第三章 本部からの刺客
第62話 ランはアホである。
冒険者協会本部が騒いでいる。
もしかしたら、本部が抱えている『宝』が動くのではないか。
そんな思惑が上で飛び交っているとしても、それを感知するためには、とても高い分析力と情報感知が必要になる。
要するに、上がアレコレ動いているだけで、下に情報が来ていない以上、平和と言えば平和である。
「……相変わらず、王都の冒険者事情は変わらねえなぁ。とりあえず、べレグ課以外には借金してませんよ。みたいな状態までもって行けたのは間違いないが……」
「べレグ課は低金利だからね。それでなんとかしのぐことは出来るけど、そこから盛り返せるかどうかはそれぞれの力量次第だね」
「まあ、金はあるんだし、大丈夫じゃね? 明らかに、他への借金額以上にこっちから借りてたやつが多かっただろ」
「……まあ、低金利で借りれるところがあるんだから、そっちで多めに借りておこうっていう程度のしたたかさなら、こっちもとやかく言わないよ」
本社の執務室。
書類を確認しているアグリだが、どうやらその『貸出額』をみて苦笑している様子。
「金貨の貸し出しかぁ。ダンジョンだと、特に数えもせずに、手に入れた硬貨はアイテムボックスに突っ込んでたから、どれくらいあったのか全然把握してなかったけど……」
「まあ、思ったよりあったんだな」
キュウビはアグリと話しながらも、砕氷機に氷を入れていく。
そして、蓋を閉じた。
「よし、準備完了。おりゃあああああああああっ!」
手回しのそれを全力で回す!
すると、下に設置された器に、砕かれた氷がどんどん落ちていく。
「ぴいいいっ! ぴいいいっ!」
それを見てランは大喜び。
……十数秒後、器に盛られたかき氷が完成。
キュウビはそこに苺シロップをかけた。
「やっぱ腕疲れるわこれ……ほい、ランちゃん。できたぞ」
「ぴいいっ♪」
ランは嬉しそうに器に近づく。
かき氷をクンクンと匂って、ムシャッと食べる。
口を動かして……ゴックン。
「ぴいいっ♪」
「美味かったみたいだな」
「みたいだな。ん?」
「ぴいいいっ!」
ランが興奮して、器に飛びついてむしゃむしゃゴクゴクと食べ始めた。
「あ、ランちゃん。そんな勢いで食べたら……」
「ぴいいいいいいいいいいいいいっ!」
頭がキーンッ! となったのか、食べるのが止まった。
「ぴ……ぴ……ぴいいいいっ!」
大粒の涙をボロボロとこぼして泣き始めた。
「ランちゃん……あほやなぁ」
「油揚げを初めて食べた時に、のどに詰まらせてたキュウビがよく言うよ」
「うるせえやい」
というわけで、アグリはランを持ち上げると、胸で抱きしめる。
「ぴいいいっ! ぴいいいっ!」
「うーん、慰め方がわからんね」
「ドジっただけだからな……」
まあ、これでランも分かっただろう。
美味しいからとむしゃむしゃ食べたらどうなるのか。ということが。
「……ぴっ!」
泣き止んだランが、アグリの胸から離れて、再びかき氷のところに行った。
そして、むしゃ……むしゃ……と食べ始めた。
「大きくなったらあんな極寒のブレスを吐き出すのに、小さいときはかき氷に耐えられないなんて、モンスターって不思議だぜ」
「十年前から見た目が全く変わらないキュウビもどうかと思うけど」
「あるじだって五年前から見た目変わってねえだろ」
「なるほど。見た目の話だとそうなるか」
「ぴいい。ぴいい……ぴっ!」
食べ終わった。
で、器を頭で押して、砕氷機にセット。
ランはキュウビを見る。
「……おかわりか?」
「多分ね」
「しゃーねえなぁ」
キュウビは再び砕氷機に立つと……。
「まあ、赤ん坊のころからお腹いっぱい食べたらいいさ。おりゃあああああああああっ!」
グルグル回して、中の氷を砕いていく。
「ぴいいっ♪ ぴいいっ♪」
嬉しそうなラン。
……どうやら、後悔はあったようだが、かき氷がおいしいのは確からしい。
「できたぜ!」
「ぴいいっ!」
キュウビがシロップをかけてランに渡した。
ランはシャクシャク食べ始める。
「ぴいいっ!」
良い笑顔である。
「ペットを飼う人間の真理が分かった気がするぜ」
「キツネがよく言った」
「人間と同じような思考回路を持ってるのは事実だぜ。ん?」
「ぴいい!」
食べ終わったようだ。
「……またおかわりか?」
「ぴいい!」
「……まあいいか。氷はまだあるし」
キュウビは再び、砕氷機を回し始めた。
……で。
「よし、次は苺シロップじゃなくてメロンシロップだぞ」
「ぴいい!」
黄緑の液体がかかったかき氷を見て喜ぶラン。
早速食べて……。
「ぴっ? ……ぴいいっ」
何か疑問に思ったようだが、直ぐに食べ始めた。
「なんだ今の反応」
「シロップって、色を変えてるだけで全部味が同じでしょ? ランは苺もメロンも分からないんじゃない?」
「まあ可能性はあるな。てか食い意地が凄いぜ……」
「ぴいいっ!」
「え、また!?」
「ぴいいっ!」
「……わかったよ。ったく、この砕氷機は人間用だから、俺様みたいなキツネには回しにくいんだからなまったく」
「キツネがかき氷を作るなんて誰も想定してないからね」
「まあ『油揚げじゃねえのかよ!』って突っ込まれるわな。おりゃあああああああああっ!」
というわけで、またできた。
「次はパイナップルのシロップだが……まあわからんだろうな」
「だろうね」
「今度、フルーツ買ってやろうぜ」
「それはいいとして……苺シロップという言葉を認識してないランが、苺と苺シロップを頭の中で紐づけられるのかな」
「……さあ? 多分できるんじゃね?」
珍しく自信なさそうな雰囲気でキュウビはそう言った。
「ぴいいいいっ!」
「まあうまそうに食ってるから良いか……いや、シロップ云々っていうより、果物を買ってきて、それを材料にシャーベットを作るところを見せればなんとなくわかるんじゃね?」
「まあなんとなくわかるかもね」
そう、なんとなくだ。
「ぴいいいいっ、ぴいいいいい♪」
……まあ、美味しかったら何でもよさそうではあるが。
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