第57話 二つの光



 街道上空。



「相手は人狼族か。派手にやってるわね……」。


 街道の両脇に広がる森を炎がどんどん焼いて行く。


「これ以上の延焼を防ぐために周囲の木を切り倒しておいた方がいいかしら ? でも……」。


 ラナはちらりと膠着こうちゃくしている地上の戦闘状況と隣にいる光妖精ウィスプのゾネを見やる。


「ラナ、行ってください。下の方はわたくしが加勢いたしますわ」。


 ゾネが胸を張って、りんとした声で言った。


「え ? 」。


 ラナは思わず間の抜けた顔となる。


 闇夜では無力となり、モンスターでもない梟にすら餌にされかけた光妖精ウィスプがそれを忘れたかのような発言をしたのだから、当然だ。


「フフ、なんて顔をしてますの ? 大丈夫ですわ ! 今のわたくしならば夜でも戦えます ! 」。


 満月から降り注ぐ静かな光を浴びて、ゾネは銀色に輝き出す。


「……すごい ! でもどうして !? 光妖精ウィスプは夜に光の精霊魔法を使えたの !? 」。


 今度は驚愕の表情となるラナ。


「今夜、あなたに救われて気づいたんです ! 太陽だけが光じゃないって。夜空にもわたくしを照らしてくれる光があるって ! そう心が、魂が気づいたら……闇夜でも月の光を受けて光の精霊魔法を行使できるようになっていたんですわ ! 」。


 ゾネは興奮気味の口調とは裏腹に、静かに笑った。


 の落ちる前にラナが見た凄絶せいぜつな笑顔とは違って、穏やかで美しい微笑みだった。


(ああ、わかってたけど……かなわないなぁ。きっとかなわない……私の想いは)。


 妖精族は、おしなべて美しい。


 しかしその中でも光妖精ウィスプは別格であった。


 ラナは小さく嘆息たんそくして首を振った。


(……いけない。今はそんなことより行動しなきゃ。それに……コウが私の命の恩人で……妖精族にとって重要な人だってことは変わらないんだから……)。


「……なんて顔をしてるんですか ? 」。


 呆れたようにゾネが言った。


「え ? 」。


「あなたに少しだけ良いことを教えてあげますわ。あなたもコウ様から恩寵おんちょうの杯をたまわったでしょう。限界まで飲んだと思いますけど、その上でさらに無理やりでももう一杯飲んでごらんなさい。そうすると光妖精ウィスプ以外の妖精でも『成長』して人間族サイズになることができますわ」。


「そ、そんなことがありえるの ? 」。


 ラナはニ十センチほどの自らの身体を見やる。


「ええ。それから……これはここだけの話なんですけれど……過去に四月の女神様から見初みそめられた光妖精ウィスプの中には、そのお誘いを断った者もいるのです」。


 何か国家機密でも暴露するように、そのじつ、ただ女が言い寄った男に振られたというだけの話をゾネは小声で言った。


「その光妖精ウィスプはどうなったの ? 神罰でも下ったり……」。


 ゾネは首を横に振る。


「いいえ。何もありませんわ。元からの恋人と一緒になったそうです。……ですからコウ様が四月の女神様を拒絶すれば……あなたとも……」。


「ちょっと待って ! いきなり何の話をしだすの !? ……それに、あなた自身はどうなのよ…… ? 」。


「ラナがあまりに落ち込んだ顔をしているので……元気が出るかと思いましたの……。それにわたくしは……自分の気持ちがよくわからなくなってしまいました……」。


「どういうこと ? 」。


「コウ様を想う気持ちは確かにありますわ。でも……それと同じくらいラナの悲しむ顔を見たくないって思うのです。……だってあなたはわたくしの……大切な……な、仲間というか……いえ……と、と、友達……ですから……」。


 頬を真っ赤に染めて、ゾネは言った。


「ゾネ……」。


「それから……もう一つ気づいたんですわ。あなたやコウ様はわたくしにとって光のような存在。でもわたくしも光に温められたり、照らされたりしているだけじゃダメだって。わたくし自身が光となって妖精族を導いて行かなきゃって。……きっとそれがわたくしの……妖精族の王種たる光妖精ウィスプの本分なんですわ ! 」。


