第106話 奪いたい男と奪われたい女を引き裂くはインランピンクの魔法使い



「……二人で盛り上がったところに申し訳ないんですがね」


 さほどまなそうな風でもなく、シャロンが平坦な声で言った。


「その魔法人形マジックドールはエミリオという親族のいない錬金術師のものだったんですよね ? 身寄りのない者の遺産は領主様に収められるのが、この国の法律です」


 それは大都会東京の役所で受付を数十年勤めていそうなほど、冷淡なお役所対応だった。


「……何を言ってる ? こいつを発見したの俺だ。だから俺に所有権があるはずだ」


 対してジョンは占有離脱物横領罪など知ったことか、とばかりに拾ったモノは俺のモノ、と言い張る。


「それは違います。そもそもここは冒険者ギルド所管の工房なんですよ ? そこで発見された高価な素材をふんだんに使って作られた魔法人形を、はいどうぞ、と差し上げるわけがないでしょう ? 」


「いいじゃねえか ! 黙ってりゃバレやしねえよ ! 」


 トレイが鷹揚おうように手を振って言った。


「そういうわけにはいきませんよ」


「……もし領主にソフィアを差し出せば……どうなる ? 」


「高額なものはこのウッドリッジ群島の本島で定期的に開催されているオークションに出品されます。……恐らく高名で資産家の『錬金術師』か、お抱えの『錬金術師』のいる貴族または商会が落札するでしょう。そしてエミリオの画期的な魔法人形の構造を調べるために分解して、その後は部品を再利用する、と言ったところじゃないですかね。ですから彼女が彼女のままでいることはないでしょうね」


「……そんなことが許されてたまるか。俺はソフィアを治すと約束したんだ ! 」


 ジョンはまるでソフィアを護るかのように、作業台の前に立ちはだかり、シャロンは思わず一歩退いた。


「許す、許さないを判断するのは法です。あなたじゃありません」


「法律、法律って…… ! もし人間族が他の種族に支配されて、その種族の法律が人間を好きに奴隷にして良い、殺しても良い、なんてものでもお前は粛々しゅくしゅくと従って殺されるのか !? 」


 珍しく声を荒げるジョン。


「それはまるで違う話です。論点をずらさないでください」


 しかしシャロンはまるで動じない。


「同じだ。理不尽に誰かの命を奪うんだからな。……そんなものに俺は従えない ! 」


「……あなたはソフィアをまるで人間のように言いますが、彼女は魔法人形に過ぎないんですよ ? 」


「さっきの彼女との会話を聞いてただろ ? 彼女には彼女自身の心がある ! 」


「それはあなたがそう感じているだけです。ただ単にオリジナルと同じ受け答えをしたに過ぎないはずです。魔法人形に心があるはずがないでしょう ? 」


「ならお前はお前自身の心の存在をどうやって証明する ? 」


「それは……」


 初めてシャロンが言いよどんだ。


 色も形もないものを示して見せろ、というのだから当然だ。


「物思いにふける自分がいるから、考える自分がいるから、喜怒哀楽を感じる自分がいるから、自分には心がある、とでも言うか ? ソフィアだって同じだ ! ベースとなったオリジナルはいても、エミリオの死を悲しんだのは、未来を希望したのは……魔法人形の彼女自身の心だ ! ソフィアを殺すなんて、俺は絶対に許さない ! この国が彼女を殺すなら……俺はこの国と戦う…… ! 」


 ジョンの身体の周りを綺羅綺羅きらきらと虹色に輝く光が覆い始めた。


 可視化するほどの濃密な魔素だ。


 その魔素を「物質化」して身に纏う「創着そうちゃく」の前兆は、まるでジョンの身体自体が発光しているようで、ある種の荘厳さすら感じさせる姿だった。


「抵抗するんですか…… ? 」


 シャロンは眩しさに目を細めながら、杖を構えた。


「ま、待て待て ! 落ち着け ! そいつがバラされるってまだ決まったわけじゃねえし……それにそんなにその魔法人形が大事なら、正々堂々とオークションで手に入れればいいじゃねえか ! お前ぐらいの腕前があればすぐに貴族や大商会のお抱えになれるだろし、それこそ誰も作れねえようなすげえアイテムでも作って、オークションに出せばそいつを落とせるくらいの値がつくかもしれないだろ !? 」


