第34話 本社応接室で、シェルディと対面

 もともとあった物件を購入して『フォックス・ホールディングス』の本社としているわけで、当然、一階には『応接室』に相当するものがある。


 そこにシェルディを待たせているという事で、アグリは廊下側ではなく裏口から応接室に入った。


「……おおっ、あなたが……」

「初めまして、フォックス・ホールディングスの会長を務めるアグリです」

「こちらこそ初めまして。ロクセイ商会の会長を務めるシェルディと申します」


 しっかりとスーツを着て、微笑を浮かべた好青年。


 それが、シェルディに対する第一印象といったところ。


「まず、お近づきの印に、こちらを……」


 アグリが椅子に座ると、シェルディはケースを取り出して、テーブルに置いて開けた。


 そこには金貨が並んでいる。


「……いやぁ。驚いた」


 アグリは溜息をついた。


「フォックス・ホールディングスの評価は、新聞や雑誌で確認しましたが、凄まじいものです。そんな組織との取引なのですから、これくらいは……」

「ああ、驚いたっていうのは、金貨に対してではあるけど、『そこ』じゃないよ」

「はい?」

「幻惑魔法を用いた偽装がかけられてるね」

「おお、初見で……これは失礼し――」

「二重に」

「……」


 アグリの言葉に、シェルディは眉を寄せた。


「本物の金貨に、強い幻惑魔法を使って『木の板』に見えるようにしている。その上に、弱い幻惑魔法を使って『金貨』に見えるようになってる」


 アグリは『金貨』を見下ろした。


「『金貨の提供』という意味で、本当のことを言いながら嘘をついているようなものだ」


 金貨から目を放して、シェルディを見る。


「驚きますよ。こんなものをいきなり見せられたらね」


 終始、アグリは無表情だ。


 幻惑魔法による偽装の練度は確かに驚愕に値するが、別にそれで表情を変えるようなものでもない。


「なるほど、あなたとの取引は、一筋縄ではいかないようだ」


 シェルディは内ポケットからカードを取り出す。


 テーブルの上に置かれたそこには、アスタリスクの紋章と、『BASE CARD』の表記がある。


「使うだけでAランク冒険者相当の実力を得られる魔道具になります。我々は、これをこの王都で広めたいのですよ。どうぞ。手に取って確認してみてください」


 アグリはカードを手に取って眺める。


「……ふーむ」

「起動しなければ、その効果は分かりませんよ?」

「同じ『ベースカード』でも、二種類あるみたいだ。いや、こっちの方が『オリジナル』かな?」

「はっ?」


 アグリは手に取ったカードを、両手でビリビリに破く。


「なっ……」


 シェルディが驚愕した。


「……はぁ」


 アグリの視線の先で、破かれたカードが魔力となって霧散し……一部が集まって一枚の金貨となり、テーブルに落ちた。


「……倒されると硬貨を落とす。この世界にいる全て……ではありませんが、モンスターの特徴だ」

「ほう、『正確な表現』を使うとは、なかなか……」


 シェルディの笑みが深くなった。


「量産品は本当にただの魔道具。起動しなければ効果を発揮しない。ただし、『オリジナル』の方はモンスター。使っていなくても、あなたたちの目的を果たせる。そういうことですか」


