第60話 多忙なべレグ
「はぁ、今日も人が多いなぁ」
冒険者支部のべレグ課は、今は何かとすることが多い。
冒険者たちがカードを使わなくなったことで、カードを前提とした企画が立ち行かなくなった。
これによって多くの会社が借金を抱えており、今も深い階層に潜れるアグリ勢力圏……その中でも使われない素材がべレグ課を通して表に流れるため、『持ってるアイテムを買わせてくれ』という話が凄まじい数になっている。
ただ、用意できるかどうかと言われれば、アグリが41から50層あたりで暴れまわれば可能な話ではある。
アグリの戦闘力は文字通りトチ狂っているので、頼めばやってくれるだろう。
だが、この手の話は、『出来ると思われたほうが厄介』ということでもある。
アグリとしては、今回多くの会社が借金を抱えることになったのは、降って湧いた災難という事にしている。
深層で暴れまわった結果、金なら余っているので、とりあえず金を低金利で貸し出して場を濁せと言う話になっているのだ。
「課長」
「ん?」
「面会依頼。どんどん来てますよ」
「王都って広いなぁ」
アイテムがあると思われるのが面倒につながるのか。金があると思われるのが面倒につながるのか。
結局、どちらであろうと面倒な話ではある。
ただ、アグリとしては、わざわざ彼にとって浅い階層であるAランク相当フロアに行く気はない。そこまでの配慮はできない。
そのため金を出しているわけだが、言い換えれば『べレグ課に行けば低金利で大金を貸してもらえる』という話が凄まじい勢いで広まっている。
これが、冒険者に関わる会社であれば構わない。
べレグは冒険者支援部の職員であり、冒険者やそれに関係する組織に対して、何らかの援助をするのは当然のことだ。
ただし、書類を見ていると、『これ貴族とくっついてる商会だろ』と思うところもある。
「冒険者関係じゃないな。貴族とべったりくっ付いてるやつも多くなってきてるし……」
「彼らの主張も滅茶苦茶と言うか、邪道も道というか……アグリ勢力圏は第二王女と関係を持っているのだから、既存の枠組みにとらわれることはないと……」
「実際、冒険者じゃないアーティアとくっついてるのは事実だからなぁ。ま、そこは否定できないし、もともと、そこで金を貸す貸さないと区別する気はないんだが……」
「面会するときに、『お金くれるんだよね?』といった表情で来るのが腹立ちますね」
「だな」
別にくれてやるわけではない。低金利なだけで借金は借金だ。
「ただ俺としては、『ここまで金を出し続けても、誰もそれを恐怖しない』っていうのが、逆に寒気がするけどな」
「確かに……とんでもない額が市場に放出されてますし、それを可能とする実力がいったいどれほどの物になると思ってるんでしょうか」
「兵士もダンジョンに実戦訓練と資金調達を兼ねて潜るから、そっちに行けば異常性は分かるかもな。ただ、『一般人』は本当に理解してないし……」
「あと、借りてくる相手を少し調べましたが、どこかの王族が後ろにいますね」
「ん?」
「第一王子と第二王子が政治的にほぼ死んでますから、今、金を用意できれば玉座も見えると考えている人が何人かいます」
「ああ、そういう……」
要するに、王族から商会に『べレグ課から金を最大まで借りてこい』と言って、その命令を受けた商会が実際に大金を受け取る。
この金をいろんな
第一王子と第二王子の政治的な失脚に加えて、アグリに近いアーティアは一応、『冒険者を支持基盤としていて権力闘争から一歩引いている』とされている。
今、ここで金を集めることができれば、今後の権力闘争に大きくリードできる。
そう言う思惑が裏にあるようだ。
金貨を借りまくることで、べレグ課。ひいてはアーティアが使えるカネもどんどん減っていく。という考えもあるだろう。
「今頃、そう言う妄想をしてるやつは、『商人に良い顔をしたいからと大金を配り始めたのが運の尽き』とか思ってんだろうな。普通に考えたら、こんなことをやってたら資金が枯渇するし」
「ですよね……」
「実際どうだ?」
「まあ痛くもかゆくもないかと、大量の金貨が入ったアイテムボックスを用意してもらいましたが……正直、減った気がしません」
「姉貴ってやっぱバケモンだな」
「今さらかと」
違法であるなしに関わらず、よからぬこと、悪いことを考えている者は大勢いる。
だが、それらを鼻で笑って見下せるほど、アグリがヤバすぎる。
「あ、それから……この支部に、本部からの通達がありました」
部下は一枚の紙を取り出した。
「え、そんなにあったのか?」
「はい。どうやら……あの『宝』がこの王都に来るようです」
「へぇ……まあ、ここまで意味わかんないことが起こってる以上、本部から誰かは来ると思ってたが、想像以上のものが飛んできそうだな」
「ただ、あの『宝』を動かすには、かなりの交渉カードが必要と聞きていますが……」
「支部長、たぶんロクセイ商会から大量の金を貰ってるだろ」
「え?」
「氾濫調査を強制するために、がっぽり貰ってるはずだ。それを使って、本部に掛け合ったんだろ」
「……そういうことですか」
べレグは通達書類を読む。
「……はぁ」
「何か?」
「俺の中で、王都にやってくる本部の奴は、調子に乗った野心家だろうなって、そんな予想ができただけだ」
「めんどくさいですね」
「めんどくさい。どうめんどくさいかっていうと、姉貴の逆鱗に触れるのかどうかがわからんって話だ」
「はぁ……」
「冒険者は世界人口の千分の一。言い換えれば、千分の一の規模しかないのに、血統国家や宗教国家と渡り合ってる巨大な権力を持つ。ただ、本部役員って、それにしては人数が少なすぎるんだよ」
「要するに?」
「大きな権力を少人数で独占してる状態だ。ま、調子に乗って当然と言えばそうだが、姉貴みたいなやつに余計な手出しをするなって、どれほど上が考えられるか……」
「不安しかありませんね」
そういうこった。
書類をテーブルに置いて、ため息をつく。
「……一波乱ありそうだな」
「一回だけだといいですね」
「そうだな。本当にマジでそうだな」
部下の補足にすごく頷くべレグであった。
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