第79話 魔法人形は寂しくないことが寂しい
「なるほど……基本的な人格や知性、知識を「魂石」とやらに転写して、それが人工知能として働くのか……それも複数人から基本人格以外の知識だけを転写するのも可能……だからペペは『ポケット』のアイテム創造の知識を持っているんだな」。
「
「ええ、ですが私の人格が、誰をベースにしているのかは私にもわかりません。過去に存在した妖精かもしれませんし、人間の執事かもしれません。でもそれについて何かを思うこともありません。私は感情を持たないように
そう言い終わった、デパートの服飾売り場に流行りの服を着せられて陳列されているような髪のないマネキンを思わせる
「基本となる人格があるなら、そこには感情の振るった
「ひょっとしたらいずれ私もその跡を手掛かりにオリジナルの自分のことを思い出したり、感情が蘇るかもしれない、とでも言うのですか ? そんなことはあり得ませんし、遠慮しますね」。
ペペは滑らかな動きで肩をすくめてみせてから、言葉を続ける。
「それに、たとえ記憶や感情が蘇ったとしても、それはオリジナルのモノで、今の私のモノではありませんよ」。
無機質な二つのガラス玉がコウを見つめた。
「
「そうだな……」。
コウは少しだけ寂しそうに言った。
「多分私に感情が生まれるとすれば、まずそれを寂しいと思うのでしょうね。まるで私を人間のように……友人のように接してくれるあなたに対して、どんな想いも……ひとかけらも……持つことができないんですから」。
ふっとペペは俯いた。
「……なんかそれ矛盾してないか…… ? 」。
「そうですかね ? 」。
コウは軽くペペの肩を叩いて笑う。
その笑顔はいつもと違って、真冬に咲く花のようだった。
寂しさの中に、希望があるような。
「……もう午前五時か……さすがに寝ないと……」。
ソファーに横になろうとした彼の頭にポフリと何かが着地した。
「もう起きてたの ? 随分早起きね」。
彼女は寝起きとは思えないような元気さで、コウの頭の上から話しかけた。
「……今から寝るところなんだが……」。
「今日は人間と戦うことになるだろうし……今日だけは一日中アイテムボックスの中で寝てたら ? 」。
──そんなわけにはいかない、と彼はゆっくりと横になる。
ラナは傾いた頭から飛び立ち、今度は仰向けの彼の胸の上に降り立った。
(今の支配構造を構築するために、人間は他の種族から多くの血を流した。それを引っ繰り返すには、もう一度多くの血を流すことになるだろう。古来、血の流れない革命なんて無いんだから……)。
コウは彼の胸の上に座る、インターネット上の用語を使って言えば「花蜜農家の人間絶対殺すマン」と化しているであろう小さな妖精を半目で見つめた。
「……なあ、ラナは妖精の国に家族がいるのか ? 」。
ラナは小さな顔を小さく横に振った。
「いいえ。もういないと思う……。私は最初から販売用として産まれたから、姉妹達もどこかに売られていったでしょうね。でも収穫用に産まれた子達と一緒に花畑を飛びまわさせられたこともあって……その子達とはいつも励ましあってたの。四月の女神様の御使いがいつか私達を解放してくださるって……。それが今日、本当になるなんて……」。
ラナは小さいけれど、大きくくっきりとした若草色の瞳でコウを見つめた。
彼はわずかに目を逸らす。
その視線にまるで神に対するような「崇拝」が込められていたからだ。
「でも少しだけ心配なことがあるの。妖精同士の男女や、妖精が『
(ああ、やっかいなことだらけだ……。早く帰ってきてくれ…… ! 「ポケット」 ! )。
コウはプロ野球で言えば、シーズン中に成績不振で監督が「休養」したために急遽、代行監督となったヘッドコーチのような心境だった。
そして問題なのは、そのヘッドコーチはそれほど野球に詳しくないことだ。
(どう戦って、その後の処理をどうやって、それからどう妖精族をまとめればいいんだ…… ? )。
まどろみの中、せめて今だけは全て忘れよう、と彼は眠りに落ちていく。
それはベスが今日は繁殖小屋へ行こう、と意気込んで起きた日の朝のことだった。
妖精の国。
ブン、と頭上から大きな
妖精の身長の何倍もある花々の元、彼女は地面にうずくまって、飛び回る怪物から隠れていた。
(……一体何なの…… ? あの化け物どもは……)。
突如現れた巨大な蟲人、そしてそれから彼女達より一回り大きい蟲人が飛び回り始めたのだ。
イナゴの蟲人は人間や人間の建物を執拗に攻撃していたが、やがて行動が変化した。
最悪なことに初めはまるで興味をしめさなかった彼女達妖精に襲い掛かってきたのだった。
動き自体も彼女達より速く、まるで精霊魔法のような不思議な魔法を使って攻撃してくる蟲人から逃れることは難しく、彼女も背中の翅を風の刃にちぎり取られて花畑の中に身を隠していた。
ぼりっごりっ、と骨を蟲人の大顎に砕かれながら、生きながら食われている仲間が出す声と音が彼女の耳から離れず、ただただ彼女は震えていた。
ブン、とまた頭の上で翅の音がした。
だが、今度は通り過ぎて行かない。
彼女は身を一層固くする。
ガサガサ、と上から花を掻き分ける音がして、目の前に黄土色に濃い茶色がまだらに入った外骨格を持つイナゴの蟲人が着地した。
「あっ……あっ…… ! 」。
妖精は懸命にちぎられた翅を動かすが、彼女の小さな身体を浮かせるほどの浮力すら、得ることはできなかった。
ゆっくりと蟲人は赤く染まった大顎を開いたり、閉じたりしながら近づいてくる。
「だ、誰か ! 誰か助けて…… ! 」。
自らの生を少しでも、一秒でも
そして外骨格に覆われた人間のような手が彼女の腕を掴みかけた時、化け物は吹き飛んだ。
驚いて目を見開いた彼女の前には拳を突き出したままの体勢で、妖精が立っていた。
その髪の色は人間とのハーフの証、収穫役の印である茶色であった。
「ジル ! 大丈夫 !? 」。
「え、ええ。ありがとう……メラニー ! でも……翅が……」。
茶色い髪の妖精はジルの背を確認して、小さく舌打ちをしてから、彼女を後ろから抱きかかえる。
力強い翅の音がして、ふわりと二人は浮かびあがった。
「とりあえず家の裏の納屋へ行くよ ! あそこにはまだライノがいるはずだ ! 」。
茶髪の妖精、メラニーは力強く、置いていかれた
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