第150話  Please Forgive Me


「さて……どうしますかね ? 」


 密林の奥、不自然に樹々が開けた、つまりは人為的に伐採された広い空間にその建造物はあった。


 急ごしらえであるのか、木の柱に薄い金属板を釘で打ち付けただけの簡素な作りで、居住性はあまり良くなさそうだ。


 そしてそこに侵入しようとしている一行にとって、まず対処しなければならないのは、その建造物の周囲をうろついている数匹の犬達だった。


「多分、テイマーにテイムされてるわね。侵入者に対して攻撃するというよりも警報の役で」


 いつの間にか人型に戻ったレイフが木の陰から犬どもを窺う。


「……とりあえず私が近づいて様子を見てくる。私のサイズなら犬達も鳥だと思って警戒しないから」


 タオの肩から身長 20 センチほどのサラが背中のはねを震わせて飛び立った。

 背中の大きく開いた真紅の鎧の上に、コウからもらった白い外套をはおり、彼女は一度天高く舞う。


 数十メートル上空を移動し、建造物の上に辿り着くと、そこからゆっくりと下降して屋根に降り立つ。


 犬達は全く気付いていない。


 そして彼女は静かにガラスもない、窓というには少々抵抗のある壁に空いた四角の穴から中を覗き見る。


 それを何度かくり返し、再び彼女は大陸間弾道ミサイルが描くロフテッド軌道のように高く上昇してから仲間の元に着地する。


「……当たりね。中は広い工場みたいになってて、たくさんの爬虫類人族リザードマンが何か作業をさせられていたわ。それに鉄格子の牢屋もあって、中に誰か倒れてたわ」


 サラは小さな眉間に皺を寄せて、報告する。


「……相手の警備は ? 」


「人数は 10 人前後、後は数匹の犬、それから……何と言うか……この暑いのに顔や全身を防水布みたいなので覆ってたわ。装備は長剣だけだったけど……」


 思い出しただけで自分も暑くなったのか、サラは纏った外套に魔力を込めて、そこから供給される冷風の威力をあげた。


「対爬虫類人族リザードマン用の装備っすね。爬虫類人族リザードマンが吐き出す毒を防ぐための。……爬虫類人族リザードマンの仲間が捕虜を奪還にくるのを想定してるんすね」


 サンドロが建物を睨むように見ながら言った。


「なら俺達みたいに武器スキルや魔法スキルを持った相手には対処しきれないかもしれんな」


 キャスは右手の槍を握り直す。


「どうする ? 突入する ? 」


 ネリーが剣の柄に手を置いた。


「いえ……ここは御使い様の威光を使わせてもらうっす」


 そう言うとサンドロは、特製の臭い消しの粉を入念に自らに振りかけた。



────



「……困りますねえ。このペースでは今日のノルマは達成できませんよ」


 黒縁の丸眼鏡をかけ、白衣を羽織った男がにこやかに言った。


 その輪郭と上半身はでっぷりとした台形、つまりは下膨しもぶくれで、脚はそれに見合わず細く短いことから彼を見る者は何か不安定な不気味さを感じるであろう。


 この群島特有の日焼けした肌でも隠し切れないほどの顔の染みと薄い割に長い銀髪がさらにそれに下駄をはかせている有様であった。


「ど、どうか許してください…… ! この暑さで……体内で毒を生成する水分が足りないのです…… ! どうか……水を……」


 そう上目遣いで懇願したのは、木製の椅子に縛り付けられた者だ。


 最近ここに連れてこられたばかりの若い爬虫類人族リザードマンの男だ。


 そのひじ掛けに両手も縛り付けられ、右手の人差し指は透明な管につながれ、その先の薬瓶に数滴、毒を落している。


「水 ? 何を言ってるんですか ? こんな密林の奥まで水を運ぶのは大変なんですよ ? 我々人間の分すら不足がちなのに、爬虫類人族リザードマンのあなたにこれ以上飲ませてあげるわけにはいきませんよ」


