第75話 間抜けな解放者
「……何が『ワン ! 』だ、あいつめ……」。
アイテムボックス内の作業室で、コウはブツブツと文句を言いながらも、アイテムを「創造」していた。
「犬に対してその文句は理不尽ではありませんかね ? そんなことではかつてモコの飼い主だった姉上も嘆かれますよ」。
部屋の隅に立つ
「ああ、嘆くだろうさ。行方不明になっていた弟が異世界に行っていた、とか
「いいじゃないですか。もういっその事、残りの十の種族のすべての女性を妾にするのを目標にして生きるというのはどうですか ? 」。
「……そんな下半身に脳ミソが支配されているような生き方をしてたまるか…… ! 大体、残りの種族の中には『リザードマン』とかもいるんだろ ? そんな化け物を妾にするなんて、エロ同人作家でも未開拓な分野のパイオニアになんてなってたまるか…… !」。
そう力強く言い放つコウの背中を見つめながら、ペペはマジックドールとは思えないほど滑らかに肩をすくめてから、別の報告を始める。
「昨夜、あなたが眠っている間にタオさんから連絡が入りましたよ。特に変わりはないそうです」。
「そうか……」。
タオ達一行は、これから元妖精の国を襲撃、つまりは人間と戦うこととなるコウ達と同行することはできなかった。
さりとて、自分達はお尋ね者であるし、「勇者」が悪魔憑きとなる異常事態が起こっている街にただ帰るわけにもいかない。
よって彼らはゆるやかな協力関係を結ぶことになった。
タオ達の容貌を変えて捕縛を免れるアイテムや通信アイテム等々と引き換えに、人間達の情報を提供するという取引。
今、彼らは街道を戻り、街へ向かっていた。
妖精の国。
繁殖小屋。
ブルーノは冒険者だった。
「戦士」の
その能力はごく平均的なものであったし、それに応じた功績も取り立てて目立つものはなかったし、容貌も普通であった。
ただ一つ、彼が飛びぬけていたのは「性欲」だ。
その本能の欲求により、よりによって護衛任務中に護衛対象のお嬢さんを襲い、それを止めようとした仲間を殺害して逃亡したのだ。
すぐに彼は捕まるが、取り調べによる自供によって数十件に上る強姦殺人の余罪も明らかになり、今回発覚したのは相手がお金持ちのお嬢さんであったために、その護衛を殺害せざるをえなかったからだった。
そんな異常と言って差しつかえない性欲をもった男を生かしておく余地はこの未発達な世界でもありえなかったが、恐ろしいもので、そんな男すら利用する者がいたのである。
ブルーノが護送されたのは処刑場ではなく、かつて妖精の国であった花蜜農場であった。
そこに到着した時の彼は以前の彼ではなかった。
「大賢者」メリー・ミルフォードが開発した秘伝の「縮小魔法」をかけられて身体が妖精サイズにまで縮んでいたのだ。
一般には存在すら知られていないこの魔法は対象者に一日中呪文を唱え続けなければならず、とても戦闘には使えない。
それに縮小魔法をかけられた者は、この魔法が未完成だったからか、そもそも対象者への気遣いがなかったからか、無理に身体を縮小された影響によって一年で死んでしまう。
彼女が何を思ってこんな魔法を開発したのかは謎であったが、研究者の中には巨人族と恋に落ち、一年間だけでも同じサイズで過ごし、二人の子を成したのではないか、と言うロマンチストもいた。
その真偽はわからないが、ただ一つ言えるのは現在の「縮小魔法」の使い道はそんなロマンチックなものとはかけ離れている、ということだけだ。
「繁殖小屋」の横開きの戸を開けて中に入ったローブのフードを目深にかぶった女。
その後にバートが続く。
小屋の中は薄暗く、異様な臭いが充満していた。
細長いテーブルの上には高さ五十センチ、幅三十センチほどの四角い虫かごのようなものがいくつも並ぶ。
細い植物のツルで編まれた、細かい網目から、なんとも言えない小さな声が漏れ聞こえてくる。
ビーネはそのうちの一つの蓋を開けた。
底に汚れた綿が敷き詰められた中には小さな男女が重なっていた。
「繁殖係」となったために
驚いた表情でビーネを見上げるブルーノの顔は何の手入れもされておらず伸び放題の髪と髭はとても汚らしく、それがまた妖精の女の苦しみを増していることは想像にかたくない。
籠の中を逃げ回るブルーノを大きな手がゆっくりと追い詰めて、彼の右脚を指でもってつまみ上げた。
妖精族は
逆さづりにされたブルーノは下ろすように叫ぶが、ビーネはその声に応じる気は全くない。
籠の中に残された妖精は光をまるで感じさせない目で、ブルーノを見上げた。
そんな彼女の若草色の瞳にビーネの巨大な手がブルーノの左脚を掴み、徐々に両手の距離をあけていくのが映る。
もはやブルーノの叫びは絶叫だ。
やがて肉体の耐久力が限界を迎えて、彼が最後に見たものは血の雨を全身に浴びて狂ったように
「……何をしている !? 」。
繁殖小屋の扉が開いているのを不審に思った警備兵だ。
彼が槍を構えながら、じりじりと小屋に入ってくるのに構わずにバートはブルーノが入っていた籠に片手を突っ込み、何事か語り掛けている。
「答えろ ! 」。
無視されていることに激昂して、彼は迂闊にも死地へと足を踏み入れる。
彼の視線の先、繁殖籠の中から何かが這い出して来るのが見えた。
ぼとり、と床に落ちた赤ん坊ほどの大きさのそれは、どんどん大きくなっていく。
それの大きさに伴って、警備兵の視線も上がっていく。
「う……わあぁぁぁぁああああああああ !!!! 」。
木材が無理やりにへし折られた大きな音の方を向いたベスは驚愕した。
少女は繁殖小屋に行く途上である。
大人から絶対に入ってはいけない、と固く禁じられていたが思わぬところで手に入った虫眼鏡が彼女の好奇心をも大きくしていたのだ。
「ナァニアレ ? 」。
お
「あれは……巨大なイナゴ ? ……ちがう…… ! 手と脚が人間みたい……
まるで
小屋の屋根を突き破って、黄土色の外骨格に濃い茶色が
そのガラスを擦り合わせたような不快な叫びは、解放の喜びに満ちていた。
そしてその足元では、壮年男性のだみ声が響き渡る。
「ビーネ ! ビーネ ! 早く助けてくれ ! 」。
崩れ落ちてきた屋根の瓦礫に埋まったバートだった。
「はいはい……。あんた本当に『神の遣い』なのか…… ? どんくさすぎる……」。
「まさか人間をひねり潰せる大きさを望むとは計算外じゃった。精霊魔法を望むと思っておったのに…… ! 」。
ようやく瓦礫から助け出されたバートは、警備兵を巨大な両手でつかみ上げ、まるで雑巾を絞るようにして、その肉体をグシャグシャにひねり潰している蟲人を見上げた。
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