第78話 睡眠不足の男と体力値999の女



「……暑い」。


 必ずしっかりと寝て体調を整えておかねばならない夜が半ばに差し掛かろうかという頃、コウはまだ起きていた。


 明日には妖精の国に到着して、戦わねばならないというのに。


 その不眠の原因は明らかだった。


 彼の胸からお腹にかけて巨大な顔をうずめて横向きに寝ている大きな女だ。


 彼女の寝息が密着している彼の身体に快適とはいいがたい温度と寝間着が湿るほどの湿度を届けていた。


「熱生産量は体重に比例するって聞いたことがあるけど……確かにチェリーの身体は熱いな」。


 コウはむくりと上半身を起こして、チェリーの三メートルほどの身体を見やる。


「それが巨人族にとって当たり前なことだったらいいけど……疲労や病気による発熱じゃないだろうな……」。


 コウは彼女の額に手を当ててみる。


「……なんか昨日より熱い気がする。顔も少し赤い…… ? 」。


 汗を異常にかいてないか、身体も熱くないか、と彼はチェリーの身体を触りまくる。


「……触診しょくしん風セクハラが許されるのは医師免許を持つ選ばれしエリートだけですよ」。


「うぉ !? 」。


 絞った明かりの届かない部屋の隅から発せられた声は魔法人形マジックドールのペペのものだった。


「……心配せずとも巨人族の体温は人間に比べて高めですから、大丈夫です。それにしても女の子の身体を微塵みじんの遠慮もなく、まさぐりますね……」。


「健康ならいいんだ……。それに別に触ったっていいだろ。チェリーに関して、いわば俺は触りたい放題プランに加入しているようなもんなんだから」。


 そういって彼はスマホの画面をスワイプするように彼女の大きな身体を撫でた。


 スマホ画面をいじっている時によくあることだが、スワイプして画面をスクロールするつもりがアイコンをタップしてしまい、思わぬアプリが起動してしまう。


 そんな反応が画面とアイコンではなくチェリーの身体と心で起きていることをコウはまだ気づいていない。


「なんなんですか。その一見、スマートフォンのキャリア会社が提供しそうで絶対にしない卑猥なプランは ? まあ別にいいですけど、そのプランとやらは恐らく相互契約なんじゃないですか ? 」。


 ペペの言葉にコウは首をかしげるが、すぐにその意味を理解することとなる。


 チェリーの身体にのせられた彼の手が、彼女の大きく熱い手に包み込まれた。


「……あなたがチェリーに対して、色々とし放題プランに加入しているならば、彼女も同じようにあなたに対して色々とし放題プランに加入していることになりませんかってことなんですが」。


 コウはゆっくりとペペに向けていた顔をチェリーに向け直す。


 そこには熱っぽい女の顔があった。


「……ねえ、コウ……。明日には妖精の国に着いて……あなたも戦闘に参加するって言うから……色々我慢してたけど……そんなことしてくるんなら……いいんだよね ? 我慢しなくて……」。


 コウが否定の言葉を発する間もなく、チェリーは彼に覆いかぶさる。


 今の彼と彼女の身長差は一メートルと三十センチ、体重差は軽く百キロを超えているのだから、抵抗は全くの無駄であった。



 ……しばらくして彼は寝間着の浴衣を整えてウエストバッグ型のアイテムボックスを腰に巻いてから、ふらふらと部屋を出た。


 その後を魔法人形マジックドールのペペが人間と見紛みまごうような滑らかな足取りで続く。


「……どこか……もっと涼しいところでちゃんと寝て体調を整えないと……明日は人間との戦闘があるのに……」。


「もういっそのこと明日は戦闘に参加しない方がいいんじゃないですか ? 先ほどチェリーも上機嫌であなたの分まで戦ってくれることを宣言してくれてましたし、何よりあなたに万が一のことがあれば妖精族は本当にむんですよ。『百年戦争』の勝ち負け以前に…… ! 」。


「何言ってるんだ……。俺は『ポケット』が帰ってくるまでを任された中継ぎエースに過ぎないんだ……。防御率 3.98 くらいの……」。


「そんな微妙な防御率で中継ぎエースになれるなんて、あなたの所属している野球チームはどれだけ選手不足なんでしょうね」。


「それはフロントの責任だ……」。


 世界の事象全てを野球に例えるというプロ野球ファンならではの悪癖を振りまきながら、コウは「箱庭テント」の円形ホールへと向かう。


 そして丸いテーブルを囲むソファーに腰を下ろし、アイテムボックスから取り出した水差しとコップで喉を潤してから、再びアイテムボックスから何かを取り出した。


「……妖精の国を占拠している花蜜農家どもが雇っている冒険者はおそらく五名ほど……その中でも最近雇われたB級冒険者で知能を持つアイテムインテリジェンス刻死剣ブラック・デス』を持つクライドに警戒……か」。


 コウが協力者であるタオや冒険者ギルド受付のおばちゃん達から聞いた情報をまとめたメモを読み上げる。


「正直なところ、満月の夜に人狼族を退けることができたんですから、よっぽどのことがないかぎりB級冒険者一人にやられることはないと思いますがね」。


 コウの座るソファーの後ろで、直立不動のペペが無感情に言った。


「……何言ってるんだ…… ? こいつのヤバさは半端はんぱないぞ……」。


 コウは青い顔で振り向いた。


「どう危険なんですか ? 」。


 彼はコップの水を飲み干して、続ける。


「……クライドは中央の街で三年前から冒険者として活動していて、その間に十人の女性と付き合ったんだが、その全員が行方不明になったそうだ……。いくらなんでも怪しいと警備兵が調べたが、一つの証拠も出てこなくて逮捕されなかったんだ。花蜜農家の警備なんていうD級冒険者向けの依頼を引き受けたのも、ほとぼりが冷めるまで大人しくするためだっていう噂だ……」。


「それは確かに滅茶苦茶ヤバそうな男ですが、ヤバさの意味が違いませんかね」。


 冷静なペペの声に構わず、コウはさらに続ける。


「……さらにヤバいのが今、クライドと付き合っているパープル頭の女だ…… ! 親族・友人、さらには何の関係もない街の住人すら総出で止めたにも関わらず『彼の優しい素顔を知っているのは私だけなの……』と舐めくさった妄言を残してクライドとともに妖精の国へ来ているそうだ……」。


「どうでもいいですが、紫色の髪の女性を『パープル頭』と表現するのはやめてください。なんだか頭の弱い女に思えてくるんですよ。響き的に」。


「……それが半濁はんだく音の力だ…… ! 」。


 何か世界の秘密を解き明かしたかのように言い放ったコウに対して、魔法人形マジックドールは無感情な瞳を向けて軽く首を横に振った。


「それよりも警戒すべきは『知能を持つアイテムインテリジェンス』の方です。基本的に『知能を持つアイテムインテリジェンス』をつくることができるのは四月の女神エイプリル様か、その分霊ポケット様しかいなかったのですから」。


「なんだと…… ? そうすると『刻死剣ブラック・デス』とかいう響きのヤバイ剣も『神具』なのか ? 」。


 コウは途端に不安な顔となる。


「いえ単純にそうとも言えないのですが……まあいい機会ですから、『知能を持つアイテムインテリジェンス』のつくり方について講釈しておきますか」。


 ペペは珍しく本来の務めであるアイテム創造のサポートを果たすために、ゆっくりとコウの横に腰かけた。


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