第81話 第一部エピローグ
「……いよいよだな」。
コウは目の前の妖精達を見渡した。
小さな黄金の鎧を纏った
そのさらに後ろには花蜜農家の馬車から救い出したばかりの三体の妖精もいた。
20センチほどの身長で、背中の
その無言の視線の意味を理解していながら、あえてそれを無視して、彼は妖精達に背を向けようとして、果たせなかった。
後ろから
「今から
──いきなり何言うてくれてんねん、と不慣れな関西弁らしきものを心で呟くほどに寝不足で体調管理のできていない彼は緊張で急激に上がる心拍数を自覚しながら、改めて妖精達に向き直った。
「…………今から人間達に不当に占拠されている妖精の国を取り戻しにいく。街からここまでの道中、皆、
コウの言葉に妖精達は身を固くする。
「……それでも俺達は戦わなければならない…… ! 戦う力が無くて死んだ、殺された妖精達のために…… ! 戦う意志すら奪われてペットとして飼われている妖精達のために…… ! そして妖精達がもう二度と戦わなくてもいい世界を
コウはもう一度妖精達を見渡す。
「……まずはここから始めよう。人間達による歪んだ支配を終わらせるためにまず妖精の国を解放しよう。そしていずれ全ての妖精を救い出そう。その最初の戦いの、最初の戦士が今この場にいる皆だ。さあ、仲間達を助けに行くぞ…… ! 」。
緊張と寝不足による異様なテンションの中、とにかく妖精達の士気をあげようとした彼の言葉はそれなりの効果があったようだ。
(ああ……ダメだ。俺が今言ったのは結局「個」を犠牲にして「全体」に捧げよってことだ。崇高なる目的に殉じて、命を投げ出せってことだ。でも……そうやって……酔っぱらってしまわないと勝てない……戦争には……)。
「……瞬着」。
コウは腰の白いアイテムボックスの固有機能「瞬着」によって一瞬で「ドラゴニュートスーツ」を装着し、黄金色に輝く竜人の姿となる。
それは今から始まる戦闘への契機であったし、もう一つの意味があった。
「もう『ドラゴニュートスーツ』を装着するんですか ? 」。
ペペがコウに、魔力を無駄にするな、と言外に含まれたセリフを放つ。
「……花蜜農家の中に
コウは自らの胸を拳で軽く叩き、それによって硬質な金属音がした。
住宅街に現れたヒグマの前にクマの着ぐるみで登場すれば、仲良くなって射殺しなくても動物園に保護できるから大丈夫、とでもいうようなその発想を持つ者自体がなんらかの保護を受けねばならぬような考えを言い放ったコウに対して、ペペは
「例えばですがね。とても精巧で、どう見ても生身の人間にしか見えないような着ぐるみを
「……なんとして駆除するだろうな。そんな人類にとって絶滅させるべき滅茶苦茶危険な生物は。だが今の場合は違う…… ! 俺はむしろその竜人を解放してやろうって善意をもつ友好的な生物なんだからな」。
コウは荒唐無稽な例えを述べたペペに、呆れたように反論した。
「それはどうでしょうか。もしその竜人が完全に花蜜農家の人間に飼いならされていたら、彼にとってその善意は大きなお世話かもしれませんよ ? 」。
「その時はさらに解放してやるさ。そんな
そう言ってコウは、四月の女神の御遣いは進軍を開始する。
隣には三メートルほどのジャイアントハーフの女性、反対側には
少しだけ距離を置いて、後ろからエルフの女が続く。
そのさらに後ろを妖精達が続いた。
三十人にも満たない、数の上では軍というより部隊にすぎない一団は
──すでに戦闘の終了している戦場へ。
「……せっかく戦闘を覚悟して、意気込んで来たのに……。一体どういう状況なんだ ? 」。
まず一団の目に入って来たのは胴体にいくつもの風穴を開けて、地面に座るようにして動かなくなっている巨大な蟲人の死骸。
そして散乱する切り刻まれた小型の蟲人の死骸。
時折、ばらばらにされたり、黒焦げになった人間の遺体。
それから遠巻きにこちらを
最後に血まみれで真っ赤になって佇む竜人の少年。
首をかしげるコウの元へ、茶色い妖精が若草色の妖精を抱えて力強く飛んできた。
「まさか……あなたが御使い様…… ? 」。
「ああ」。
「まさか……御使い様が人間だなんて……」。
