第48話 肉布団



「……どうですか ? 私の肉布団にくぶとんは ? 」。


 無機質なのに、どこか官能的な声が空間に響いた。


「……正しいけれど間違っている表現を使うんじゃない」。


 生物の体内を思わせる上下左右全て肉で構成された空間。


 その床から盛り上がった直方体の肉の上に寝そべる男の上に、肉製の布団がかけられている。


 日本語としての「肉布団」は、ともに寝る女性を布団に見立てるという意味なので、この状況とは違う。


 しかし彼の上にあるのはまさしく「肉布団」としか言えない代物しろものであった。


「これ自体微妙に生温かいし、通気性ゼロだから湿気こもるし、重いし……。掛け布団として使い心地は最悪だ」。


 そう言って、コウは「ポケット」謹製の肉布団を脚ではねのけた。


 べちゃり、と湿った音を立てて落ちたそれは肉製の床に吸収されて消えていく。


 魔力切れ状態になってからどれだけ時間が経ったのだろうか。


 魂は肉体の魔素を常に一定に保とうとする。


 したがって彼のように魔素を他者に吸収されると、その分を魔力を使って魔素を作り出し補おうとする。


 しかし補填ほてんしても補填ほてんしても吸収され続けると、魔力が続かなくなる。


 それが魂の疲労である魔力切れ状態なのだ。


 ようやくコウの魂は回復し、潤沢じゅんたくに魔素を生産し始めていた。


「……以前魔力切れ状態におちいった時よりも回復が速くなってますね。筋力と一緒で魔力も使えば使うほど鍛えられていきます。これからも定期的に、徹底的にあなたからしぼり取ってあげますからね」。


「加減を知らずに国民から搾取さくしゅしまくった挙句にクーデターを起こされる発展途上国の政治家みたいなことを言いやがる…… ! 」。


 彼は肉製のベッドから立ち上がる。


「もう少しで日が落ちます。そうなれば移動をやめて『箱庭テント』を設置するので、それまでは私の中でトレーニングでもしていてください」。


 いつの間にか彼の後ろに顕現していた生肉乙女がそう告げた。


「トレーニング ? 」。


「魔力トレーニングです。具体的には私が床の肉からベッドと掛け布団を作ったように、床の肉に魔素を通して形を変えてみてください。とりあえずは『椅子』を作ってみてください。イメージを具現化するように……」。


 生肉乙女のすぐ横に肉製の豪奢な椅子が出来上がる。


 そして彼女はその王座に悠然ゆうぜんと腰かけた。


「まるで肉の国のお姫様だな。きっとその国では三食すべて焼肉かホルモンなんだ……」。


「そんな国民すべてが通風をわずっているような国を治める気はさらさらありませんね。さあやってみてください」。


 そう言われたコウは生温かい肉に両手をつけて、力を込める。


 すると円筒形に数十センチ、肉が隆起する。


「……なんですかこの赤ちゃんに吸われ過ぎて伸びた人妻の乳首みたいなものは ? 」。


丸椅子まるいすだ ! ピンク色のフィルターを通して物事を見るんじゃない ! 」。


 コウはゆっくりとそれに腰掛ける。


「できたぞ。これでいいか ? 」。


「それを椅子と言い張る胆力たんりょくは認めますが……。ただの突起ですよね ? 」。


「椅子の本質は人間が座るためのものだ。その本質をしっかりと体現してるだろ ? 」。


 円筒形の肉の塊に座ったまま、彼は臆面もなく言った。


「そういう問題じゃなくて……。まあいいです。ごく初歩的なことはできるみたいですね。さまざまなものに魔素を通して、形や性質を変化させることで戦術の幅は広がります。この肉は魔素によって形を変化させることを前提にしているので比較的簡単にできますが、そのうち他の物質でもできるようにしておいてください。それじゃあ今回の罰はここまでです」。


 少しだけ呆れたように生肉製の乙女は言った。


 そしてコウはようやく生肉の牢獄から解放される。


 一瞬の内に彼はテント内の彼専用の狭いビジネスホテルを思わせる部屋に立っていた。


 「ポケット」の機能の一つ「瞬着」を利用して外の魔法人形マジックドールと内のコウを瞬時に入れ替えたのだ。


 腰には当然のように女神の分霊「ポケット」が宿やどるウエストバッグ型のアイテムボックス。


 彼は無言でアイテムボックスから必要なアイテムをにゅるりと取り出し、テーブルの上に置く。


 そしてピッタリと彼の腰にはまった金属製のベルト部分に両手を当てる。


「……早速試してみるか」。


 そう呟いて彼は両手に魔素を集中させた。


「な、何をしているんですか !? 」。


 珍しく焦った「ポケット」の声。


「広がれ ! 」。


 ベルトに浸透した魔素がその形状を変化させていく。


 広がってできた隙間によって、ウエストバッグ型のアイテムボックスは腰から木製の床へと落ちる。


 すかさずテーブルの上の「ヒモ男の棒ストリング・ロッド」を手に取り、強粘着性の蜘蛛の糸を放出。


 結果、「ポケット」は床に拘束された。


「私を拘束してどうする気ですか !? いやらしいことでもするつもり !? 正気ですか !? 今の私はウエストバッグ型のアイテムボックスなんですよ !? 」。


 わめく「ポケット」。


「何もしねえよ ! 仕返しだ ! しばらくそこで反省していろ ! 」。


 喚き返すコウ。


「……仕返しですって ? コウ、あなたと蟻人ぎじんのテロリストとの戦闘記録を確認したんですが、その時あなたは『報復はさらなる報復を生むだけだ』的なことを言って相手を説教してましたよね ? あれは口だけだったんですか !? 」。


「やかましい ! これはそういう問題じゃない ! しつけみたいなものだ ! 」。


「躾 !? そんな言い訳をしながら女の子に暴力を振るうんですね。このDV野郎がッ…… !! 」。


「少なくとも家庭内ドメスティック暴力ヴァイオレンスじゃねえよ。いつ俺がお前と家庭をきずいたんだ !! 」。


 そう言い放つとコウは「ポケット」から遠ざかっていく。


「今度は放置プレイですか !? 」。


「風呂に入るんだよ ! 身体中から生肉の臭いを振りまく『御使みつかい』なんてイヤだろ !? 」。


 彼は部屋の壁の出入り口以外にもう一つ備え付けられた扉を開けた。


 その先には洗面所とトイレの扉、そして浴室の扉があった。


 大きなすりガラスのはめ込まれた扉を開けると広い浴槽が目に入る。


 どういう仕組みなのか、すでにお湯が満たされ、湯気を立てていた。




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