第127話 唐突に始まる推理展開



 一際大きく、豪奢な天蓋テントから出たシャロンは大きく息をついた。


 それはまだまだこなさなければならない今日の仕事への憂鬱さというよりは、やっかいな案件が思ったよりもスムーズに進んだことによる安堵のためだった。


(……ルチアナ様がベースキャンプで大人しく待機するのを渋るかと思ったけど……)


 つい先ほど、シャロンは領主の娘であるルチアナに昨夜の事件と今日の行動について報告していた。


 帰還しなかったパーティーは恐らくアンデッドドラゴンに襲われたこと。


 そのアンデッドドラゴンとの戦闘でフィリッポ・サンドロ・ロレットの三名は魔素切れとなり、今日一日は安静にせねばならず、よって彼らの護衛がないためルチアナにはベースキャンプで待機していて欲しいということ。


 さらにはベースキャンプ内でも不審な死者が出たため、充分に注意して欲しいこと。


 大体の報告内容は上のようなものであった。


 さてシャロンは彼女に割り振られた今日の役目、ベースキャンプ内の警備のために警備兵達を集め、別の場所ではアンデッドドラゴンの調査のために冒険者のパーティーから条件にあう「魔法使い」が徴用され、警備兵とともにジャングルに赴く。


 当初の目的であるポイズンドラゴンの駆除も当然行われるが、「魔法使い」を欠いたパーティーに警備隊から人員を補填してやらねばならない。


 それだけでもう警備兵も手一杯となる。


 ベースキャンプ内の死体とサンドロ達への襲撃者の調査は誰かに委託するしかなかった。


(……人手が足りないのはどうにもならないし、実際ジョン一人だけを使えば済むのは助かるけど……大丈夫でしょうね ? )


 この世界の医者の主たる治療法は内服薬であった。


 地球に比べて医学が未発達なのはもちろんだが、外傷などは回復魔法が治療してしまうことも、その一因である。


 よって下手な医者よりも人間に似せた魔法人形マジックドールを作成できるほど人体に精通している「錬金術師」に殺人事件の被害者の検死を依頼するのは珍しいことではなかった。


(……それにしても……やけに素直に応じましたね)


 彼女は幾人もの冒険者達が命を落とすこの任務に、娯楽感覚で参加している領主の娘の態度をいぶかしく思ったが、それはすぐにこれから行わねばならない段取りによって頭から追い出された。



────


「……そこの者 ! 止まりなさい ! 」


「ん ? なんだ ? 」


 ジョンが振り向いた先にはベールのように薄い、されどその向こうは透けては見えない軽やかな布で織られたローブを纏った人物がいた。


「昨晩、このベースキャンプ内で不審な死者が出たそうです ! あなたが犯人でしょ ! 」


「な、何を言ってるんだ !? むしろ俺は捜査する側だぞ !? 」


 出会って一秒で嫌疑をかけられた半裸の男は必死に弁明を試みる。


「……素直に認めないと罪が重くなるわよ」


 地球において異端審問官ハインリヒ・クラーマーによって記された『魔女に与える鉄槌』は魔女狩りのハンドブックといえる書物であり、これに従って多くの人間が理不尽に魔女として断罪された。


 それにまるで劣らない理不尽さでもってして、ジョンに対峙する少女は彼を罪人として仕立て上げるようだ。


「ま、まて ! 本当に俺はシャロンに調査を依頼された『錬金術師』のジョンだ ! 冒険者登録証もある ! 」


 ジョンは慌てて、腰に巻いた彼謹製のウエストバッグ型のアイテムボックスから登録証を取り出し、疑り深げな少女に掲げてみせた。


「……『錬金術師』のくせに紛らわしい格好して…… ! どう見ても『狂戦士バーサーカー』じゃないの ! 」


 この群島出身者の平均より幾ばくか色白な少女は、その見た目よりも幼い娘が行うように可愛らしく頬を膨らませて、彼女よりも年嵩としかさの女が出すようなヒステリックな声をあげた。


「どんな格好をしようが俺の勝手だろうに……。だいたいお前こそ何者なんだ ? 」


 服装の自由、というこの異世界でも最低限のTPOさえわきまえていれば認められている権利。


 だがそもそも怪しげなカイゼル髭をつけ、上半身に何も纏わず古傷だらけの身体を晒し、その背中に剣を背負うことでその権利を行使している男は、怪しかった。


 男の問いに、少女は驚いたように元々大きな瞳をさらに丸くする。


「私は……ルチアナよ。このポイズンドラゴンの駆除にパーティーで参加してるの。今日はメンバーの具合が悪くてベースキャンプに待機してるんだけど……それだけじゃ退屈だから昨日起きた殺人事件の犯人を見つけることにしたの ! 」


 細身の薄い胸を張る少女。


「そうか……まあ頑張ってくれ」


 そんな少女を一瞥した後、ジョンは彼女に背を向ける。


「ちょっと ! 待ちなさい ! あなた本当に私のことを……」


 知らないの ? と言いかけたルチアナは言葉を飲み込んだ。


 ふと、いたずら心が湧き上がってきたのだ。


 この男が散々自分に無礼を働いた後、自分の身分を知ったらどういう反応をするだろうか ?


 そんな意地の悪い心が。


「待ちなさいってば ! 私も捜査を手伝ってあげるから ! 」


 ルチアナは小走りに男の隣に並ぶ。


「……別にいいが、何か捜査に役立つような『スキル』とかを所持してるのか ? 」


「『スキル』はないけど……安心して ! 名探偵が登場する物語をたくさん読んだことがあるから ! 」


 この世界では地球からの転移者によって印刷技術の知識がもたらされていたのと、地球であればどのような著作権違反をも見逃さない権利保護団体や出版会社の法務部の目もさすがにこの異世界までは届かないため、意外と多くの地球で編まれた物語が転移者によって出版されていた。


 「貴族」であり長く病床にあったルチアナは多くの物語を読み、当然、その中には推理小説もあった。


「そ、そうか……期待してるよ」


 戦記物で例えるならば、座学だけを修めて実戦経験のまるでない将軍の部隊に配属された兵卒のような表情で、ジョンは言った。


 警備兵がまばらに警備するベースキャンプ内を、ジョンはローブのフードを目深にかぶったルチアナと並んで現場へと向かう。


 やがてベースキャンプの端に位置する一つの天蓋テントが見えて来た。


 使い古された白色で、その周囲の地面は、そこから漏れた大量の血でどす黒く彩られている。


 中の死体はそのままにしてあるそうだ。


「わ、私は周辺の調査をするから……検死は頼んだわよ」


「はいはい……」


 最初から彼女の働きにそれほど期待を寄せていなかったジョンは、素直に単独で天蓋の中に消えていく。


 天蓋の周りを見渡すルチアナ。


 そんな彼女の瞳にまたしても気分の良くないものが映る。


「虫…… ? 」


 殺害現場となった天蓋の周辺には、ジャングル特産の大きくてカラフルで、どうしようもなく怖気おぞけを掻き立てるような蛾が何匹も落ちていた。


「他の天蓋の周辺には……虫の死骸なんてない……何か関係あるのかしら ? 」


 首をひねるルチアナ。


 そんな彼女の瞳に、今度は検死を終えて天蓋から青い顔をして出てくるジョンの姿が映った。




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