第63話 底知れぬ恐怖を知った零歳竜

 ランはアグリの頭の上を定位置としている。


 言い換えれば、アグリがどこかに行くたびに、ランの姿はよく見えるという事だ。


 特に男性冒険者の場合、多くはアグリよりも身長が高いので、アグリを上から見下ろす形になる。


 その状態だと、アグリもそうだが、ランのこともよく見える。


 とても可愛らしい上に、アグリの傍に居る人間を信用するのか、人見知りは基本しないタイプのようだ。


「姉貴が来たぞ!」

「おおおっ!」


 アンストにやってきたアグリだが、その頭の上にランが居て、傍ではキュウビが歩いて付いてきている。


「相変わらず活気はねえけど、あるじが来たら違うな」

「そうなるようなメンバーばかり揃ってるからね」


 というわけで、チラホラと暇なメンバーが外に出て来た。


「ぴいいっ♪」


 大勢が集まってきたが、笑顔で翼をパタパタ動かしている。


「姉貴と可愛い小竜のランとモフモフのキュウビ。やっぱり見てて良いよなぁ」

「そうだな。なんだかどこに行っても需要がある者が全て揃ってる」


 気持ち悪い発言をしているメンバーも多いが、アンスト……いや、最近は『狐屋』とも呼ばれ始めたフォックス・ホールディングスとその傘下だと日常茶飯事である。


 それが問題なのかどうかとなれば、もうすでに手遅れなので問題はない。


「姉様」

「お、ユキメちゃん」


 ユキメが酒場から出てきて、アグリを見つけて近づいてきた。

 集まってきた男たちに向かって笑顔を振りまいていたランだったが、ユキメの存在を確認。


 顔を見て、直ぐに、その下にある巨乳に目が行った。


「ぴいいいいいっ!」

「やっぱり興奮してるね」

「メスのはずだから男の本能じゃないはずなんだよなぁ。赤ん坊の竜ってそんなもんなのかね?」


 ランの巨乳に対するこだわりはわからない。

 なんせ、この世界においてメスのドラゴンは母乳が出ないのだ。


 母乳が欲しいから巨乳によりつくという本能はドラゴンにはないはずである。


 ……などという事をアグリとキュウビが考えていると、ランが翼をパタパタと動かして、ユキメの胸に飛んだ。


 そのまま、ユキメの巨乳に体を押し付けている。


「ぴいいっ♪ ぴいいっ♪」


 嬉しそうなラン。


「……」


 ユキメは特に表情を変えず、ランを手で撫でている。


「……そういえば、ランは普段から姉様の頭の上に?」

「そうだね。シャンプーの時と、寝るとき以外は大体頭の上にいるよ」

「なるほど」


 ユキメは頷く。


「要するに……ランの体には姉様の頭の匂いが染み付いているという事ですね」

「え?」


 何かをすごく納得した様子のユキメ。

 ランの体を両手でグワシィ! と掴むと、そのまま自分の顔にランを持っていって鼻で思いっきり息を吸った!


「すううううううううううううううううううううはあああああああああすううううううううううううううううううううはあああああああああああっ!」


 キモい。


「ぴっ!? ぴいいっ! ぴいいっ!」


 恐怖を感じて逃れようとするランだが、ユキメのアグリへの執着はとんでもない領域に達している。


 邪魔するという事はないが、堪能できそうなら限界まで攻めるタイプなのだ。なんだか性質がとても悪い。気がする。ではない。とても悪い。


「はああ……良い匂いですね」

「ぴいいいいっ!」


 ヤバい領域に達した恍惚とした笑みを浮かべるユキメ。

 ランの語彙力は高くないが、その中でも『こいつはヤバい』という印象はあったのか、必死に逃れようとするが、叶わない。


「では、これで」


 袋を取り出す。

 ユキメはその袋の中にランを突っ込んで……次に自分の顔面を突っ込んだ。


「ビイイイイイイイイイイイッ!」


 袋の中から凄い悲鳴が聞こえる。


「すううううううううううううううううううううはあああああああああすううううううううううううううううううううはあああああああああああっ!」

「ビイイイイイイイイイイイッ! ビイイイイイイイイイイイッ!」


 顔面を袋に突っ込んだまま深呼吸するユキメ。


 さすがのランもこれはとっても怖い!


 クール系美少女という高いレベルのルックスを元から持っていることもあり、一度変な方向に表情が動くとなかなか絵面がとんでもないことになる。


 それを超絶至近距離で見ることになったランは文字通り絶叫。


「ゆ、ユキメちゃん? そのあたりにしておいた方が……」

「……ふぅ」


 大満足。

 そんな雰囲気を隠しもしないユキメが、袋から顔を放して息を吐いた。


「ぴいいいいいっ!」


 ランが袋から慌てたように飛び出ると、そのまますごい勢いで翼を動かして、アグリの胸に飛び込んだ。


「びいいいいいいいいいいっ!」

「あ、あー、怖かったな。うーん……何というかごめんな? ああなった時のユキメって下手に止めると後でロクなことにならないからさ」

「ぴいいいいいいいいいいっ!」


 何を言っているのかはわからない。

 例え人語を話せたとしても、しっかりした言葉にはならないだろう。


 ただ、ユキメが怖い。


 それは、ランにとって紛れもない事実である。


「フフフ、フフフフフフ、姉様の髪の匂いがしっかりと沁みついていました。大満足です」


 あまりにもあんまりな発言に周囲はドン引きである。


 ……ただ、アグリが他者の性癖をゆがませることなど別に珍しい事ではない。大なり小なり、その精神には影響を与えるものである。


 それがヤバい方向に突っ走った場合、ユキメの様な人間が時折出現するという、ただそれだけの話ではある。


 それだけの話だが……こういうのは制御を間違えるとロクなことにならないのだ。


 そして最も根本的にヤバいことを言うと……。


「ドン引きはするけど誰も止めなかったね」

「そりゃそうだろ。だって……ここに居る全員が、さっきのユキメのことを心のどこかでは羨ましいと思ってるからな」


 そう、先ほどのユキメの行動だが、キモいとは思われるが、理解を示さないかと言われればそういう訳ではない。


 アグリと一緒のベッドで寝た。みたいな過去があるメンバーはちょくちょくいるわけだが、そう言うメンバーは大体が英雄扱いされる。


 アグリの美しさと強さと美しさと懐の深さと美しさで成り立っている(文法に間違いはない)のが狐屋の意思統一。

 非常に結束力は高いが、その反面、内側から何かが漏れると途端にマズい事態になる。


 で、アグリに直接触れるというのは、なかなか勇気が必要なのだ。


 そんな中、アグリの匂いが付いたペットのドラゴンの出現。


 これに大興奮する人間がいるという事だ。そしてその筆頭がユキメという事だ。


「なんつーか……世も末だな」

「そうだね」


 フォックス・ホールディングスは間違いなく、王国で最強のギルドと言って過言ではない。


 傘下となるコミュニティたちの強さもそうだが、誰も彼もが確かな実力者だ。


 ただ……アグリでまとまっているので、『こういう連中』も出る。


 最強とか最高とか最大とか、そんな看板などどうでもいい。


 アグリの何かを堪能できればそれでいい。


 ……確かに、世も末である。

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