第137話 神の血と体



「……悪魔祓いの教え、その七 ! 聖水が無い時は聖餐せいさんにおける神の肉体であるパンと神の血であるワインで代用すべし ! 」


 そう悪魔祓いの教えを力強く述べて、コウはウエストバッグ型のアイテムボックスから古びた酒瓶を取り出す。


 それは朝にソフィアに振舞った、海底の難波船からサルベージした熟成ワインだ。


「神の肉体がパン !? 神の血がワイン !? お前は一体何を言っているんだ !? そんなことがあるわけないだろうが !? 」


 悪魔は紐状の金属にぐるぐる巻きにされて横たわりながら、せせら笑う。


 キリスト教信者からすれば常識と言って良いことも、この異世界においては不可思議な妄言としか理解されない。


 だがその不遜な態度を取るには相手が悪かった。


「……キリストのことを知らないだと…… !? どれだけ低級な悪魔なんだ…… ? 悪魔にもゆとり世代みたいなのがいるのか……。だが逆に安心したよ。これだけレベルの低い悪魔なら簡単に祓えそうだからな ! 」


「何だと !? ぐぼげぇ !? 」


 反論しようと大きく開けた口に酒瓶が無遠慮に突っ込まれる。


「ケケケ…… ! 酒を振舞ってくれるってのか !? こいつは良い…… ! ……ぐっ !? 」


 低温の海底で長期間熟成されて琥珀色となった赤ワイン。


 それはその眠っていた時間だけ、甘味が増した最高の味となっていた。


 だが、そんな甘露かんろが悪魔憑きの喉を焼く。


 それは強いアルコールの刺激を喩えて焼くと表現するレベルを超えていた。


 実際、悪魔憑きの口からは白い煙が立ち上る。


(バカな…… !? 憑りついている肉体にどれだけのダメージがあろうとも、俺に届くはずがないのに…… !? とにかく吐き出さないと…… ! )


 すでにワインは悪魔の胃のを焼き始めていた。


 その悪魔にとっての劇物を吐き出そうと大きく口を開けた瞬間であった。


聖体拝領せいたいはいりょう !!!! 」


 コウが固く焼き上げられた棒状のパンを悪魔の口に突き刺す。


 ふたをするかのように。


「グゴギャベリッ !! 」


 それによってワインを吐き出すことも叶わないばかりか、そのパンもどういうわけか「腐食」の効果が薄く、ギシギシと食道を押し広げて無理やりに体内に入れられる。


(こいつ…… !? 言ってることは支離滅裂で滅茶苦茶なのに……悪魔祓いの効果は本物…… !? それに…… ! )


「お前…… !? この人間の肉体がどうなってもいいのか !? 」


 ようやくパンを飲み下し、身体の内側から業火で焼かれるような苦痛の中、悪魔は喚いた。


「……悪いな。悪魔に憑りつかれた肉体の方を気遣って、とんでもない失敗をしちまったことがあってな。やっぱりあの教えは正しかった…… ! 悪魔祓いの教え、その四 ! 悪魔がいた人間の肉体を人質にとっても、憑かれた人間はもはや死んだものと思い、決して交渉には乗らず、悪魔を祓うことを優先すべし ! 」


「なんだと !? 貴様それでも……」


 ──人間か !? とあまりに神に従う悪魔祓師エクソシストにしてはあまりに非人道的なことをぬかす男に驚愕した悪魔は大きく目を見開き、その瞳に十字架が突き付けられる。


 その真鍮製の少しくすんだ黄金色の十字は、発光しているわけでもないのに悪魔の網膜を焼く。


「ごがあああぁぁぁぁぁぁあああああっっつ !!!!!!!! 」


「さあ !! お前の名前を言え !! 」


 悪魔祓いは順調に進んでいた。



────


(……エミリオもこんな気持ちになったんだろうか ? 私がこの島を出て王島を活動の拠点とした時は……)


 黒い鞭を振るい、腐った肉をその鞭打で爆発したような炸裂音と威力で吹き飛ばしながら、ソフィアは昔を、と言っても人間ソフィアの記憶を参照していた。


 つい先ほど、彼女を置いていった男の背が腐臭漂う戦場で場違いな思いをソフィアにもたらしていたのだ。


「……ッ !? 」


 そんなセンチメンタルな魔法人形マジックドールを気遣うデリカシーは動くモンスターの腐乱死体には当然ない。


 飛び掛かってきた腐ったブラックジャガーを鞭で迎撃した直後、その身体に隠れるように同じ軌道で飛び掛かってきていた腐った大きな猿の死体がいたことにソフィアは気づく。


(鞭じゃ間に合わない !? )


 何もしないよりは、と痛覚のない相手に即効性のない左手の仕掛けギミックを起動させる。


 だがそれより先に空中で巨大な猿は腐った内蔵をぶちまけながら押し戻された。


 誰かがソフィアの背後から不可視の風の刃を放ったのだ。


 そして彼女の左手の指先に仕込まれた炎の魔石コンバーターが発動して、魔素タンクから供給された魔素を大量の焔へと変換して腐乱死体を火葬する。


「……その仕掛けギミック、煙草に火をつけるだけじゃなかったんですね」


「まあね。助かったよ。それにしても……あんた結構やるね。正直見くびっていたよ」


 ローブを腐肉まみれにしたシャロンに向かってソフィアは言った。


 遠距離から魔法を放つのではなく、近距離から威力の減衰していない高威力の魔法を敵の攻撃を躱しながら叩き込む超攻撃的なスタイルでシャロンは今までに数体のアンデッドの首を刎ねて、行動不能にしていた。


「これくらいできないとトレイ部隊長の元で副部隊長を務めることはできませんからね」


 汗一つかかずにシャロンは言ってのける。


「そうかい。さて……残りは 8 体……」


 ソフィアの視線の先には 3 体のアンデッドドラゴンと 5 人のゾンビ。


 ミーノのパンケーキ団のメンバーだ。


(ジョン……いやコウの言う通りに悪魔がミーノに憑りついて、その望みを叶えて……この 5 人をゾンビとして蘇らせたのなら……似ている……私と……エミリオに……)


 ソフィアは改めて鞭を握り直し、死を拒まされた腐乱死体と対峙した。


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