 さすがに一触即発のこの状況、見過ごすわけには行かずトレイが二人の間に大きな筋肉質の身体で割って入った。


「……次のオークションはいつだ ? 」


 ふっとジョンが発光体から半裸体へと戻る。


「……一週間後です。ちなみに魂石は一つにつき 500 万ゴールドは下りませんからね」


「ソフィアは六つ使ってるから……最低 3000 万ゴールドか……。なんとしてもかき集めてやる。……待ってろよ。一週間後に迎えに行くからな……」


 ジョンはそっとソフィアの額に手を当てた。



────



「なあ、もう少し人間味のある対応でも良かったんじゃねえか ? 」


 ピカピカとなった剣と軽鎧けいがい、そして破損した魔法人形を載せたリヤカーを引きながら、トレイは言った。


「人間味 ? 私に言わせれば人間の法律をあっさり破ろうとする方がよっぽど人間的じゃないと思いますがね」


 にべもなくシャロンが言い返す。


「……融通がきかねえなあ」


「別に私だって好きであんなに製作者の想いが込められた魔法人形を消したいわけじゃありません。私は最初からジョンが正規の手続きを経てソフィアを入手するように勧めたつもりだったんですが……。部隊長も言ってましたが、彼なら不可能ではないでしょうからね」


「……それならもっと良い言い方があっただろ。全く不器用な奴だ……」


 トレイは遠慮もなく、盛大に溜息を吐いた。


────


 一週間後。


 ウッドリッジ群島本島「王島」。


 いつもはオペラ歌手や主演女優が、その荘厳美麗な歌声やその花顔柳腰かがんりゅうような容姿を黄金へと変換させる劇場の舞台は、小さな演台に立つ紳士に占有されていた。


 「──ただいまより定期オークションを開催いたします ! 」


 黒と白の礼服に身を包んだ中年の男は紋切型のセリフを、滑舌良く宣言した。


 そんなオークションの始まりをいつもの薄手のローブではなく、白いドレス姿のシャロンは客席で出品者席で見ていた。


 高額の品が出される今回のオークションは大商会や貴族、時に王族までもが出席するため、厳しめのドレスコードなのだ。


(……ジョンがあの半裸の格好で来たらまず受付を突破できない……。ちゃんとわかってるといいんだけど……)


 入場にあたり、武器とみなされる杖を受付に預けた彼女は手持無沙汰にピンクの髪をいじる。


「……落ち着けよ。ここまで来たらもうどうにもならねえんだから」


 隣では似合わない礼服に身を窮屈そうに包んだトレイが、劇場の椅子に居心地悪そうに座っていた。


 高額の落札が予想される拾い物を発見した褒美も兼ねて、破損した魔法人形の警備役として王島へと派遣されていた二人は、このオークションが終われば、王島で明日の夕方まで気ままに過ごすことができるご身分みぶんだった。


 先ほどから何度も後ろの入り口を振り返るシャロンに、自らも落ち着かないトレイは言う。


「それにしてもあの野郎……この一週間、全く姿を見かけなかったが、ちゃんと金策はできたんだろうな ? 」


「……わかりません。メリンダの話では『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』の生息地を調べていたそうですが……」


「……あの島辺りの海域はシードラゴンの巣窟じゃねえか……。『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』の魔石は確かに相当高く売れるが、捕獲するのは A 級冒険者でも難しいって聞くぞ」


「そんなに難しいんですか ? 」


「どんな素早い攻撃も『瞬跳蜻蛉テレポートンボ』の感知範囲に入った瞬間、奴らは瞬間移動して避けるって話だ。それをさせないためには優しく掴まなきゃならないんだが、そうすると今度は普通に飛んで逃げちまうそうだ」


 それを聞いたシャロンは少し俯き、膝の上の小さな白い革製のバッグを握る手に力を込めた。


「……そんなに気にするなら、あの時見逃してやれば良かったじゃねえか……」


「……それはできません」


 実のところ、人間の記憶を持ちながらも、新たにジョンの元で魔法人形としてり続けようとしている彼女のことが、シャロンは自身の境遇のせいで気になって仕方がなかった。


「── 1530 万ゴールドで落札です ! 」


「競り合ってても 30 万ゴールド差で諦めるか……いや確かに 30 万ゴールドも大金だが……いかん、金銭感覚がおかしくなってきた…… ! 」


 トレイは眉間を押さえた。


 ──この魔法人形の残骸は高値がつきますよ ! このサイズの魂石が六つも備え付けてある上に、今までのどんな魔法人形に比べても、最も人間に近い造りです ! ひょっとしたら 5000 万ゴールドを超えるかもしれませんよ ! 「百年戦争」以降、十月の女神様の恩寵たる「職業」を失う者が多く出て、高機能な魔法人形の開発はそれを補う一つの手段と期待されてますからね !


 笑顔のオークション職員が言った台詞が、彼女をより曇らせていた。


(思ったより高額になるかも……ジョン、早く来て…… ! そして競り合いになって負けそうでも、諦めずに限界まで競って……そうすれば……)


 シャロンは彼女の全財産、白金貨五枚と借主の名前だけが空欄の借用書が入った膝の上のバッグにもう一度力を込めた。


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