第105話 かくしてソフィアは魔法人形となる




 ソフィアが語ったのは以下のことだった。


 魔法人形マジックドールのオリジナルである人間ソフィアは物心ついた時には孤児院で生活していたこと。


 その環境は劣悪で、他人を出し抜かなくては満足に食べることもできなかったこと。


 エミリオとはそこで出会ったこと。


 大人しい少年だった彼を、自分で言うのもなんだが性格がねじれていたソフィアがいじめたこと。


 それでもエミリオは泣きながらソフィアの後をついてきたし、彼女もゴハン争奪戦の時だけは彼をいくらかおこぼれにあずからせてあげていたこと。


 十二歳の時に受けた職業鑑定が人生の転機だったこと。


 彼女は「鞭術士べんじゅつし」( A 級)でエミリオは「錬金術師」( B 級)だったこと。


 「剣士」や「戦士」、そしてソフィアの「鞭術士」は軽いレクチャーを受けるだけですぐに技スキルを発動できるし、自らの創意工夫で新たな技スキルを身に着けることもできるが、「賢者」や「魔法使い」、そしてエミリオの「錬金術師」は師匠について知識を学ばなければ大したことができないこと。


 この街から始まり、別の街、この島、別の島、そしてウッドリッジ群島全体、つまりは国中を飛び回るようになるソフィアとこの街の師匠のいる工房から出ることもないエミリオ。


 二人の距離は恐ろしいほどの早さで開いていった。


 その頃になると、ソフィアは逆ハーレムを築き上げるほどの超一流冒険者となっていた。


 別に特別に男好きだったわけではない。


 求めてばかりだった幼少期の体験により、求められることに、ちやほやされることに異常な快感を覚えたからにすぎない。


 大陸には S 級や G 級の恩寵持ちがいるそうだが、この群島には A 級以上の恩寵持ちは不思議と出なかった。


 そして再び転機は訪れる。


 それはソフィアが 25 歳の時で、同い年のエミリオが独立して工房を構えて 5 年目の時だった。


 この島に滞在している時、原因不明の奇病が彼女を襲った。


 高熱を発して、身体が麻痺して動かなくなったのだ。


 教会の回復魔法を専門とする者や、錬金術師等がこぞって有名冒険者である彼女の治療にあたったが、誰一人彼女を治療することはできなかった。


 そして最初の内は整理券が必要なほどの見舞客も時と共に減っていった。


 彼女の逆ハーレムパーティーのメンバーも高価なアイテムや金貨を持って消えた。


 そんな不義理をすればこの群島ではさすがに冒険者は続けられないとわかっていたのか、大陸へ向かったそうだ。


 そして最後まで彼女の側にいたのがエミリオだった。


 彼はその錬金術師としての能力をソフィアの病の治療薬を作り出すことに捧げ、献身的に彼女を看病した。


 どうして、というソフィアの問いに、エミリオは、昔のゴハンのお礼、と答えた。


 意地悪したのに、というソフィアの疑問に、エミリオは、ソフィアにいじめられるの、結構好きだった、と答えた。


 バカね、そうかな ? そうよ、と言って、二人は笑った。


 そんな闘病生活が二年続いて、いよいよソフィアの容体は予断を許さないものとなる。


 自分が死んだら、後を追いかねないエミリオに彼女は自分の全てを再現した魔法人形マジックドールを作成することを提案した。


 魂石に全てを転写すれば、理論的には疑似的に人間を再現できることを魔法人形作りが一番得意である彼から聞いたことがあったからだ。


 人間の十月の女神の恩寵である職業「錬金術師」が作成する魔法人形は、創造を司る四月の女神がつくった知能を持つアイテムインテリジェンスの粗悪な模造品に過ぎない。


 人間の知能・人格を転写した魂石もその全てを発揮することは叶わず、簡単な作業や受け答えしかできないはずだった。


 しかしエミリオは人間の技量では魂石の性能を充分に発揮させられないならば、その数を増やすことで解決できないかと考え、本来知能を持つアイテムインテリジェンスには一つしか使わない魂石を数個設置することで処理速度をあげることに成功した。


 そして魔法人形のソフィアが生まれた。


「……おおまかには……こんな感じ……それからも……エミリオは……私を……人間にするため……研究した…………多分それは……私を……救えなかった……彼の贖罪しょくざい……バカよね……私は……オリジナルそのものじゃ……ないのに……それに……本物の私は……最後……彼に看取られて……満足して……逝ったのに……」


 長い話が終わった。


「……なんて言うか……愛だな…… ! 」


 琴線きんせんに触れるものがあったのか、トレイは無骨な顔のくせにしんみりとした表情。


 シャロンは難しい顔。


「……ソフィア、お前は何か……望みはないのか ? 」


 ジョンは膝を曲げて、作業台の上の彼女と視線を合わせて問うた。


「望み…… ? そうね……エミリオの……お墓に……お花を……供えてあげたい……あの人……私だけだった……から……きっと……私しか……彼のことを……知らないから……」


「そうか……。じゃあソフィアがエミリオのことを忘れてしまったら……エミリオは本当に消えてしまうな」


「…………そう……ね」


 少しだけ動揺したようで、ソフィアは両目を左右に動かした。


「エミリオというソフィアを愛した男のことを覚えているために……記憶は残しておいた方がいいんじゃないのか ? 」


「ええ……そう……する……」


 首だけで頷けないからか、ソフィアの両目が代わりに上下に動いた。


「わかった。他に望みはないか ? 世界最強の魔法人形になりたいとかは ? 」


 ジョンはどこまでも優しい声で問う。


「……そんなのいらない…………できれば……もう一度……冒険……したいかも……大陸にも……行って……みたかった……でも……これは……人間だった……冒険者だった……ソフィアの……願い……私が……魔法人形が……叶えても……何の意味も……ない……」


「そんなことはない。たとえそれがベースとなった人間ソフィアの願いでも……今の魔法人形のソフィアの心がそれを望むなら……それはお前自身の望みだ。そしてそれを叶えることに意味はあるさ」


「……変な人ね……エミリオにとって……私は……ソフィアだった……だから……人間として……扱われた……あなたは……最初から……魔法人形を……人間として……見てるみたい……」


「そうか ? 変人だと言われたことはないんだが……」


「嘘……そんな……怪しい……風貌なのに……あなた……名前は…… ? 」


 あからさまな付け髭に、古傷だらけの上半身の胸には毒々しい紫色のハートマークまでつけている明らかな不審者にソフィアは問うた。


「ジョンだ」


「……ジョン……あなたに……任せる……私を……治して……」


「ああ ! 任せとけ ! 次に目覚めた時には世界最高の魔法人形になっているからな ! 楽しみにしてろ ! 」


「ふふ……期待して……待ってる……」


 笑顔のまま、ソフィアはゆっくりと瞳を閉じた。


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