第71話 みんなのアイス屋さん



 箱庭テント内、円形のホールに合わせた丸く低めのテーブルの外周をソファーが囲んでいる。


 白い床に黒い木製の重厚なテーブルと黒革のソファーは、そこに座れるであろう二十人ほどが同時に議論し、白黒を決めるような雰囲気を十二分に発揮していたが、現在の用途は、そんなものとは程遠かった。


「……冷たい…… ! 」。


 チェリーは小さなスプーンを口から抜く間もなく、その感想を言った。


「こんなに冷たくて、甘くて、おいしいなんてすごいや ! 」。


 ふっくらした土妖精ノームの少年、デニスが感激したように叫んで、その感動のままにスプーンをすごい速度で動かし始める。


「もっと行儀よく食べなさい ! こぼしてるわよ ! 」。


 ユーニスが目をつりあげて注意するが、興奮しきったデニスには焼け石に水だ。


御使みつかい様、これって何ていうお菓子なんですか ? 」。


 アゼルがコウを見上げて、利発そうな顔でこの世界では見たことも聞いたこともない、目の前の白く冷たいお菓子の名を問う。


「これはアイスクリームって言うんだ。このアイテムナンバー506『アイスメーカーブレーカーみんなのアイス屋さん』でつくったんだ ! 」。


 コウは自慢げに小さな青いクーラーボックスのような箱を軽く叩いてみせる。


 このアイテムは「ポケット」が残した図面からコウが初めて創った生活系のアイテムだった。


「……だが、このアイテムには恐ろしい代償があるんだ……」。


 一転、彼は声を潜める。


「……代償 ? 」。


 つられてドナの声も小さくなる。


「あんまり冷たくて甘いアイスクリーム食べ過ぎると太って、好きな子からの視線も冷たいものになってしまうんだ」。


 ゴホン、と大きくデニスが咳き込む音がした。


 穏やかな笑い声がホールに響いた。


(……なんだか今のコウ、「ポケット」さんみたいだった)。


 なんとなくチェリーはコウの緑がかった黒髪の横顔を見つめる。


 今日の彼はアイスクリームを喜んでもらえて機嫌がいいのか、土妖精ノーム達に地球の話をし始めている。


「そ、そのクチサケオンナっていうのはこの世界には存在しないんですよね !? 」。


 気の強そうなユーニスの顔が恐怖で震えた。


「あ、当たり前だろ ! そんな化け物の話は聞いたことないぞ ! 」。


 アゼルも震えながら強がってみせる。


 地球では使い古された怪談がこの世界では新鮮な恐怖をまき散らしたことに満足げなコウ。


 アイスクリームを食べ終えた土妖精ノーム達はホールの先の花畑の横にある自分達の野菜畑へと震えて身を寄せ合いながら帰っていく。


 彼はそんな彼らの背中が小屋の中に消えるまでを目で追って、それからホールの先の色とりどりの広大な花畑を眺めていた。


 そこでは妖精達が花から花蜜を飲んだり、その習性なのか、彼女達の小さな家に備え付けられた容器内に花蜜を溜めている。


(まるでハチだな……)。


 アイスクリームによって冷えた舌を温めるため、水差し型アイテムから熱いコーヒーをカップに注ぎ、チェリーに渡してから、コウも自分の分を用意し、口をつけた。


(妖精族もそうだけど……エルフも自然のままに、自然とともに生きて行く種族だとセレステは言っていた……。もしかしたら人間族以外の十一の種族は皆、そうなのかもしれない。でも、そうだとしたらきっと知恵で自然を切り開き、圧倒していく人間族に結局は他の種族は勝てないんじゃないだろうか…… ? たとえ強大な神の恩寵を授かっても……)。


 コウは人間が繁栄を極める地球のことを思い出した。


 人間以外の動物達は過酷な自然の中で生き抜く力を授かっているし、個体の身体能力だけで言えば人間を凌駕するものも少なくない。


 それでも種として人間と戦って勝てる動物など、存在しない。


(この世界の人間の街を見たけど……「ポケット」のアイテムには及びもつかないが、生活を便利にするアイテムを人間達も自作していたし、利便性の高い呪文も開発しているようだった。チェリーの話だと色んな分野の研究家がいて、そいつらを「貴族」がパトロンになって支援しているそうだ。いずれ地球が科学技術によって発展したように、魔法の技術によってどんどん発展していくかもしれない。……それに他の種族は対抗できるだろうか…… ? )。


 コウは花畑の脇にある湖のほとりで弓の練習だろうか、木製の的に矢を何本も撃ちこむエルフのセレステを遠目に、眩しそうに見た。


(そもそも何故女神の数だけ、十二の種族を生み出したんだ ? 協力しあうため ? それともひょっとすると蟲毒こどくが器に閉じ込められた蟲同士を共食いさせて最強の蟲を生み出すように……。だとしたらことわりの世界にかえったとかいう母なる創造神とやらは……)。


 そこまで考えて、コウは頭を振って大きく息を吐いた。


 分からないことを考えても仕方がないのに、考えてしまう。


 想像力は人間に翼を与えてくれるけれど、時にそれは鎖となってしまう。


(良い方に考えよう…… ! この「百年戦争」に勝利した後……地球に帰る前に「ポケット」に教えてもらった「創造魔法」を使って、体格も生活様式も違う十二の種族が一緒に暮らせる街を創ってみるのも面白いかもしれないな。そうすれば……共に同格の存在として生きていく内に分かり合えるようになるかも…………)。


 いつの間にかコウはうつらうつらと船を漕ぎ、ゆっくりと隣に座るチェリーにもたれかかった。


 彼女は一瞬身体を固くしたが、コウが眠っていることに気づいて、ぎこちなく彼女に比べれば小さな身体を抱き上げる。


(なんだか……すごく優しい顔で眠ってる……)。


 いわゆるお姫様抱っこの状態でコウの部屋に入り、彼女はそっと彼を大きなベッドに寝かせてあげる。


 以前、三月の女神の分霊に「彼の外見だけが好きなのか ? 」と問われたチェリーはそれを否定したが、もちろんコウの容貌がキライなわけではないし、むしろ好きだった。


 じっと彼の寝顔を見つめるチェリーは少しずつ大きな顔を近づけていく。


「こ、これくらい、いいわよね ? 私、最近コウのために頑張ってるし……この前見た夢と違って力づくでコウにひどいことをするわけじゃないし……」。


 圧倒的な力によって相手を動けなくして自分の意のままに扱うのと、眠っていて動かない相手に対して好き勝手に色々やるのと、本質的にそれほど違いはないのだが、チェリーは今から自分が行うお馴染みの痴女的行為を誰に言うでもなく弁明して、最後の一センチの距離が消えていく。


 そして二人が重なる刹那、コウの腰に巻かれたウエストバッグ型のアイテムボックスから何かが、にゅるりと這い出てきた。


「……結局こういう風に邪魔が入るのよね……。『ポケット』さんの仕込み ? あなたは ? 」。


 現れた白いマネキンを思わせる魔法人形マジックドールに対して、恥ずかしさもあってか、半ば自棄になったようにチェリーは吐き捨てる。


「まあそんなところです。ですが止めはしません。どうぞその不埒ふらちな行為を続けてください。……それが『ポケット』様の望みでもありますから」。


 慇懃無礼いんぎんぶれいなほど、うやうやしく魔法人形マジックドールは言った。




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