第35話 葛藤



 そのエルフは少し他のエルフと違った。


 輝くような金色の髪と長い耳であることは一緒だが、瞳は碧眼ではなく、鳶色とびいろ


 そして顔の造形も、りがそれほど深くなくて、幼い印象がある。


 要は地球で言えば、日本人受けする西洋人顔であった。


 そして何より、超一流とまではいかなくとも、一流のシスコンであるコウにとって、胸が高鳴る要素があった。


(姉ちゃんに似てる……)。


 そしてこの時のコウの脳内での葛藤は以下の通りである。


( 可愛い……。


 なんとか付き合えないだろうか ?


 いや、でもダメだ。


 所詮、俺は一年後には地球に帰る身だ。


そう自分に言い聞かせてベッティと同じテントに泊まった時も何もしなかったじゃないか……。


 付き合えたとしても……万が一、妊娠でもしてしまえば、『舞姫』の豊太郎とエリスのようになってしまうかもしれない。


 そうなれば目も当てられない。


 ああ、この子を仮にエリスと名付けよう。


 そうだ。


 妊娠したエルフのエリスを日本へ連れて帰ったらどうだろう ?


 ……そうすると大学が中退して、働かなきゃならなくなるが、果たして「エルフを妊娠させて大学を辞めました」なんて現実と夢の境界線が曖昧なことを言う男を採用してくれるだろうか ?


 いや、そもそもエリスに日本の、地球の戸籍がない。


 無戸籍の、しかもエルフと籍をいれることができるのであろうか ?


 きっと日本の移民政策を推し進める政党も、異世界人の面倒まではみてくれない。


 それに言語や生活習慣の違いはどうだ。


 エルフは肉を食べないと聞いたことがある。


 もし地球の行き過ぎたベジタリアンであるヴィーガンの過激派のように近所の肉屋さんを襲撃しだしたらどうしよう……。


 武闘派草食系女子なんてダメだ。


 やっぱり肉を食べない奴はおかしくなる、なんて煽られるに決まってる。


 それに今はどういう理屈かわからないが、俺はこの星の住民と意思疎通ができている。

 だがエリスが地球に来た時、果たして同じようになるだろうか。


 ああ、ダメだ。


 就職もできず、日本語のわからないエルフの嫁と生まれてくる赤子を抱えて実家暮らし……。


 そして生活苦に耐えかねて、ストリップ小屋で踊り子として働くエリス。


 ああ、現代の「舞姫」だ。


 そんなのダメだ…… !


 エリスを幸せにできないのに、俺のわがままで地球に連れていくなんて……)。


 コウの頬を一筋の涙が伝った。


 そして目の前まで来たエルフの少女が口を開く前に優しく語り掛ける。


「……エリス、どうかこの世界で幸せに暮らしてくれ」。


「えっ ? 私、エリスなんて名前じゃないけど……」。


 きょとん、とするエルフの少女。


 そして改めて自己紹介が始まった。


「私の名前はセレステです。四月の『御使い』様、どうか私も一緒に連れていってください ! 」。


「ダメだ」。


 かぶせ気味に拒絶するコウ。


「は ? 何言ってるの ? セレステを連れて行かないって言うなら、私も行かないわよ ! 」。


 水妖精ウンディーネのスーが抗議の声をあげる。


「……別にいいよ」。


「なんですって !! 」。


 絶対に上手く行くはずと確信していた自らを代価にした交渉があまりにも簡単に拒否されて、スーはまるで火妖精サラマンダーのように激昂する。


 言い争いを始める二人と、それを少しだけ面白そうに見つめる風妖精シルフ


 そんな中、セレステは焦る。


(ど、どうしたらいいの !? そ、そうだ ! アデリエンヌ様に教わった通りに…… ! )。


 すっと彼女は微笑みを浮かべて、コウの前に立つ。


 そしておもむろに彼の右手を両手で包み込むようにとり、そっと自分の胸に抱いた。


「な、なにを…… ! 」。


「……『御使い』様、覚悟はできています。どうか私を連れて行ってください…… ! 」。


 潤んだ両の瞳が、コウを見上げた。


「…… ! 」。


 彼の頬はみるみるうちに朱に染まっていく。


(……こんなに恥ずかしがられると、逆に私も恥ずかしくなってくるんだけど…… ! それに……)。


 セレステの頬も赤くなる。


「……わかった。覚悟が足りなかったのは俺の方だったみたいだ……。エリス、きっとお前と生まれてくる子を幸せにしてみせる ! 」。


 コウは力強く両手でエルフの少女の可憐な手を握りしめた。


「……私はセレステですってば ! それに妊娠してません ! 」。


 さらに頬を上気させて、セレステは言った。


 その様子をエルフ達は何か微笑ましいものを見るように眺め、スーは呆れた顔。


 そしてラナは、とても、とても冷たい目でセレステを見ていた。


「セレステ ! 装備を整えてあげるからこっちに来て ! 」。


 そのアデリエンヌの声で、弾かれたように二人は離れた。


「は、はい ! 」。


 アデリエンヌに先導されて部屋を出て行くセレステ。


 その背中を追うコウの目が、ラナの心をさらにざわつかせて、彼女が何かを言おうとした時、石壁に空いた大穴から妖精達が帰還してきた。


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