第61話 騒動の後始末。アグリと国王の密会

「アグリ。私はとても満足しているわ」


 城から近い酒場の地下。


 高価な調度品が置かれた部屋で、アーティアはアグリを呼び出していた。


 高価なワインボトルを開けており、かなり上機嫌なのが分かる。


「ロクセイ商会の一掃。フュリアムの軍事権停止。確かに、仕返しとしては十分だよなぁ。俺様もここまでのことになるとは思わなかったぜ」

「軍事権を父上に返還するというのが良いわね。これが私に与えられていたら邪魔くさくてうんざりしてたでしょうけど」

「ん? アーティアちゃんは大きな軍事権は要らない感じか?」

「別に要らないわ。量より質。私のことを裏切らず、実力があり、即行動できる部隊があれば十分よ」

「発想が冒険者だね」

「大きいと動きが遅い。その反面、しっかりと経験を積ませて『仕事に慣れる』ところまでいけば安定する。それはわかるわ。ただ、私が欲しいのはそういう権力じゃないのよ」

「玉座に興味ないもんね」

「そうね。あんなものは座りたいやつが座ればいいのよ。意欲がなくて実力があるやつが候補になるのなんて、最後の最後でいいの」


 アーティアは玉座に興味はないが、流石に兄弟姉妹が何らかの理由でそこに行けないとなれば、自分が座ることも考える。というか玉座に座る。


 しかし、まだまだ権力闘争は続いているわけで、意欲的な面々がそれぞれの成長を続けてぶつかりあっていればいい。


 お前たちの邪魔はしないから私の邪魔はするな。


 それがアーティアのスタンスだ。


「軍事権がない。モンスターを倒せば硬貨が出てくるこの世界において、これはとても大きなことよ。きっと後悔してるでしょうねぇ」

「……なんつーか、相当嬉しそうだな。フュリアムってそんなにうざかったのか?」

「ええ。年に二百回くらいはくたばればいいのにって思ってたわ」

「ひど過ぎる……」


 アグリとキュウビは溜息をついた。


「……ぴぃ?」


 そんなアグリとキュウビを尻目に、ランは氷を舐めたり噛んだりしている。


「……で、このドラゴンのことはちゃんと聞いてなかったわね。一体何なの?」

「『氷越竜ラン・ジェイル』の幼体。と分析魔法で見えた。文献を見ていけばどこかで出てくると思うけど、俺は知らないね」

「俺様も初見だぜ。まあ、今はこんなにかわいいが、大きくなったらランは強いぞ」

「ほんとかしら?」


 アーティアは氷を噛んでいるランを見る。


 視線に気が付いたのか、ランはアーティアを見る。


 少し視線が下がって、アーティアのデカい胸を見る。


「……ぴいいいいいいいいいいいいいいっ!」

「なんで興奮してるのこの子……」

「赤ん坊だし、母性の象徴には目が行くんじゃね? あるじはないからな」

「俺にあったらおかしいでしょ」


 言い合っている間に、ランはパタパタと翼を動かして、アーティアの胸に向かってゆっくり飛んだ。


 アーティアは飛んできたランを手で優しく抱きしめる。


「ぴいぃ♪ ぴいぃ♪」


 なんだかうれしそうである。


 アグリに胸がないのがそんなに残念だったのだろうか。


「胸から離れないわね」

「胸がデカい子が近くにいると近づいていくパターンが多いな。あるじにないから周りに求めるんだろう」

「竜の赤ん坊ってそんな感じなの?」

「俺様が知るか」


 そのままアーティアの巨乳を堪能して、ランは離れていった。


 次に、アグリの頭の上に乗って、『ぴあぁ……』と欠伸をして、スヤスヤ寝始めた。


「アグリの頭の上を定位置だと思ってるのかしら」

「シャンプーするときと寝る時は離れるけどな」

「キュウビも時々、アグリの頭の上にいるわよね。いいの?」

「産まれたばかりの赤ん坊に席を譲るくらい別にいいぜ。あるじの頭に小便をかけたら焼き鳥にするけどな」

「同感よ」

「おいおい……」


 あんまりと言えばあんまりな会話である。


「成長ねぇ。まあ、そこそこ時間がかかるでしょうし、とりあえず置いておくわ」

「そういえば、フュリアムは今、何をしてるんだ? 俺様も調べたけど、情報は出てこねえぞ」

「部屋で引きこもってるわ。軍事権がなくなった後、兄上の実力だとあり得ない階層で戦っているのが目撃されてる。おそらく、シェルディから特別なカードを貰ったと思うけど……」

「もう、そのカードも使えない。メインシステムが、卵とアスタオーガしか認識しなくなったからね」

「兄上は確かに剣士として優秀よ。私ほどじゃないけどね。ただ、特別なカードを使っていれば、私よりも上だった……でも、今はその優位性もない」

「ま、軍事権を手にすることに重きを置いて過ごしてたんだろうぜ。兵士の運用で悪い噂は聞かなかったから、『無難な運用』はできる……いや、運用のマニュアルくらいあるか」

