第54話 炎上する森と妖精とエルフと巨人を囲う男
「ファイヤストリート ! 」。
チェリーの大きく広げた両手の指の先から十個の火の玉が
進路上に木があっても関係なく燃やして、十本の炎の道は進む。
それによって夜の森は明るくなっていく。
「……使わせてもらうわ ! 」。
真っ赤な髪の妖精サラが森の中を進む炎を大きく燃え上がらせた。
炎は大きく膨れ上がり、それをさらに風が煽り、大火となる。
「……ああ、森が……」。
エルフのセレステが恨めしそうな声を出して、チェリーの罪悪感を刺激した。
思ってもみない連携で大きく炎え上がる森は、有名人が不用意な発言をして炎上していると、頼んでもいない擁護者がどこからか現れ余計な発言をして、さらに炎上してしまうSNS上でよくみられる現象のよう。
「こ、これ本来はこんなに燃え上がる呪文じゃないの ! 私はちゃんと考えて使ったから ! 」。
弁明するチェリー。
「……何よ…… ! 私のせいだって言うの ? 」。
サラが眉を吊り上げた時、炎の森から火だるまになった人狼が一体、転がるように街道に飛び出してきた。
キャスがそれにすばやく対応して無言で槍を突き、その衝撃で人狼が倒れる先の地面から土製の槍が数本突き出て、さらに攻撃が加えられる。
しかし土の槍は満月の夜の人狼にはほとんど刺さらない。
漆黒の体毛は凄まじい強度となり、それをどうにか
「刺さらない !? 」。
地面に両手をつけて土の精霊魔法を発動させたドナは驚愕の思いで人狼を見やる。
「気を付けて ! 満月の夜の人狼族は強いし……死なないわ ! だから朝まで持ちこたえることを考えて ! 」。
ハルバードを片手で振り払って地面から生えた槍に支えられたままの人狼を再び炎の森へとふきとばすチェリー。
技術ではなくパワーによって普通の人間であれば簡単に両断されていたであろう斬撃も、距離をとることができるだけ。
また一体、人狼が炎の森からネリーの前に飛び出してきた。
「ネリー様 ! 抵抗をやめてください ! 」。
先ほどリーダーに彼女の生け捕りを
「……あなたは……ひょっとしてレイフかしら ? 声まで変わってるから確証は持てないけど……」。
炎に
「そうです ! 私が絶対にネリー様の安全を保障します ! だから投降してください ! 」。
彼女に自らを認識してもらったレイフは、こんな状況なのにわずかに尻尾がゆれた。
「……ダメよ。四月の
不慣れに構える十月の女神の分霊が
「……相変わらずクレメント様があなたにとって絶対なのですね……。
狼の顔が悲痛に歪む。
それとは逆にネリーは笑った。
「レイフ……あなたは誰かのために何かを捧げることを自らの不利益と考えるのね。私は……人間は違う。独りぼっちで笑っても幸せになんてなれない。私の笑顔を見て、兄様が笑い返してくれて……それを見て私はまた微笑むの。そうすると胸の中がとても温かくなるのよ。人はそんなつながりの中で……誰かとともに……誰かのために生きることが幸せなのよ……」。
「……私だって……そうです…… ! だから私は ! クレメント様のためにあなたが犠牲になるのを放っておけない !! 」。
人狼が哀しげに咆哮をあげた。
「そう……ならば殺し合いましょう。ようやく魂に『
ネリーはその身に
「それは……電撃魔法じゃない……まさか『勇者』だけが使える雷魔法…… !? 」。
彼女は無言で剣を強く握り直した。
「……ねえスー、私達って四月の御使い様にそういう意味で
炎の森に潜む人狼に
「……そんなわけないでしょ。まあ確かに女ばかり引き連れているから、外から見たらそう見えるのかもしれないけど」。
呆れたようにスーが返した。
「そ、そうだよね ! 」。
恥ずかしそうに再び矢を弓につがえるセレステ。
リーダーがコウと戦闘中、そして一体がネリーと対峙している今、残り六体を彼女達で対処しなければならない。
大きく開かれた口が真紅の竜人の頭を挟んで、閉まった。
乱雑に生えた牙がギシギシと外骨格に食い込んでいく。
「グッ…… ! 」。
コウは正面にある人狼の胴体へ握りしめた拳から生えた爪を撃ちこみ、左手の魔石に魔素を大量に流し込んで炎を発生させる。
すさまじい熱量が人狼を内部から燃やしていくが、なかなか
その身体がほとんど燃えカスになって、ようやくコウは開放されるが、月光を浴びたそれから人狼が湧き上がる。
「ああ……不公平だ。お前は今夜何度俺を殺した ? 一度くらい俺にも殺させてくれ ! 」。
漆黒の人狼は両手を大きく広げて不敵に
「……お前が死ぬまで殺し続けるさ。今夜お前ができることは死ぬまで殺され続けることだけだ」。
コウは再び左手の赤い魔石に魔素を通す。
「コウ ! もっと魔力を節約してください ! 」。
ウエストバッグ型のアイテムボックスに宿る四月の女神の分霊「ポケット」から警告が飛んだ。
「してるだろ。今も二個魔石のついた右手じゃなくて一個しかついてない左手を使ったぞ」。
「あなたの節約術は安売りの品を買うためにガソリン代を考慮せずに数十キロ先のスーパーに行ったり、特売のキャベツを買いだめして結局腐らせる
「……お前は旦那に節約させて浮いたお金で豪華なランチとか食べる主婦になりそうだな」。
「主婦の家事労働は年収にすれば一千万円に相当するんですから、それくらいはいいじゃないですか」。
「……どこでそんな間違った知識を仕入れてきたんだ……」。
コウは軽く首を振って溜息を吐いた。
夜明けまであと七時間ほど。
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