 まだ朱の余韻が残る顔で、ゾネは笑う。


 穏やかだけれども、強い、輝くような笑顔だった。


 ラナはすっと彼女の方へ飛ぶ。


 そしてゾネのたおやかな手をとった。


「……あなた一人が全てを背負うことはないのよ。私達はきっとお互いを照らし合って……より強い光になれるはずよ。ううん、私達だけじゃない。妖精族の皆が互いのことを想って温め合って、輝かせ合えば……絶対に負けはしない…… ! 」。


「……ラナ……」。


 綺麗な月と、満天の綺羅きら星の光が降り注ぐ中、二人は見つめ合う。


 ふいに地上から、まるで嬌声きょうせいのような、なまめかしい獣の咆哮が聞こえた。


 二人はその発声源を見て、苦笑して離れる。


 そして風妖精シルフ光妖精ウィスプは動き出した。




 漆黒の人狼のあぎとが開き、真紅の竜人の首筋に噛みつく。


 しかしの牙は今までのように竜人の外骨格に食い込むことはない。


 おそらくコウが「ドラゴニュートスーツ」を脱いだ状態でもちょっと痛いくらいの威力。


「……甘噛あまがみするんじゃねえええええええ !! 痛くねえけど、なんか気持ち悪いんだよおおお !! 」。


 今の二人は正面からコウが獣人を抱きしめる体勢。


 再び力を込めた両腕の下で、月の光を浴びて回復しつつあった人狼の肋骨がまたしても砕けた。


 そして甘味を帯びた鳴き声が一帯に響き渡る。


 満月の夜、人狼族は不死となる。


 そして九月の女神からより多く恩寵を授かった人狼は痛覚が消えるだけではなく快感となるため、傷つくことへの恐れも消えるのだ。


 肉体への痛みによって戦いへの忌避きひ感を起こさせて戦闘放棄させるコウの作戦は不発に終わり、次に発動したのは常に痛覚=快感を与え続けて動きを封じ、朝を待つという作戦。


 それはコウの魔力と精神力を消費しつつ、今の所はうまくいっているようだ。


「コ、コウ !! こいつオシッコを漏らして…… !! 『ドラゴニュートスーツ』にもかかってますよ !! 」。


 ウエストバッグ型のアイテムボックスに宿やどった四月の女神の分霊「ポケット」が悲鳴のような音声を発した。


「飼い犬が『うれしょん』をするのは服従心の表れだ !! 問題無い !! 」。


「無いわけ無いでしょう !! スーツを私の中に収納する前に綺麗にしてくださいよ !! 絶対に !! 」。


 憤慨ふんがいする「ポケット」。


「……わ、私のことを飼い犬なんて……言わないで…… ! 」。


 抱きしめ殺され続けながら、黒色の尻尾を激しく振り、人狼が抗議の声をあげた。


「ん ? 」。


 その声にコウは違和感を抱く。


「……お前……なんか口調変わってないか…… ? 」。


「だって……部下達の前で……男以上に男らしく振舞わないと……言うことを聞いてくれないから……」。


 潤んだ赤い瞳がコウを見つめた。


「コウ…… ! あなた女性になんてひどいことを…… ! 」。


 「ポケット」が非難めいた音声を発した。


「お、お前 ! 共犯者のくせに、なに無関係の第三者をよそおってんだ !? 」。


 動揺のためか、思わず両腕の拘束がゆるむ。


 すると逆に人狼の漆黒の腕がコウの背に回った。


「……放さないで !! 朝までずっと私を抱きしめていなければ、どんな手段を使ってもその竜人の鎧を剥いで、あなたを殺す…… !! 」。


 快楽に狂った瞳が任務も、仲間も全て忘れて、そこにコウだけを映している。


「ひぃぃいい !! 」。


 コウの情けない声がした。


 もはやどちらが優位に立っているのか、わからなかった。


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