第53話 エルフの店の常連と不死の人狼



「コウ ! 『瞬着』で早く新型の『竜人の着ぐるみドラゴニュートスーツ』をまとってください ! 」。


 腹部のウエストバッグ型のアイテムボックスがわめいた。


「わかってる ! 瞬着…… ! 」。


 瞬時に彼のシルエットは竜人となる。


 竜人をした鎧。


 真紅の外骨格を動かす人工筋肉が胸の二つの魔石から供給されるエネルギーで躍動し始める。


 そして軽く握られた拳からは四本のするどい爪が飛び出している。


 突き刺すと言うよりは切り裂くような細く長い剣のような爪だ。


 その爪の根本、手の甲には赤い魔石。


 右手にはさらに並んでもう一つ、手首の下に赤い魔石があった。


 つまり右腕には二つ、左腕には一つ、炎を生みだす魔石が装着されていることになる。

「……あの蟻人ぎじんの外骨格を利用したのか……。防御力は期待できそうだな」。


「それだけじゃありませんよ。魔石の数を増やしていますから、その分パワーも上がっています。ただそれにともなって燃費も悪くなっていますがね」。


 戦闘に備えてか、いつもは腹側にバッグ部分があるのに背中側に回る「ポケット」。


 人狼達はコウの変身に面食らったようだが、すぐに統制を取り戻して動きだす。


 そして一番大柄なリーダーらしき人狼をその場に残して六体の人狼が街道の両脇に広がる森へと姿を隠していく。


 先ほど吹き飛ばされた一体もすでに姿が見えない。


「さあ来い ! 妖精を率いるお前は四月の女神の御使みつかいなのだろう ? 数日前に十月の女神様が下された託宣たくせんにはお前のこともあったそうだ。絶対に殺せとな ! 頼むから俺に殺されてくれ ! 」。


 残った一体の人狼が両手を広げて、大声を響かせた。


「……十月の女神に恨みを買った覚えはないんだがな」。


 コウはゆっくりと前に進みながら、後ろを振り向いた。


 その視線の先には三メートルほどの大柄な女性。


 ジャイアントハーフで職業「賢者」のチェリーがいた。


 顔まで竜人の鎧に覆われているのに、彼女にはコウがどんな顔をしているのかがわかった。


「まかせて…… ! 」。


 そう呟いて、微笑み返してから彼女は動き出す。


「サラ ! 人狼達の位置は把握できてる ? 」。


「ええ ! 私達を囲むように等間隔で広がっているわ ! 」。


「チェリーちゃん ! どうする気だい !? 」。


「もう少し明るくするわ…… ! 」。


 チェリーは呪文を詠唱し始めた。


「タオ……あなた四月の御使い様と知り合いなのよね ? 妖精達が四月の御使い様と行動をともにしているのはわかるんだけど……この大きな女とエルフは…… ? 」。


 ネリーが不思議そうな顔で妖精族以外の二人の女を見やる。


「彼女はチェリーさん、巨人族と人間のハーフで職業は『賢者』です。コウさんとは……個人的なつながりがあって協力しているそうです。エルフのかたは…… ? 」。


「私、セレステって言います ! 親友のスーのために四月の御使い様に協力しています ! 」。


 元気よくエルフの女性が答えた。


 その隣には水妖精ウンディーネが飛んでいる。


「……キャスさん、こんなに早く再会できるなんて……」。


 土妖精ノームのドナが槍を森に向かって構えるキャスに純情を感じさせる顔で語りかけた。


 あの草原で別れる時、二人は『百年戦争』が終わる一年後の再会を誓っていたのだ。


「あ、ああ、そ、そうだな……」。


 すぐにでも始まりそうな戦闘のためか、落ち着かない様子のキャス。


「キャスさん ! お久しぶりです ! キャスさんから聞いてたおかげで救援要請のサインに気づけたんですけど、そこにあなたがいるなんて運命的ですね ! 」。


 笑顔でキャスに話かけるセレステ。


「そ、そうだったかな ? 人違いじゃないかな……」。


 キャスの動揺は激しくなる。


「え…… ? セレステが言ってた冒険者のお客さんって……」。


 ドナの瞳に暗い影が差す。


「……キャス……今回もあなたの過去の行いによって救われたみたいですね」。


 苦笑いのタオ。


 スーはにこにこと笑うセレステを複雑な顔で見つめた。


(……仕事と割り切ってる男に関しては全く恥ずかしがらないのよね……)。




 敵を前にして後ろを振り返ったコウのすきを逃す人狼部隊の隊長ではない。


 一瞬で間をつめ、背後から袈裟切りにその剣のような五本の爪を振り下ろす。


 コウは身体を反転させながら、右拳の四本の真紅の爪を切り上げる。


 ギギィンと火花を上げて漆黒の人狼の爪が先に竜人の胴体に当たるが、その直後に人狼の身体が真紅の爪に切り裂かれた。


 人狼は弾かれたように後退。


 腹部からドクドクと流れる血が見えた。


「……なんて固さだ。これが四月の女神の神具の性能か…… ! 」。


 狼と化した顔を歪め牙をむき出しにして吐き捨てる隊長。


 真紅の竜人の鎧はわずかに欠けただけ。


 コウはまるで防御を考えずに攻撃を繰り出したため、先手をとられながらも相打ちとなったがダメージ量は明らかに違った。


「コウ、油断しないでください。満月の夜の人狼族は……不死です」。


「不死 ? 」。


 「ポケット」の言葉を裏付けるかのように、月の光を浴びた人狼の出血は止まる。


「だから『消耗戦』になるって言ったでしょう。朝になる前にあなたの魔力が尽きて『ドラゴニュートスーツ』を稼働できなくなれば負けです」。


 コウの視線の先には憎悪の気炎を上げる漆黒の人狼。


「……胸の魔石が一つの緑の『ドラゴニュートスーツ』はどうした ? 長期戦になるならあれの方が燃費がいいだろ」。


「……今装着している『ドラゴニュートスーツ』は今まで使用していたものを改良したんですから、もうありませんよ。『ドラゴニュートスーツ』を二着維持できるほどの余裕はないんですよ。私達には。……まったく、節約して家計をなんとかやりくりする主婦の気分ですよ」。


「甲斐性がなくて悪かったな。節約して出費を抑えるよりも、お前も働きに出て収入の方を増やしてくれないか ? 」。


「共働き家庭を希望するんですね。フフ、考えておきます」。


 ウエストバッグ型のアイテムボックスのベルトがまるでコウを抱きしめるかのように一瞬、軽く締まる。


 ウエストバッグとたわむれる異様な男を睨みつけ、人狼は咆哮をあげた。



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