第120話 邂逅
「ああ……夢だ……夢に違いない……こんな都合のいいことがあってたまるか……」
皆とはぐれて、独りで目的の場所を目指すヴァスコは頭を大きく振った。
「こんなモンスターがうようよいる密林に……いるわけがないんだ……」
ヴァスコは熱に浮かされたような、ふらふらとした足取りで脇道に逸れる。
「でも……まあ……いいか……夢なら……」
そんな少年を、四本の柔らかで細い腕が出迎えた。
その根本には二人の裸の女性。
日常と発音は似ていても、その対極に位置する
一夜の夢のように。
────
「……遅いね」
イラリアは心配そうに、暗い密林を見やる。
目的の廃村らしき場所に辿りついたのはいいが、彼女達以外の姿はなかった。
「ここに来るまでの間にも結構モンスターが出てきたからね。ヴァレリアとギドはともかく、ヴァスコとミーノはちょっと心配だね。四人一緒ならいいんだけど……」
「盗賊」と「テイマー」は探索においては絶大な力を発揮する、冒険者パーティーに欠かせない職業だが、単独での戦闘にはやはり不安があった。
「……そうだね。私もジャスミンが一緒じゃなかったら……」
イラリアはぶるりと小さな肩を震わせた。
補助魔法を得意とする彼女一人では、何度か襲ってきた巨大な蝙蝠タイプのモンスター、ジャイアントバットに全身の血を吸われつくして、干からびてしまっていたことであろう。
感謝の目で自分を見上げるイラリアをジャスミンは笑って見つめ返す。
「お互い様よ。私だってイラリアの補助魔法がなかったら、やられてたかもしれない。だからイラリアと一緒で良かった ! 」
拳を握って勇ましく掲げてみせるジャスミン。
イラリアの猫のような大きな瞳が、笑顔になって細くなる。
ジャスミンは彼女のその表情がたまらなく好きだった。
「……イラリア」
戦闘時とは違った、熱さとも冷たさともつかぬ何かが背骨を上がっていくのを自覚しながらジャスミンが口を開いた時、不意にイラリアが小さな鼻を大きく動かした。
「この匂い…… !? 」
「どうしたの ? 」
「パンケーキの匂いだ ! 」
「何言ってるのよ。こんな廃村に……」
ジャスミンの至極まっとうな意見も、一度食欲に火がついたイラリアには届かない。
彼女はふらふらと人間の三大欲求の一つに従って、歩き出した。
────
「……フィリッポさん、まだあの魔法人形が言ったことを気にしてんすか ? 」
「そんなわけねえだろ ! 」
あれから明らかに口数の少なくなったフィリッポを気遣って声をかけたサンドロに怒号が返される。
しかしサンドロはそれを意にも介さず、続ける。
「気にすることないっすよ。人間は誰だってつながる相手によっては役割を演じなきゃならないもんっすよ。多かれ少なかれね。年下の冒険者には先輩として、部下には上司として、逆に上司には部下として……とか」
と肩をすくめて、達観したように。
「そして貴族のルチアナ様にはパーティーメンバーの『戦闘狂』として……か。だが大きな問題が一つある」
そんな大人な態度をとるサンドロにフィリッポは瞳に力を込めて正対した。
「なんすか ? 」
「例えば俺に女の部下がいたとするだろ。そいつと俺は上司と部下の関係なわけだ。だが共に仕事をこなし、やっかいな案件を片付けていくうちにどんどん距離が縮まっていくわけだ」
「はあ」
「だがそれはある場所で平行線になる。どこまでいっても交わらないんだ。なぜならそれは『仕事仲間』としての絆だからだ。俺と女部下という線が交わるためには、その関係性を一度ぶち壊さなきゃならないんだ ! そして再構築されるのだ。男と女という関係でな ! 」
「……ダイレクトにキモイっすね。女の子の部下をそういう目で見てるんすか…… ? イテっ ! 」
いつものようにフィリッポの理不尽な拳が飛ぶ。
「ただの喩えだ ! バカ野郎 ! 結局のところ、ルチアナ様にもっと近づくためには、このおかしな虚飾の関係を一度壊さなきゃならねえんだ ! 」
「まあ、それはそうっすけど……。それはルチアナ様が望んでることなんすかね ? 」
「当たり前だ ! 俺と真の絆で結ばれるのだからな ! 」
「……まあ最終的にそうなるとしても、もう少し今の関係軸でルチアナ様との距離を詰めてからの方がいいんじゃないすか ? 」
「そうだな。とりあえずもっと二人きりになれる状況を作って……」
「……おい、少し黙れ」
顎に指を当てて考えこむフィリッポを先頭でジャングルを行くロレットが制した。
夜の密林という危険地帯では至極当然な注意だ。
「なんだと…… ! 」
「……血の臭いっすね。……それ以外にもなんか腐ったような臭い……」
ロレットが手にした筒状のアイテムの先から伸びる光が、円形に闇をくりぬき、それが隠していたものを露わにしていく。
彼の手の動きに合わせて、円形の光は闇の黒を密林の緑へと変え、やがてその中に赤色が浮かびあがった。
血の色だ。
「……女の子みたいっすね。腕だけっすけど……こっちの脚は……男っすね」
「何にやられたんだ…… ? 丸呑みで捕食するポイズンドラゴンや、さっきから鬱陶しいジャイアントバットに吸血されたのとも違うぞ」
そんな彼らの疑問を解消してあげよう、と優しい心を起こしたわけではないのだが、めきめきと木をへし折る音がしてきた。
ロレットは無言で懐中電灯を思わせる筒状の光を放つ探索用アイテムをその音源へと向ける。
その光の中に現れたのは、腐肉で構成された竜だった。
今まで見たことも無い化け物。
その咆哮は空気を大きく震わせ、口元の腐肉と粘液をまき散らす。
「なんだこいつは !? 」
「どうする !? 」
「様子見しつつ時間稼ぎをお願いします ! 」
サンドロは手にした松明を腐肉の竜の方へ投げ、少しばかり目標を明るくしてから、杖を構えて呪文を詠唱し始める。
「クソっ ! 初見のモンスターとやり合うなんて非常識なことはしたくねえんだが……逃げるにしても夜のジャングルで元気いっぱいの化け物と鬼ごっこして勝てる見込みもねえ ! 」
フィリッポも松明を投げ捨て、両手で巨大な斧を構える。
「そうでもないさ。お前らを囮にすれば逃げられる」
そう言いながらも、逃げる素振りも見せずにロレットは背負った
装着者であるロレットが向いた方を照らすようにライトが取り付けられていた。
夜間戦闘用の兜だ。
「髪型が崩れるからあまり使いたくはなかったが……」
「何カッコつけてやがる !? そんな良い兜、どこで手にいれやがった !? 」
「王島の娼館の待合室で意気投合した『錬金術師』にもらったんだよ ! 試作品だから使い心地を教えてくれってな ! 」
そう答えて、ロレットは剣を構えた。
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