第22話 樹木の精霊
日本ならば、チュンチュンと雀が鳴くことで表現されそうな朝日の中、コウは目覚めた。
森の中、爽やかさと
「ここは…… ? 」。
「街の近くの森ですよ」。
地面に寝ころびながら
「エイプリル……。神域から戻ってきたのか…… ? 」。
「こっちにいる時は『ポケット』です ! 」。
よくわからないが、何か
白い革製だったウエストバッグは、黒かった。
わずかに濡れたようにしっとりと紫がかった美しい墨色だった。
「……黒くなってる。……どうして…… ? 」。
憎悪に満たされた女神は悪魔となって地獄に堕ちる、という発言を思い出すコウ。
その影響が色となって表れたのだろうか。
「フフフ、いいでしょう ? この色。心機一転、
「あ、ああ、なんか恐ろしさを感じるよ。不可抗力じゃなくて自ら黒色になって、闇の女神とか言っちゃうところに……」。
「……ひょっとしてバカにしてませんか ? このウエストバッグ型のアイテムボックスはすごいんですよ。強化された戦闘用ですからね」。
「戦闘用 ? 」。
「試してみますか ? えい ! 」。
「ぎゃっ ! 」。
ウエストバッグのベルトから小さな雷が放電し、装着者であるコウの身体を走った。
「……壊れてるぞ ! これ ! なんで攻撃が内向きなんだ !? 」。
思わず地面に膝をついて、コウは抗議した。
「壊れてませんよ。あなたに対応した戦闘用なんですから。今後あなたが私の機嫌を損ねたり、裏切った場合に攻撃する機能をあと何個か備えてますよ」。
「強化する方向性が違い過ぎるだろ ! 」。
コウは慌ててウエストバッグを外そうとして、あることに気づき、叫ぶ。
「おい ! このベルトどうなってんだ !? 」。
本来ならばウエストバッグのバッグ部分の両端から伸びているベルトはその反対の端を金具をつけるか、そのまま結ぶかして、繋いで腰に装着するものだ。
そのベルトの繋ぎ目となる部分が何もなく、最初から輪として作られたものにウエストバッグが付けられているかのようだった。
「外そうとしても無駄です。このウエストバッグ型のアイテムボックスは
「トイレとか風呂の時、どうするんだよ !? 」。
「私は気にしませんから……」。
「俺が恥ずかしいんだよ !! 外れろ !! 」。
必死にベルトを広げて、なんとか抜け出そうとするが、ベルトはビクともしない。
「……無駄ですよ。それよりもあなたにプレゼントがあります」。
エイプリル改め、ポケットがそう言うと、コウの服が瞬間的に変わった。
女神謹製アイテムボックスの機能の一つ、「瞬着」が発動したのだ。
つま先の尖った
さらにその上から袖のあるフード付きの深い緑色の
そして腹部には黒いウエストバッグ。
まるで擬人化した木だった。
「どうですか ? あなたのために用意したアイテムです」。
「な、なんだか急にファンタジックになったな……」。
コウは戸惑ったように自らの身体を眺めた。
「いろいろ機能を備えてますが、とりあえず外套に魔力を通してみてください」。
「こうか…… ? …… !! 」。
魔力を通した途端、身体が1メートルほど浮かんだ。
「もっと込めてください。魔力の量によって高度を調節できます。それから後ろに多く込めれば前に進み、右に多く込めれば左へ進みます。試してください」。
「わかった。やってみる」。
コウは恐る恐る魔力を通し始め、徐々に地面が遠くなっていく。
やがて足元が一面の森になって、コウは背中に意識を集中する。
すっと、前進した。
十分後、森の上空を縦横無尽に飛び回るコウの姿があった。
「空を自由に飛べるなんて…… ! 最高だ ! ありがとうポケット ! 」。
「どういたしまして。アイテムナンバー102『
先ほど、エイプリル改めポケットが宿るアイテムボックスが取り外し不可であると知った時とは大違いの笑顔だった。
(……結構チョロいのね……)。
「ん ? 何か言ったか ? 」。
「……いえ、別に」。
訝しげなコウ。
ふと、そんな彼の目におかしなものが映った。
はるか遠くにある大きな土煙だ。
「なんだ…… ? 」。
速度を落とし、目を細めて観察する彼の耳に、名を呼ぶ声が聞こえた。
彼がそちらを向くと、何かが顔に張り付いた。
「良かった…… ! 無事だったのね。コウ。四月の女神様は…… ? 」。
「ここにいますよ。ラナ。でも私がアイテムボックスに宿っていることは秘密ですよ。今の私は
喋るウエストバッグ。
「は、はい ! ポケット様 ! 」。
恐縮するラナ。
「呼び捨てで構いません。それからコウの外套のフードは中で妖精が休める造りになっていますから、そこで休みなさい。夜通し私達を探して疲れたでしょう」。
「ありがとうございます。ポケット様。ですがまず報告しなければならないことが……」。
日本でも上司の「今日は
コウはラナに先導してもらって飛び、樹下に着地した所には人間が倒れこんでいた。
「……本当は人間なんて放っておいてもいいんだけど……」。
ラナは顔を歪めた。
コウは倒れている小柄な少年に駆け寄る。
ボロボロの革の鎧と、肩かけカバン。
地面には馬の蹄の後があることから、落馬したのかもしれない。
そしてうわ言が聞こえた。
「……このままだと……街が……。みんな……死ぬ……」。
ラナがこの少年を見捨てなかったのはこれが理由だった。
街には昨日助けてくれた妖精のサラがいるし、人間のペットとなっている妖精達もいる。
「街のみんなが死ぬ…… ? どういうことだ ? ポケット、『
「……そんなものはありませんよ。これくらいのケガなら、妖精の回復魔法でどうにかなるはずです」。
そう言われて、ラナは倒れている少年の頭上を小さな円を描くように飛んだ。
その軌跡が光の輪となり、細かな光が降り注ぐ。
やがて少年の瞼がうっすらと開いた。
目の前には空中に浮かぶ小さな妖精と、樹木を愛するあまり、樹木となることを選んだような色合いの服装の青年。
「妖精…… ? それに……樹木の精霊…… ? お願い……僕を街の……領主代官様の館か……冒険者ギルドまで連れていって……。このままだと街にいる家族が……姉さんが死んじゃう……」。
擦れ声で懇願する少年。
コウは腹部のアイテムボックスから水差し型のアイテム『
「落ち着け。もう大丈夫だ」。
そう言いながら、少年の上半身を抱き起こしてゆっくりと水を飲ませてやる。
「……ありがとう。樹木の精霊よ……」。
「……」。
コウはそれに反論することもなく、水を飲み終えた少年を抱きかかえ、再び空に浮かびあがった。
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