 カードに触れてから破くまでの間。


 そこまでで、間違いなく、少し抜かれている。


 カードを使っていないが、『オリジナル』の方であれば、目的を果たせるということになる。


「……過小評価していたことは認めましょう。本当に、強い少年だ」

「へぇ……初見でそう言われたのは初めてですよ」

「フフッ……では、私はこれで失礼しましょう」


 シェルディはソファから立ち上がった。


「……初見でこの対応。逃げも隠れもしないというその姿勢は評価しますよ。アグリ会長」

「そうですか……何を企んでいるのかは分かりませんが、俺の縄張りでは、ご注意を」

「そうさせてもらいましょう。では、また」


 シェルディはそう言って、ケースを回収して応接室を出ていった。


 ……シェルディが部屋を出た瞬間、アグリも応接室から飛び出す。


 鏡が置かれた控室があり……。


「キュウビ」

「おうっ!」


 部屋に入ってきたアグリの胸に、キュウビが入っていく。


 アグリにキツネ耳と、九本の尻尾が出現し、顔に、キツネ面のような赤い線がいくつか浮かび上がる。


 そのまま鏡の前に身を乗り出して……。


「『悪魔の瞳ラプラス・アイズ』起動」


 金色の瞳が、僅かに光る。


 鏡の中に映る自分の姿を、隅々まで確認。


「この力の全力行使は長くは持たない。どこだ。何を抜かれた?」

『あるじ。落ち着け』

「わかってる」

『俺様の力。悪魔の瞳ラプラス・アイズ。集中力強化。三つの同時行使は負担がデカいぜ。やりすぎると目の神経が焼き切れる』

「……」

『……ん? あるじの精神になんか。これは、驚愕? 何かわかったなら……ほっ!』


 キュウビが別の力を行使して、アグリが全力で使っている力の全てを一度『強制終了』させる。


 それと同時に、自身はアグリの胸から飛び出した。


 アグリのキツネ耳と尻尾が霧散していく。


「はぁ、はぁ……」


 目元をおさえて、荒く息をするアグリ。


「あるじ、落ち着け」

「ふぅ……ふぅ……お、落ち着いたよ」

「みたいだな。ただ、目はちょっとそのままの方が良いぜ」

「ああ……そうだね」


 大量の汗を流して、近くの簡易ベッドで横になる。


 キュウビはタオルを用意して、アグリの汗を拭いていく。


「……で、あるじ、何を引っこ抜かれたのか。わかったのか?」

「そうだねぇ……端的に言えば、『才能』かな」

「才能?」

「『脳から神経への命令伝達』……これが正確であればあるほど、人間の動きはより『理想』に近くなる。これは分かるね?」

「ああ。で、その『命令伝達力』を抜くってことか?」

「俺から見えたのは、そんな感じかな」


 アグリの端的な説明。


 キュウビはその説明を頭の中で何回か転がしたが……。


「理解すんのムッズ……」


 彼には難しい。


 というより、『神経』に対する深い理解を前提としたものであり、この世界基準だとかなり難解だ。


「戦闘面に限った話をすれば、この『伝達力』があることは非常に大きい。正確に動けても筋力が足りなければ攻撃が通らないことは多いけど、付与魔法で筋力を強化するなんてことは冒険者だと珍しくないからね」

「あるじの付与魔法は集中力強化に特化してて、筋力強化はそんな強くねえけどな」

「まあそれはそうだけど」


 ルレブツ伯爵邸でのビエスタとの戦いのとき。


 アグリは隙をみて突きを入れることはできたが、ビエスタの防御力が高すぎて通用しなかった。


 だが、筋力などをはじめとした『突き』に関する付与魔法を、幅広く、かつ全力で積み上げれば、文字通りビエスタの体に風穴があいただろう。


 しかし、アグリの付与魔法は『集中力強化』に特化した才能であり、それゆえに制約もある。


 ……キュウビがいれば、あまり関係のない制約だが。


「ただ、言い分はわかる。魔法は理解を深めると、正直『なんでもあり』だ。これを『理想』に近づけるのが『才能』であり、それをカードは引っこ抜いてるってことだな?」

「まあ、そうなるかな」


 パンチ力ならば、体を鍛えて、全身を使った適切なフォームを理解し、反復練習を積むことで高くなる。


 しかし、華奢な体格であっても、魔法への理解が深まると、魔法が持つ万能性によってパンチ力はどこまでも上がる。


 頭の中にある理想的な動きをどこまで現実で行えるか。


 それが『才能』というもの……いや、少なくとも、『カードを作った存在は、才能をそういうものだと定義している』と言える。


「とにかく、何が抜かれるのかがわかった。しかも、複製品じゃなくて、彼らの目的が詰まっている『オリジナル』で知ることができた。これは大きい」

「……ったく。あんまり褒められる作戦じゃねえぜ」

「わかってるよ」


 とはいえ。


 自分を実験台にという方針は、キュウビとしても気分は良くない。


「とはいえ、『予防線』はいくつも張ったうえで行ったことだ。俺様からとやかく言う事じゃねえか」


 キュウビは溜息をついた。


 ★


「会長。どうでしたか?」

「そうだなぁ……カードの普及で言えば、フォックス・ホールディングスはかなり難敵だ。まあ配らない理由はない。本人が使わずとも、知り合いに配れば、それだけで我々の糧になる」

「そうですね。自分で使わないなら、誰かに渡すことは考えられますから」


 まさか『ミニスカワンピ』のノルマになるとは夢にも思うまい。


「……それで、アグリはどうでしたか?」

「正直、かなり驚いたな」

「そりゃ驚きますよねぇ。あんなに美しく、強く、賢い人なんてなかなか……」

「ああ、まあ、そこもそうなんだが……」


 シェルディは不思議そうな表情になる。


「何がどうなると『ああなる』のかと思ってね」

「え?」


 シェルディは呟くように言った。


「十年以上も前か。彼の両親を殺した時、写真で見たんだよ。名前だけだと確信を持てなかったが、魔力の波長を見る限り、両親と似通っているから間違いない。何がどうなれば、ああなるのか……世の中はわからんな」


 呟くように、そう言った。

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