、ちょっと待ってください ! あなたは…… ? 」


「私はソフィアよ ! 初めまして、融通の利かない魔法使いさん ! 」


 そういたずらっぽく笑うと、女は背を向けてジョンと並んで劇場から出て行った。


「どういうことだ ? 」


 トレイはポカンとした顔。


「……わかりません。ただ一つ言えるのは、今回のオークションでエミリオの遺産関係の処理は正式に終了しましたから……ジョンが今の彼女を自分で作成した魔法人形だと言い張れば手を出すことはできない、ということだけです」


 シャロンは苦々しげな口調とは裏腹に、ホッとしたような顔で、踊るように男の隣を歩く魔法人形の女の背を見送った。


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