第97話 二度目の職業鑑定



「……うーん。残念だけど、本名すら憶えていない、登録証も無いんじゃあ、あなたのことはわからない。ただこのギルドであなたを見たことはない、としか言えないわ」


 申し訳なさそうにカウンターテーブルの向こうの若い女性職員は記憶喪失の男に向かって言った。


 カウンター奥の古株の職員にも確認したが、男がこの島に恐らく初めて来たこと以外の情報は得られなかった。


「……なら『職業鑑定』をやらせてくれないか ? そうすれば何か手掛かりに……」


 男の提案にギルド職員のメリンダは何とも言えない表情となる。


「……いろいろとあって……このギルドの『鑑定玉』は使用不能なのよ。ここだけじゃなくて群島の全てのギルドがそうなんだけど……」


「……そうか」


 男はがっくりと両肩を落とした。


「で、でも ! 今は聞き取りや『スキル』の実演で『職業』を判断してるから ! せっかくだからやっていきなさいよ。冒険者登録を ! 」


 人手不足の昨今だからか、やや強引に登録を勧めるメリンダをシャロンは無表情で見つめていた。


「……そうだな。身分証明書があった方が便利だろうし……頼むよ」


「まかせて ! じゃあまずは……あなた自身は自分が十月の女神様の恩寵たる『職業』を授かっているなら、それは何だと思う ? 」


 マニュアルがあるようで、手元の紙を見ながらメリンダが問いかけた。


狂戦士バーサーカーだ」。


 以前、自らの素性に対して行ったプロファイリングの結果を男は自信たっぷりに言い放つ。


「……確かに上半身裸で剣を背負ってるそのスタイルには、そこはかとない狂気を感じないこともないけど……戦闘中に理性を失って戦い続けたことはある ? 」


「ないな」


「じゃあ違うわね」


 あっさりとメリンダは男の言葉を否定した。


「自分で自分のことを『狂戦士バーサーカー』だって言うのは、自分がすぐにブチ切れて暴れまわる人間であることを自覚しているということですか ? 」


 何かを探るような目で、警備隊所属の「魔法使い」シャロンが男に問う。


 そんなことない──と軽く睨む男にメリンダは質問を続けた。


「他に思い当たるのはある ? 」


「怪盗だ」


「『怪盗』 ? 『盗賊シーフ』かしら ? 逆に誰かに上着を盗まれたような格好だけど……すばしっこかったり、身軽だったりする ? 」


「ないな」


「じゃあ違うわね」


 メリンダは先ほどの再現のように男の言葉を否定する。


「自分で自分のことを『怪盗』だなんて言うのは、自分の手癖が悪いって開き直っているからですか ? 」


 少しずつシャロンの男を見る目は、危険人物を見るものとなっていく。


 否定しようとした時、男の口元の髭が彼のポンコツぶりに我慢できなくなったのか、動き出す。


 カイゼル髭の片端が黒い触手へ変化していった。


「な、なんなの !? この髭 !? 」


「びっくりさせちまったな。この付け髭は知能を持つアイテムインテリジェンスなんだ」


 驚くメリンダをなだめるように男は言った。


「……珍しいですね。知能を持つアイテムインテリジェンスと言えば通常は武具か魔法人形マジックドールなのに…… ? 」


 シャロンは不思議そうに男の額から手の平へと何度も触手の先を移動させる髭を観察していた。


「驚いた…… ! でもなんで急に動き出したの ? 」


「多分……俺は固い岩なんかに魔素を込めて変形させることができるから、それをやれってことじゃないかな」


「なんで最初にそれを言わないのよ ! 『錬金術師』の基本的な『スキル』じゃない ! ……ちょっと待ってて ! 」


 何が「狂戦士」だ、無駄な手間をかけさせやがって、という内心はおくびにも出さずに、受付嬢はカウンターの奥に行き、すぐに拳大こぶしだいのごつごつした石を持って帰ってきた。


「それで……実演に入るなら登録料の1万ゴールドを先に払ってもらう規則なんだけど……」


「……何だと…… ? 金が必要なのか……今は持ち合わせが……」


 そう言いかけた男の前に硬質な音がした。


 それは髭から伸びた黒い触手がどこから取り出したのか、1万ゴールド硬貨をカウンターテーブルに置いた音だった。


 大丈夫ですよ、いつもみたいに私が払ってあげますから──男の脳内で、機械的な音声が聞こえた気がした。


 瞬間、男の胸を凄まじい痛みが襲う。


「どうしたんですか ? 」


 様子のおかしい男に、シャロンが近寄った。


「ぐっ……何か……思い出しそうだ……」


 男は咄嗟に目の前の鉄鉱石を掴みあげ、そこに脳内に浮かんだイメージと魔素を込めていく。


 浸透した魔素が鉄鉱石から不純物を取り除き、精錬された鉄がどんどんと男の手の中で形を変えていく。


 そして出来上がった形は二つ。


 一つはウエストバッグ。


 もう一つは、とてつもなく美しく、とてつもなくおぞましい像だった。


「これは……一体の像なんですか ? 」


 シャロンがまるで化け物でも見たかのように震える声で言った。


 カウンターの上に出来上がった30センチほどの像。


 左半分は女神のように美しい少女で、右半分は脱げかけた腐肉を纏った骸骨。


 そんな有様の女が両手を広げて、まるでその正面にいる男を待ちわびているかのような像。


「……ダメだ。イメージが頭の中に湧いたんだが、これがかまではわからない……」


 苦しげに呟くと、男は像に手を当ててその形を直方体へと変える。


 どうしてか、この像を人目にさらすのに抵抗があったからだ。


(もう一つ、ウエストバッグのイメージが浮かんできた。今度つくってみるか……)


 小さなウエストバッグの鉄製ミニチュアを指でもてあそび、男はそんなことを考えていると、引きつったようなメリンダの声がした。


「……『錬金術師』の『スキル』、『変形』・『分離』・『精錬』・『増殖』等ができると認定するわ。今、登録証を作成するから……」


そして作成された登録証に記載された内容は以下の通りである。



 名前:ジョン


 職業:錬金術師(ランク B )


 冒険者ランク:F


 特徴:黒髪 黒目



「ところでジョン、あなた宿の当てはあるの ? 」


「いや……ひーちゃん、お金はまだあるか ? 」


 触手が×となり、男もうなだれる。


「ないのね ? 実は三ヶ月前に身よりのない『錬金術師』が死んで、空き家になってる工房が冒険者ギルドの預かりになってるのよ。基本的な生活用品や工具、資材もそのままになってるから……もし良かったらそこを貸してあげようか ? 」


「いいのか ? 」


「ええ、その代わりに最低週三回は工房を開けてギルドの依頼や周辺住民の注文を受けてもらうのが条件よ。それを守ってもらえれば、家賃はいらないし、後は自由にしていいわ」


「……わかった」


(とりあえずシーラの島に帰るためにも金属製の飛行アイテムを創らなきゃならないし、そのための材料費を稼がなきゃならないしな……)


 うなづいた男にメリンダはメモ書きの地図を渡す。


「あとは鍵を……あれ ? ここに仕舞ったはずなのに ? 」


 棚を引っ繰り返さんばかりに目的の鍵を探す彼女を尻目に男はカウンターテーブルから離れて、扉へ向かう。


「鍵はいいんですか ? 」


 シャロンが訝しげに問う。


「無けりゃつくればいいさ…… ! ギルドまでの案内ありがとな」


 そう言いのこして、男は静かにギルドを後にした。


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