「そういうこと。ただ、アグリの逆鱗に触れて、全てを失ったわ。いい気味ね」


 可哀そうとは一切思っていないらしい。


 ……普段からどう嫌われていたらここまでになるのだろうか。


「……軍事権はまぁ、父上がどうにかするわ。宰相あたりのハゲが進行するかもしれないけど、まあその程度ね」


 アーティアは上機嫌でグラスを傾けて、液体を口に注ぎ……


「それについて話がある」

「ぶふっ!」


 扉が開いて響いてきた声に、液体を吹き出した。


 入ってきたのは、端的に言えば『美丈夫』だ。


 外見こそ四十代後半だが、見た目としてはフュリアムやジュガルと似た、短く切りそろえた金髪が良く似合う顔だちである。


 国王ではあるが、引き締まった体格に加えて、190センチとかなりの高身長。


 長男と次男が軽薄だったが……というか、性格の悪さではアーティアも兄たちと言い勝負をしているが、『精悍せいかん』という言葉がよく似合う。


 王としての覇気も高く、部屋に入ってきた時点で、空気を一瞬で染め上げた。


「ち、父上。どうしてここが……」

「昔から知っていたが、放置していただけだ」


 そのまま歩いてきて、アーティアの横に座った。


「さて、自己紹介は必要かな? 四源嬢アグリ」

「……お任せしますよ。ムガリア陛下」


 ムガリア・ヘキサゴルド。


 ヘキサゴルド王国のトップであり……二十年前、王国の『四大至宝』の一つである『大炎剣スルト』を振るい、隣国で発生した『魔物氾濫スタンピード』を単騎で壊滅させた。


 国王となってすぐの出来事であり、その際、炎の箱に閉じ込めるように全てのモンスターを焼き潰したことから、『棺炎王かんえんおう』の名が通っている。


「なら、本題に入ろう。交渉……というより、取り下げてほしいものがある」

「……フュリアムと交わした契約ですか?」

「そうだ。ただ、君の刀が母親の形見であり、それをフュリアムが理不尽な手段で奪おうとしたことも理解している」


 交わされた契約がどんなものなのか。


 そしてそこに至るまでの経緯。


 アグリにとって刀がどんなものなのか。


 ムガリアはそれらをすべて把握し、その上で、この場に『交渉』に来ている。


「……交渉と言うからには、何か、手札があると?」

「そうだ」


 ムガリアは頷くと、一枚の紙と一本の鍵を取り出した。


「私が提示するのは、アーティアに、本来なら扱えないレベルの宝物庫を使えるようにすることだ」

「……あるじは冒険者だ。国の王が直接何かを渡すのは辞めておいた方が良い。だったら、あるじと関係がある王族のアーティアちゃんにメリットを付与するってことになるわな」

「そうだ。鍵はメリットの付与で、紙に書いたのは、アーティアから排除できる王族としての責務だ。もちろん完全な撤廃はできないが、無駄に時間を食うものはリストに載せている」

「……アーティア、どう?」

「どうって……」


 アーティアは紙を見る。

 ……数秒後、頷いた。


「間違いないわ。これが通れば、確かに私にとって大きなメリットになる」

「……そうか」


 アーティアに対するメリットの付与と、デメリットの消去。


 第二王女と言う明確な『特権階級』であるアーティアに何かを付与するのは、間接的にアグリに対してメリットがある。


「ただ、本題はそこではなくてね」

「ん?」

「この鍵で入れるレベルの宝物庫はどれも強力だ。そして……君の父親、エリオットが遺したアイテムもある」

「えっ……」


 本当に珍しく、アグリはとぼけたような表情になった。


「紙には、宝物庫にあるアイテムを部外者に貸し出す際の、面倒な手続きを不要とするものを載せた。これと、宝物庫の鍵をアーティアに与えることで、エリオットがこの国に献上したとあるアイテムを使えるようになる」

「宝物庫のアイテムってことは、借りることはできても貰う事は出来ねえな。というか、国に献上するって決めたのはあるじの父親本人だろうし……落としどころとしてはそうなるか」


 キュウビは頷く。


「……で、なんであるじの父親がエリオットって知ってんだ? 友達の子供を預かってるって体裁を取ってて、実の子供だと言ったことはないはずだぜ?」

「なぜそうなったのかは言えないが……私は、君が生まれた時、その病室にいたからな」

「なにぃ!?」

「あの時は……そう、まさかこんな美しく育つとは想像もしていなかったが……」

「それは俺様の努力の結晶だぜ!」

「そうか……とまぁ、そんな感じだ。エリオットとは、そのレベルで付き合いがあった。それだけのこと」

「まあ一応納得しておくぜ! ていうかそれ以上話すつもりには見えないからな!」

「そうだな。今はまだ話せない。それで、どうかな?」


 ムガリアは問う。


 いずれにせよ、アグリとフュリアムの契約を、国王であるムガリアも撤回できない。


 フュリアムの軍事権を戻すことの意義に関しては、ムガリアの中ではいろいろある事だろう。


 そして、今のアグリに、エリオットが遺したという何かのアイテムに触れる機会はない。


「ああ、当然だが、ダンジョンのラスボスまで倒せる君にとって、そこまで大きなメリットと言うものではない。あくまでも、エリオットが遺したアイテムの触れ、それを使う機会を得られるというだけの話だ」

「でしょうね……」


 アグリは溜息をついた。


「その交渉、乗りましょう。裁判所の方に、契約書の撤回要求を出しておきます」

「助かる。正直に言えば、フュリアムはどこかで鼻っ柱を折ることができれば良く育つと思っていたからな。アーティアも、食って掛かってこなければ、誰が玉座に座ろうと関係ないだろうし」

「まあ、それはそうね」

「しっかし、デカいカードだなぁ。ここで切ってよかったのか?」

「ああ。協会本部が騒いでいるし、『宝』が動くという噂もある。それとも無関係ではないからな。このタイミングであることは重要だ」

「一体どんなアイテムなのやら……」


 キュウビはやれやれ、と首を振った。


「とにかく、あの契約が取り下げられると決まれば、こちらとしてはこれ以上話すことはない。急に来てなんだが、失礼する」

「……ええ、貴重な機会でした」


 というわけで、ムガリアは部屋から退出し、後に残ったのは、妙な空気となる。


「ぴぃ……ぴぃ……」


 何もわからないランだけが、シアワセそうな顔でスヤスヤしていた。

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