過去の四月の女神エイプリルの御使いは全て妖精族の王種たる
しかし近づくにつれて濃密となる神聖な気配はその手前の黒髪の人間から漂ってくることに気づき混乱していた。
そんな彼女とは裏腹に、彼女を抱えるメラニーはどちらかというとホッとしていた。
(どういう理由かわからないけど……いけ好かない純血の中でも、最高とされる
この二人の反応の違いは
街で彼に直接救われた者達を別として。
そしてそれは後々、大きな問題を引き起こすこととなる。
メラニーは一団に知り得る限りの経緯を簡潔に説明した。
「……そうか。ゾネ、まだ蟲人が残っているかもしれない。蟲人の
──かしこまりましたわ、とゾネが妖精達に指示を出して、彼女達は散開して飛ぶ。
それを横目に、コウは歩き出す。
立ち尽くして動かない竜人の少年の元へ。
ふっといつの間にかコウの手に、先端に青い魔石がはめ込まれた短い杖が握られていた。
青い清浄な光が真っ赤な血まみれの竜人を照らすと、汚れは消え失せ、彼本来の鱗の色が現れる。
それは夏の青空のようにどこまでも深い蒼色だった。
(傷はほとんどない……か。動けないのは魔力と体力が切れたか…… ? )。
コウはまだまだ小柄なライノの前に立つとゆっくりとその硬質な頭に手を置き、言った。
「……妖精達のために戦ってくれたんだって ? ありがとな…… ! お前のおかげでたくさんの妖精の命が救われた」。
ライノは驚いたように金色の瞳を見開いたが、すぐに彼に言わねばならないこと思い出して、慌てたように口を懸命に開く。
「ミツカァイサマ、ベスサマヲ、ナァオシテ…… ! 」。
「ベス様 ? 」。
「……ライノを飼っていた花蜜農家の娘です。ジルが、意識不明になったベスの回復を条件にライノに戦わせたんです」。
「……そのベスって子はライノの友達なのか ? 」。
「…………ワァカラナイ。デモ……ベスサマガ……イツカ……ボクヲジユウニシテクレル……ユウカラ、ゲンキデタ……」。
鋭い牙が並んだ口で、ライノはコウの問いかけにたどたどしく答えた。
「そうか……」。
コウは静かに天を仰ぐ。
おそらく優しい女の子なのだろう。
ペットの犬や猫を大切にする子なのだろう。
彼女がライノに語ったのは、子ども特有の根拠のない楽観的な言葉だ。
なんの力もない言葉だ。
そんなものにしか生きる希望を見いだせなかった竜人の少年。
コウはゆっくりと彼を見つめて、微笑んだ。
「わかった。約束は守らないとな」。
「……アリガトウゴザァイマァス ! アッチ…… ! 」。
「ああ、ちょっと待て。これは何なんだ ? 」。
少しでも早くベスを治療してもらうため、急いで先導しようとするライノ。
コウはそんな彼を止め、その首に巻かれた太い鎖に手を伸ばす。
「それは人間の『錬金術師』が作成したアイテム『奴隷の鎖』です。彼に巻かれているのは……特定のキーワードを受けて装着者に耐えがたい痛みを与え、特定の範囲外に出たり、外せば装着者の命を奪うタイプのようですね」。
コウの隣に控えているペペがその首輪の説明をする。
「……随分と悪趣味なアイテムを作るもんだ。『ポケット』の
ガチャリ、と重たい音がした。
鎖が地面に落ちた音だ。
「『錬金術』とやらは『創造魔法』の下位互換みたいなもんか……。簡単に機能停止できたな」。
コウは軽く一仕事を終えた手を振る。
「何スカしたことを言ってるんですか……。あなたがそんなことをできるのは『ポケット』様のおかげなのに…… ! 」。
ペペのツッコミを華麗に無視して、コウはライノが進もうとした屋敷へと歩を進める。
人間の少女を救うために。
その後を巨人族の女と人狼族の女とエルフの女と妖精がついていく。
ライノは首筋をなでながら、その背中を茫然と見ていた。
そして、不意にベスが彼に語った言葉を思い出した。
──本物の神様が現れたら、きっと十二の種族をまた仲良しにしてくれるんだって ! 私もそう思う !
(ベス様、僕も……そう思うよ…… ! )。
ライノは、竜人族の少年は、その背中を追って一歩を踏み出した。
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