第124話 不審な死体
「……おかしい」
ジャスミンの訝しげな視線の先には遅れて合流した三人がいた。
ヴァスコは壁を背に宙を見つめ、ときどきだらしない笑顔を浮かべたかと思うと、何かを悟ったようなニヒルな顔になったり、顔面の変化に忙しい。
またヴァレリアとギドは、時折ヴァレリアがギドの方を見つめ、それに気づいたギドも見つめ返し、しばらくして恥ずかしそうに正面を向く、というジャスミンの方が気恥ずかしくなるような行動を繰り返していた。
「ねえ、あんた達、はぐれた後に何かあったの ? 」
「な、な、なにもねえよ ! 」
「そ、そうよ ! 」
ポルポト政権下の子供医者の診断よりも信用できないような二人の否定の言葉にジャスミンは「何か」があったことを確信した。
「まあ、あんた達はいいわ。むしろお祝いしてあげたいくらいよ」
その言葉にギドとヴァレリアは真っ赤になって俯く。
「……問題はヴァスコね」
ジャスミンの視線の先、日常をかけ離れた
そしてそんなことはおかまいなしに、パンケーキの余韻に浸り、幸せそうな顔で寝ころぶイラリア。
ミーノは周囲の見回りのために廃屋から出ていた。
────
無数の
途中、見回りの警備兵に呼び止められることもあったが、この島の警備隊副部隊長であるシャロンのおかげで足を止められることはなかった。
二人はベースキャンプの端、大きく開いた広場と密林との境目近くへと向かう。
「……近いね。多分あの天蓋だ」
鼻を小さく鳴らしながら、ソフィアが言った。
その声を聞いて、シャロンは手にした筒型の発光アイテムの光をそこへ向けようとするが、それをソフィアが制す。
「……中にまだこの血の臭いの原因を作った奴がいるなら、光を当てると気づかれるかもしれない」
「ですが……こんな暗闇で攻撃を受けたらどうするんですか ? 」
「大丈夫だよ。この瞳は暗闇でもはっきりと見えるのさ。だから
コンコン、と指で軽く作り物の瞳を叩いてソフィアは小声で言った。
無言で頷くシャロン。
それを確認して、
とは言っても彼女が入っていったのは一辺が3メートルにも満たない四角形の四隅から伸びた細い柱がたわんで2メートルほどの空中の頂点で結ばれて緩やかな四角錘を形成している
すぐに内部の状況はわかるはずだ。
シャロンは何があっても対応できるように片手に杖を構え、もう一方の手には発光アイテムを持ち、天蓋を見据えた。
彼女が対峙する薄汚れた天蓋は、中にソフィアがいるとは思えないほど静かに佇んではいたが、鼻孔を絶え間なく攻撃する血の臭いがその静けさが平和である証とは思えなかった。
ガサリ。
音が聞こえた。
目の前の天蓋からではなく、背後から。
反転して向けた杖の先、発光アイテムの光が円形に
いつでも呪文を唱えることができるよう、肺に空気を多めに吸い込み、ゆっくりとシャロンは密林へと向かう。
しかしながら彼女がせっかく溜め込んだ空気は小さな悲鳴に消費された。
「……ヒッ ! 」
「悪いね。ビックリさせちまったかい ? 」
背後からシャロンの肩にかけた手をそのままに、さほど悪びれる様子もないソフィアだ。
彼女は少しだけ面白そうに片頬を上げた後、すぐに真顔となった。
「……今すぐ全員の安否を確認した方がいい」
「天蓋の中は……どうなっていたんですか ? 」
その問いにソフィアは顎で天蓋を指し示す。
ソフィアがそこへ近づき、その中を発光アイテムで照らすと黒い闇が赤へと変わり、その中に二人が倒れていた。
「これは……一体何が…… ? 」
二人はともに目、鼻、口から出血しており、眼球にいたっては内部からの圧力に押し出されたようで、無残に飛び出し、だらしなく垂れていた。
「多分……スライムの仕業さ」
「スライム ? 」
警備隊に所属するシャロンをしても青褪めさせた凄惨な死体への疑問を背後からソフィアが抑揚のない声で答えた。
「重傷を負って動けなくなった冒険者がスライムにすら抵抗できずに体内に侵入されて、頭の中を食い荒らされた死体を見たことがあるんだけど、今の死体とそっくり同じ状態だったんだよ」
シャロンは動く粘液のようなモンスターが自分の口から体内へ侵入していく様を思い描いて、暗闇の中でますます青褪め、その想像を振り払うように頭を振った。
そんな状態でも、彼女の頭の回転はそれほど鈍らなかったようで、ふと一つの疑問が追い出したばかりの恐ろしい想像の代わりに持ち上がった。
「……ですが、今日のポイズンドラゴンの駆除で重傷者が出たという報告はありません。睡眠中だったとしてもスライムに襲われたら息苦しさで目覚めるでしょうし、それに彼らは二人……。一人が襲われているのをもう一人が気づかなかったのでしょうか ? 」
屈強な男二人の死体をシャロンは発光アイテムの光の輪で改めて照らす。
「さあね……。だから『多分』って言ったじゃないか。それよりも早く他に被害者がいないか確かめないと」
肩をすくめるソフィア。
それもそうだ、とシャロンは納得がいかないままに無言で動き出した。
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