第128話 殺害方法
「うう……検死に髭型万能ツールを使うもんじゃないな……。血の臭いがつくし、当たり前だけど衛生的じゃない……」
そんなことをブツブツと呟きながら、ジョンはべりべりと自らのカイゼル髭を剥がすと、腰のウエストバッグから取り出した筒状のアイテムの先端から青い光を浴びせる。
すると黒い髭についた赤黒い汚れが光の中に消えていく。
「そのアイテムは何 ? 」
貴族である彼女でも見たことのない珍しいアイテムにルチアナは興味津々のよう。
「ん ? これは洗浄用のアイテムだ。試してみるか ? 」
そう言うとジョンは青い光をルチアナに浴びせかけた。
瞬間、この密林のじっとりとした気候によって汗ばんでいた彼女の身体は瞬時にひんやりとした爽快さに包まれる。
もともと汚れなどない彼女が纏っている高級な薄手のローブがさらに
「すごい…… ! これ、あなたが作ったの ? 」
「ああ」
彼女の父であるこの島の領主お抱えの A 級「錬金術師」でもこれほどの効能を発揮するアイテムを献上したことはない。
ルチアナは B 級錬金術師である男をまじまじと見つめた。
「その髭……付け髭だったのね」
カイゼル髭を手にした男の顔は先ほどよりずいぶんと若く見える。
その顔をじっくりと眺めて、ルチアナは続けた。
「それ……付けない方がいいと思うけど」
「そうか ? 便利な
改めて清潔になったカイゼル髭を口元に付けると、髭はぺちぺちと彼の頬をその髭先で軽く叩く。
「そういう意味じゃないんだけど……まあいいわ。検死の結果はどうだったの ? 」
「ああ、中にあったのは男性の死体が二体。頭の中味が空になってた……。それが死因だな……」
ジョンはその光景を思い出したのか、青い顔で言った。
「人間の犯行じゃなさそうね。となるとモンスターの仕業かしら ? 」
「スライムみたいな軟体のが口から侵入して脳みそを食ったのかもな……。だが死体に抵抗の後が全くなかったのが妙だ……。二人とも並んで寝てるところを大人しくそのまま食われたような……」
「つまり襲われて頭の中味を食い散らかされている間も寝てたかもしれないってこと……そんなバカなこと……」
そう言いかけて、ルチアナは
「……ねえ、この蛾の死骸、不自然じゃない ? 何匹もこの天蓋の周りにだけあるの」
「確かに……天蓋に虫除けの殺虫剤でも振りかけてあったのかな……」
ジョンも天蓋の周りのカラフルな蛾の死骸を
「男の冒険者がそんな面倒なことをするとは思えないわ。……外からじゃなくて、中から
「つまり中の二人は毒で殺害された後にモンスターに襲われたって言うのか ? 」
「ええ、そう考えれば
「……だけど天蓋の外にまで染み出して虫を殺すほど強力な毒なら、昨晩の発見者……
そう言うとルチアナは腕を組んで黙り込む。
推理を否定されてムカついたのではない。
さらに考えるために。
「……ジョン、あなた
「え ? いや……まあ……そうだな……」
途端に挙動不審となる男。
「やっぱり…… !
「……そうか……ならシャロンも
「……何が危なかったの ? 」
ピンク色の髪の女は淫乱、という異世界人が広めた迷信を確信する男を冷たい目で見つめるルチアナ。
「いや……こっちの話だ。状況を整理してみよう。可能性として考えられるのは……まず毒殺された被害者をたまたまスライムが襲ったパターンか……」
「いえ、それならスライムも毒の影響を受けているはずよ……。むしろスライムが全てを行ったと考える方が自然ね」
「……毒を持つスライムか……。そんなやっかいなモンスターがこの辺りに生息してるのか ? 」
「……聞いたことないけど……新種かもしれない。それを確かめに行く ? 」
ルチアナの視線は地面に微かに残った血の跡を見ていた。
それは血まみれの何かを引きずったようで、密林へと続いている。
「ああもちろんだ」
そう言ってジョンは歩き出した。
幸いその方向には獣道が続いている。
「ま、待ってよ ! 警備兵を連れて行かないと ! 」
「必要ない。もし怖かったら付いてこなくていいぞ」
男は揶揄うように言った。
その口調に反して、爽やかな笑顔であった。
今まで「貴族」である彼女にどんな男もそんな口の利き方をしたことはない。
「戦闘狂」であるフィリッポでさえも、彼女を呼び捨てにしてはいたが、それは彼女自身が望んだことだし、最低限の礼儀は守られていた。
(……逆ハーレムパーティも良かったけど……私の身分を知らない無礼な男と二人で冒険するっていうのも面白いかも…… ! ……あれだけ優秀なアイテムを作れるなら戦闘用のも当然あるはず……ならそれほど危険はない…… ! それに……多分……フィリッポ達は……)
一瞬だけ寂しそうな顔で
その男の身体に刻まれた十四個の傷跡、この世界の十二の種族の女から一つずつ負わされたもの十二個と、さらにその上位の存在から付けられたのが二つであることを彼女は知らない。
この男が女性にとって超超危険人物であることを、彼女はまだ知らない。
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