 白衣の男、モレーノはあいも変わらずにこやかに、されどにべもなくその懇願をね付ける。


「そ、そんな……」


「そうだ ! あなたが底力を出せるように……そして少しでも人間に近づけるように……こうしてあげましょう ! 」


 名案を思い付いた、とばかりに胸の前で両手を合わせて軽い音を立てたモレーノは、作業机の上から大きなペンチを持ち上げた。


 そしてその先に爬虫類人族リザードマンの男の腕の鱗の一枚を挟むと力任せに、何の遠慮も無く、引きちぎる。


「あっああっあああああぁぁっぁぁあああああっぁぁああああああ !!!!!!!!!!!! 」


 白衣の男はその絶叫をまるで最高の技術を誇るオーケストラが奏でる組曲を聴くように、うっとりと目を閉じて聴いていた。


 その音量が弱まると、モレーノは再びペンチをタクトのように振るい、もう一度絶叫を奏でさせる。


 同じように椅子に縛り付けられた 10 人ほどの爬虫類人族リザードマン達は耳も塞げず、苦悶の表情で耐えるだけ。


 しばらくそんなお金をもらっても客席に座りたく無い演奏会が続き、爬虫類人族リザードマンの男の腕は鱗がほとんど剥ぎ取られ、赤い肉となっていた。


「……モレーノ様」


「どうしました ? 」


「それが……ルチアナ様の配下のサンドロという者が訪ねてきて……ここの責任者を出せと……犬の反応が薄いので……爬虫類人族リザードマンではないようですが……」


「おや ? よくこの秘密の工場がわかりましたね。いいでしょう。こちらに通してください」


「承知いたしました」


 外観と同じように柱に薄い金属板をつけただけの仕切りによって区切られた内部は床もなく地面がそのまま。


 サンドロ達をにこやかな笑顔のモレーノが出迎える。


 その背後で椅子に縛り付けられた爬虫類人族リザードマンのことを気にも留めずに。


「ようこそ ! クラムスキー商会の工場へ ! 私はここの責任者のモレーノと申します ! 」


 それは明らかに異常な光景であった。


 思わずネリーが腰の剣を抜剣ばっけんするくらいには。


「……どうされました ? 」


 それでも彼は笑顔のままだ。


「どうしたって !? あなた……なんて酷いことを…… ! 」


 そんなネリーの反応にモレーノは心の中で溜息を吐く。


(やれやれ……若いご婦人にありがちな拒絶反応だ。純粋で、愚かで、無教養で……。だがそれを導くのが大人の役割か……)


「……お嬢さん、酷いと言いますがね。あなたも牛乳は飲むでしょう ? 」


「は ? 一体それとこれと何の関係があるって言うのよ !? 」


「牛乳がどうやって集められているか知っているでしょう。牧場で家畜の牛から搾り取るんです。……ピンときていないようですね。ひょっとして牛乳を飲まない人でしたか ? 」


 モレーノは首をひねり、有り余る顔の肉が醜く歪んだ。


「何を……何を言ってるの…… ? 」


 ネリーは恐ろしい化け物を見るように白衣の男を見る。


「……この男は……爬虫類人族リザードマンは家畜と同じだって言ってるんすよ」


 サンドロの冷たい声がした。


「そんな……そんなこと許されないわ ! 」


「許されない…… ? それは厳密には『あなたが許せない』ということでしょう。この群島には爬虫類人族リザードマンを傷つけたところで、それを咎める法律は何もない。つまりこの群島は爬虫類人族リザードマンをどうしようが自由だと言っているのです。許しているのです。もしあなたが私にその剣を振り下ろすならば、あなたの方が犯罪者として警備兵に追われることになりますよ」


 すでに剣を上段に構えたネリーを諭すような口調のモレーノ。


 そんな彼女を手で制して、サンドロが一歩前へ出た。


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