第121話 そのパンケーキはお店の味
粘土を乾かして作ったブロックを積み上げた壁に大きな葉を重ねて
自分達の街のしっかりとしたレンガ造りの家とは違う家々を珍しげに、ほんの少しの侮りを加えた瞳で眺めながら、ジャスミンはイラリアの後を追う。
ふと、彼女の歩む方向に明かりが見えた。
そして甘い匂いも。
「……確かにパンケーキっぽい匂いがする……。なんで……こんな
首をかしげるジャスミン。
自分の後ろのそんな彼女の様子を気にも留めず、イラリアはふらふらと進む。
やがて二人は、廃村の中央と思しき場所にある一際大きな家に辿り着く。
匂いも、光も、そこから発せられていた。
「……イラリア、ちょっと待って」
「え ? うん……」
いくらなんでも怪しすぎる。
無警戒にドアもない入口から入ろうとする少女を背後から制止し、中を窺おうと
言葉通り、「ちょっと」だけ「待った」イラリアが入口をくぐったからだ。
(イラリア── !? )
慌てて廃屋へと入るジャスミン。
内部は土の床で、部屋を仕切る壁もなく、広かった。
その床にテーブル代わりなのか、木箱が置かれ、その上には調理用に炎を生み出す平べったくて四角い銀色のアイテム。
さらにその上には年季の入った黒いフライパン。
そしてその柄を持つ男。
「ミーノ !? 」
はぐれた仲間との思わぬ再開に、ジャスミンは驚きの声をあげる。
「……無事で良かった。ちょっと待っててくれ。今大事なとこなんだ……」
ちらりとミーノが二人を振り返り、すぐにフライパンへと視線を戻す。
目の離せない工程であるようだ。
彼の肩ではこの森で彼が支配下に置いたリスが何かをカリカリと齧っていた。
役目が済んだのだからテイムを解いているはずなのに、リスはすっかり彼に懐いてしまったようだ。
彼らパンケーキ団がよく目にした場面。
現代日本であれば、調理場に動物を入れていた、と SNS 上で大炎上するような風景。
大柄な身体に似合わず、料理が得意で、冒険中の料理当番を積極的に引き受けてくれていたミーノ。
いつもの光景のはずなのにジャスミンは望郷が叶ったような懐かしさを
「よし……こんなもんか」
大きなお皿をフライパンに被せて、それごとフライパンを引っ繰り返すと、お皿の上には狐色で、湯気をあげる焼きたてのパンケーキ。
「パ、パンケーキだ ! 大きなパンケーキだ ! すごい ! 冒険中にパンケーキが食べられるなんて ! 」
もはや理性を失いかけているイラリアがパンケーキに襲い掛かりそうになるのをミーノが慌てて制す。
「待て ! みんなが揃ってからだ」
ミーノが恐ろしく常識的なことを言い、普段のイラリアならばそんなことを言われることもないのだが、パンケーキとなれば話は別だ。
「な、なんで……なんでそんな意地悪なこと言うの……。お願い……なんでもするから……」
するりと彼女の薄手のローブが土の床に落ちた。
「うおっ !? たかが小麦粉と卵を混ぜて焼いただけのもののために身体を差し出そうとするな ! 」
「……だって」
片手で目を隠し、片手で服のボタンを外し始めたイラリアを止めながら、ミーノは叫んだ。
ジャスミンもそんなイラリアを少しだけ鑑賞してから、はっとして慌てて彼女を止める。
「わ、分かったから ! 食べていいから ! 服を着るんだ ! 」
「本当 !? ありがとう ! 」
思いつめた顔が一瞬で笑顔になり、瞳が細くなる。
そしてすさまじい勢いで大きなパンケーキが欠けていく。
「……それにしても珍しいね。パンケーキを作るなんて」
呆れたような、微笑んでいるような、そんな顔でイラリアを眺めるミーノに、ジャスミンが問うた。
「ん ? ああ、パンケーキなんて所詮はお菓子だからな。冒険中の食事には物足りないし、小麦粉や卵を持ち運ぶのも手間だからな。今はたまたまこの廃墟に色々と揃ってたからな」
ミーノの視線をジャスミンが追うと壁際に白い金属製の箱があった。
「あれって冷蔵用のアイテムよね。なんでこんな廃墟に ? 」
「さあな……調理器具もあったし、ここを拠点にしてる冒険者でもいるのかもしれんが……」
首をひねるミーノとジャスミン。
そんな二人にかまうことなく、イラリアを大きな声をあげた。
「おかわり ! 」
「……そんなに食べて大丈夫なの ? 」
「大丈夫 ! さっき胃袋に
「一体何の戦いなのよ…… ? 」
悪戯っぽく笑うイラリアとそれを
そんな二人のやり取りを眺めながら、ミーノは冷蔵箱の隣に置かれた木箱に向かう。
その上に今はイラリアのお腹に収監され、胃酸に攻撃されている無残なパンケーキを作った調理器具があった。
「ミーノ ! こんなに美味しいパンケーキを食べたの初めて ! 王島のお店で食べたのよりも美味しかったよ ! 」
「……そうか」
イラリアの称賛に振り向くことなく
小麦粉も何種類か使い分けているようだ。
「ねえミーノ、あんたが料理が得意なのは知ってたけど……そこまですごかったっけ ? まるでプロの料理人みたいじゃない」
「……実は、習ったんだ」
「誰に ? 」
ジャスミンは訝しげな視線をミーノに向ける。
「その……もう別れてしまったんだが……ちょっと前にカフェの料理人と付き合ってて……その時にコツを教えてもらったんだ」
リスを肩に乗せているとは思えないほどの厳つい顔が、はにかんだ。
「ほ、ほんとに !? 『テイマー』のスキルでテイムしたとかじゃなくて !? 」
「……お前は『テイマー』を何だと思っているんだ ? 人間をテイムできるわけないだろうが……」
「そ、そうだよね。ごめん……」
あまりにありえなさそうなこととはいえ、ついつい失礼なことを言ってしまったジャスミンをギロリと睨み、ミーノは手を動かしつつ話を続ける。
「まあ……彼女が飼っていた犬には少し協力してもらったがな……」
「やっぱりスキルを悪用してるじゃない ! 」
「人聞きの悪いことを言うな……。会話のきっかけにしただけだ……」
肩をすくめたミーノの動きが、突然早くなる。
「ぐおっ !? なんだ !? 」
それは彼自身の意志ではなかった。
二枚目のパンケーキを待ちきれないイラリアが彼に「
「……魔素をこんなことで無駄使いするな ! 」
「無駄 ? 何を言ってるの !? 好きなもののために一生懸命になるのは当然のことなんだよ ! だって好きなものは喜びを与えてくれる ! 喜びは生きる糧なんだよ ! 大事なことだよ ! だから私はパンケーキのためだったら、なんでもする ! 」
目を爛々と輝かせながら力説するイラリア。
「わ、わかったから、大人しく待ってろ ! 」
そんな二人のやりとりを苦笑しながら見つめたジャスミンはミーノの顔を見て、不思議に思った。
(……なんで……目元に……そんなにイラリアが喜んでくれて嬉しかったの ? ……まさかミーノ、イラリアのことを……いや、まさかね……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます