第59話 アティカスとユキメ

「……アティカスさん。何かありましたか?」

「……あったように見えるか?」

「ええ」


 アンストの酒場。


 アティカスが落ち込んだ様子で、酒をチビチビと飲んでいるのを見て、ユキメが話しかけている。


「……身内なら話しても良いって言われたから、言うけどさ。俺の親父、見たことあるよな」

「ええ、私も三か月ほど、ウロボロスで働いてましたから」

「だよな」

「こういう外見ですから、そういう目でよく見られましたよ。もっとも、その時は娼婦を何人も買えるような立場でしたから、見られただけですが」


 茶髪をボブカットにしたミニスカスーツのクール系美少女。


 それがユキメの外見を端的に表現したものであり、そもそも美少女ばかりが集まるブルー・マスターズの元サブリーダーと言う経歴も合わせれば、ルックスのレベルは確かなものだ。


 文字通り『見られる』のは日常茶飯事だろう。


「……その親父の意味わかんない思想が、他人から植え付けられたものだって、はっきり言われたよ」

「……そうですか」


 精神に関わる魔法は、探せばいくらでもある。


 それを取得することは容易ではない上に、使えることがバレたら権力者に囲まれて世に出ることはないだろうが、事実として存在するモノだ。


「……しかも、植え付けられる前はとても聡明な男だったって言われてさ。俺、親父のそんな姿は知らないんだよ」

「ということは、アティカスさんが生まれる前に植え付けられたと」

「ああ……」

「ところで、そのガイモンさんは一体どこに?」

「調べたんだけどさ。親父がウロボロスから追放された次の日に、門から出ていくのが見えたって。そこからの行方は分からない」

「……まだ会えてないという事ですね。しかし、不思議ですね。次に会うときは、実質的には初対面という事ですか」

「そう……なるのかな」


 植え付けられた思想は、その変貌を実際に目にしたラトベルトから見て、『生き恥』の恐ろしさを思い知ったというほど。


 であれば、それを植え付けられてから生まれたアティカスは、『以前』のガイモンを知らない。


 別人に成り果てた男がその人格を取り戻したのだから、次にアティカスがガイモンに会うときは、文字通り『初対面』と言える。


「では、初めて会う父親に、恥ずかしい姿は見せられませんね」

「あー、うん。そうなんだけどさ……俺、親父に酷いことを言いまくったんだよなぁ……」

「お前を父親とは思わない。とか言ったんですか?」

「言った」

「なるほど、要するに……会いたい気持ちはあるけどどんな顔をして会えばいいかわからないと?」

「……たぶん、そうだな」

「『酷い事言ってごめん。また親父って呼ばせてくれ』と言えばいいじゃないですか」

「そんなもんか?」

「意地を張っていても仕方がないでしょう。何を言うのかを決めておいた方が良いのは事実です。いつどこでバッタリ会うかわからないんですから」

「……」


 アティカスは『言われてみれば、なんでこんなに意地を張ってるんだろう』と言う思いが強くなってきた。


 原因の一つと言えるのは、段階を踏まずに、一気に『全貌』にたどり着いたからだろう。


 何故ガイモンがラトベルトに気が付き、そして挑むことになったのかはわからない。


 ただ、普段のガイモンの振る舞いの元凶として、植え付けられたものであるという言質を得たことと、そもそもこの件に関して、そんな『裏』があるとは想像もしていなかった。


 頭の中でガイモンに対するギャップが大きすぎて、気持ちの整理がつかない。


 ……アティカスがまだ十七歳の子供であると考えれば、ここまでフラフラするのも分かる話ではあるが。


「……そうだな。親父に会ったら、言いたいことを言えばいいか」

「それでいいでしょう」

「……はぁ」


 アティカスは溜息をついた。


「……親父がクソ野郎だって思ってさ、あんなに泣いたのに」

「話は聞いていますが、確かにひどかったそうですね」

「会長がベッドで一晩慰めてくれたけどさ、それが――」

「ちょっと待て」

「え?」


 アティカスは『流れ変わった?』という直感があった。


 そしてそれは正しい。


「姉様にベッドで?」

「ああ」

「二人きりで?」

「そりゃぁ」

「どんな体勢ですか」

「会長が俺の頭を胸に抱きしめてくれたけど」

「……」


 アティカスは気温が下がっている気がした。


「……アティカスさん」

「なんだ?」

「お前なんか嫌いだ」

「そんな直球に言います!?」

「姉様にそんなシチュエーションで慰めてもらっておきながらそんなウジウジしてるんですか? 私だってあの事件でふさぎこんでた時は上半身裸の姉様の体を撫でまわしただけなのに!」

「そっちの方がヤバいだろ!」


 ユキメはいろいろな意味でアグリへの執着が強いが、なんというかその……変態だ。


「でも撫でまわしたけど抱き着いてはいないんですよ! ファーストハグがアティカスさんってどういうことですか!」

「ファーストハグってなんだよ! ていうか俺が最初かどうかなんぞ知らんわ!」

「私の姉様リサーチによるとアティカスさんが最初になります!」

「マサミツだってベッドで一緒に寝てくれた時があるって言ってたけど!?」

「なにいいいっ!?」


 ユキメのアグリリサーチ。結構ガバガバである。正確だったら逆にヤバいけど。


「あ、あの変態は、私にそんな重要なことを隠していたとは、絶対に許せませんね」

「……」


 アティカスは何だか疲れてきた。


「ちょっと失礼します」

「え?」

「マサミツさんのところに行って話を聞いてきます。それでは」


 そういって、凄いスピードで酒場を出ていった。


「……はぁ。親父にあったら、とりあえず言いたい事言おうか。うん」


 何を伝えるか。

 何をしたいか、何をしてほしいか。


 いろいろ頭に思い浮かぶことはあるが……ユキメのようなタイプの変態を見ていると、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。


 自分に正直になればいい。それでいいのだ。


 ……周りから変態と思われない程度に、という前提はつくけど。

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