第104話 修繕
「剣と鎧は修繕だけでいいんだな ? 」
「ああ、とりあえず剣の折れたのと欠けた部分、鎧の穴を埋めてくれればいい。一週間後までに警備隊の詰め所に戻してくれればいいぞ ! 」
ジョンはトレイに確認した後、五本の剣と二つの
そしてまずは「洗浄マグライト」の青い光を当てて、汚れを分解・洗浄してから修復にとりかかる。
軽鎧の胸に空いた拳大の穴は、その周囲に手から放出した魔素を浸透させ、その浸透した魔素を浸透させた金属へと変換し増殖させて、塞いでいく。
もう一つの片方の肩当てがとれた軽鎧は、鉄鉱石を肩当ての形状に変形させて、破損個所に綺麗に融合させていく。
それから
どのようなエネルギーや物質へも変換できる奇跡の粒子である魔素。
それぞれの職業によってその魔素を何に変換できるかは決められている。
「魔法使い」であれば炎や風等々、「剣士」であれば身体を動かす運動エネルギーや剣の切断力という概念に近いエネルギーに。
「錬金術師」は物質に浸透させた魔素をコントロールすることで、その物質を支配することができる。
そして「錬金術師」のように職業の恩寵によらずとも魔素をコントロールできる「創造魔法」の使い手はさらに「物質創造」や「現象創造」の域に達するという。
(リンが昨晩、ジョンのことを「魔法使い」よりも魔法使いみたいと言ったけど……本当にその通り……)
シャロンがちょうど昼飯時なのに持参した食料に少しも手をつけず、手持無沙汰にピンク色の髪をいじりながらそんな感想を抱き、そして冒険者登録証通りに B 級の「錬金術師」であれば数日かかる作業をジョンは数十分で終えた。
「……昨日、シャロンが滅茶苦茶にした工房をすぐに直しちまったから、相当の実力を持っているとは思っていたが……改めてすげえな ! 」
汚れを落とし、修繕されてピカピカとなった剣と軽鎧を確認したトレイが感嘆の声をあげた。
「それで大丈夫か ? 」
「ああ、前払いにしてやろうと思って報酬を持ってきといて良かったぜ。開店祝いも兼ねて大盤振る舞いの 5 万ゴールドだ ! 」
「ありがたい…… ! 」
ジョンはまるで拝金教の信者であるかのように
「さて、終わったみたいですし、食事にしますか」
まるで作り立てほやほやの料理を前にしたかのように、買い物袋から出してもいない食材を前にしてシャロンが宣言した。
「俺が言うのも何だが……お前、ジョンが作業している間、何してたんだ ? てっきりその間に料理するもんだと思ってたんだが……」
「いつから私がそんなに都合のいい女だと思っていたんでしょうかね。私が食材を提供して、ジョンが料理する。これが対等の関係というものです。あ、昨日の大ガエルの肉も調理してくださいね」
────
「……ところで、あの
誘われてもない食事会に無事参加し終えたトレイは作業台の上から彼を睨む、額から上が無残にも喪失している頭をどこか探るような視線で見つめた。
「
「記憶喪失の魔法人形ですか。あなたと一緒ですね」
ゆで卵に自家製マヨネーズというこの世界ではあまり知られていない味覚に先ほどまで感動していたシャロンの言葉に、未だ自分の名前すら思い出せないジョン(仮名)は軽く頭を横に振った。
「いや、厳密には違う。俺はうまく思い出せないだけで、記憶は頭にあるはずなんだ……。だから過去のことを夢に見たりするし、その内思い出すかもしれない。だが魔法人形の場合はその記憶自体が物理的に無くなってるんだ。例えば、本の特定のページが上手く開けないのと、そのページ自体が破られてしまっているのとは違うだろ ? こいつが喪失した記憶を思い出すことは二度とない」
説明しながら、ジョンはゆっくりと作業台へと近づき、破損した魔法人形の頭に手を添えた。
「──起動」
彼の手から放出された魔素が魔法人形の人工知能たる魂石を動かすエネルギーとなり、その
「……初めまして……私……ソフィア…… A コース …… 10 万ゴールド…… B コース…… 20 万ゴールド…… C コース…… 100 万ゴールド……どのコースにする…… ? 」
「……この魔法人形の用途は一体何だったんですか ? 顔や身体は女性モデルのようですが……ひょっとして何かいかがわしいことに…… ? 」
インラン・ピンクの髪の下、理知的なグレーの瞳が険しくなった。
「今のは……冗談……」
真っ赤な唇の両端が
「私は……なぜこんなに破損して……エミリオは……どこ…… ? 」
「思ったより記憶が残ってるな。エミリオってのは、この工房の持ち主か ? 」
ジョンの問いかけにシャロンは小さく首を振って否定した。
「……数ヶ月前に遺体で発見された身寄りのない老錬金術師がそんな名前だったな……。報告では病死だということだが……」
この街の警備隊部隊長らしくトレイが心当たりを口にした。
「……エミリオが……死んだ……そう……」
魔法人形はゆっくりと目を閉じた。
それはまるで人間が人間を
「なんでそのエミリオの魔法人形がこんな状態でこの工房の地下に置かれてたんだ ? 」
「……わからない……記憶も破損して……それに……エミリオがいないなら……もう私の存在理由は……ない……このまま壊すか……直すなら……記憶を全て消して……新しい魔法人形として……使って……可哀そうなエミリオのために……私は作られたのだから……」
目を閉じたまま、絞り出すようにソフィアは言った。
「どういうことだ ? 」
トレイが今一つ状況を飲み込めていない顔で問う。
「……ソフィアの
「そんなことが可能なんですか ? 」
「魔法人形の頭脳となる魂石は
シャロンがソフィアの頭の中を覗き込むと六つのオレンジ色の石が並び(そのうちのいくつかは欠けていたが)、その土台には数えきれないほどの魔導線が繋がれていた。
「それに外見も人工的な皮膚で覆ってるし、センサー……いろんなものを感じ取る機能も必要以上に備えてある。熱さや冷たさ、柔らかさなんかもな。……痛覚も身体に衝撃を受けた時に魂石にも刺激を与えることで疑似的に再現しているようだ」
「魔法人形には本来必要ない機能が備えてあるんですね」
「必要ないどころか……それによって迅速な行動をとれない場合すらある。処理すべき情報が多すぎてな」
パソコンやスマホで同時に複数のアプリを起動させれば、処理速度が遅くなるように魔法人形も過度の情報を処理すれば思考が遅くなる。
そのデメリットがあっても製作者は人間に近い感覚をソフィアが持つことを優先したのだ。
「……聞かせてくれないか。エミリオのことを」
「……そんなこと……聞いて……どうするの ? 」
「魂石をリセットするかどうかはともかく……お前を治す前に、知っておきたいんだ。エミリオがどんな想いでお前を作ったかを」
「変な人ね……まあいいわ……教えて……あげる……」
そして壊れた魔法人形は彼女の生い立ちを語り始めた。
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