第109話 女神が撫でれば竜は眠る

 戦場に姿を現したアグリ。


 その姿は、袖がなく、丈の短い羽衣であり、普段とは全く違う雰囲気を発しているため、まるで人形のようだ。


「災冥竜テラ・ディザスか。置き土産……思ったより、ラトベルトは色々抱えてるみたい」

「あ、あるじ……」

「分析もある程度済ませた。今は、必要なことをやろう。キュウビ。行くよ」

「お、おう!」


 キュウビは頷いた。

 彼の体が実体をもたないエネルギーに変わり、それがアグリの胸に流れていく。


 ……変化は速い。


 頭にはキツネの耳が出現し、九本の尻尾が伸びて揺れる。


 顔には、狐のお面を思わせる赤い線が入っていき……。


「産まれたばかりでこんなに暴れて、疲れてるだろうね。良い赤ん坊は、そろそろ寝る時間だ」


 瞳が、金色の輝きを放つ。


「さて、まずは……」


 まさに『九尾の狐女神』と評して過言ではない姿となったアグリ。


 次の瞬間、その姿がその場から消えた。


 姿を現したのは、テラ・ディザスの目の前。


「バオオオオッ!?」


 口にマグマをため込んでいたテラ・ディザスだが、いきなり目の前に、あまりにも美しい存在が現れたことでマグマが霧散した。


「ね、姉様」

「姉貴……」


 姿を現したアグリに、各々が声を漏らす。


「分析は済ませた」


 アグリは静かに告げる。


「少し、来るのが遅かったかな。もうちょっと早かったら、もっと楽だったかもしれない」

「え?」


 アグリの言っていることがわからない。

 そんな顔をしたときだった。


「バオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 テラ・ディザスの内側から、ブワッと莫大の魔力があふれ出す。


 次の瞬間……晴れていた空が曇り始めた。


「!?」


 ランが空を見上げて驚愕する。


 もともと、テラ・ディザスの出現によって、空は曇り始めていた。

 だが、ランが天を凍らせてバラバラに砕いたことで、『雲の再出現』は発生しないようになっていた。


 しかし、雰囲気が少し変わったと思ったら、空がまた、曇り始めた。


 そして直感的にわかる。


 今、ランに、空をどうにかすることはできない。


「『全力展開オールイン・タイム』だね。純粋なステータス強化として見るなら、それ以上のスキルは指で数えるほどしかない。さて……」


 アグリは左手の人差し指を空に向ける。


 次の瞬間、一瞬で、空が凍り付いて、砕かれた。


 ……雲の再出現は、ない。


「ギャウウッ……」


 ランが苦い顔をしている。


 直感的に出来ないと思ったことだ。


 それをアグリは、いともたやすく……。


「ううぅ?」


 いや、というより……ランはあくまでも、『氷越竜』の名を冠する上位のドラゴンだ。


 それを、人間が本当に可能なのか?


 アグリも十分おかしいが、『キュウビ』は一体……。


「ラン。いずれわかるよ。いずれね」

「グルルッ……」


 アグリは一切ランの方を向いていないが、見透かされたような言葉に息が詰まった。


「ぐっ、ギャオオオオッッ!」


 テラ・ディザスが、吠える。

 その口の中に、莫大なマグマを溜め始めた。


「お、おい、アレヤバくないか?」

「アティカス。この展開になって一々騒ぐな。別に何も起こんねえよ」


 アティカスが慌てたが、サイラスはもうすでに、ナイフを鞘に納めている。


「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 口から噴火ブレスを放出。


 まっすぐ、アグリに向かって放たれた。


「すうう……ふっ」


 向かってきたブレスに、優しく息を吹きかける。


 その瞬間、ブレスが砕けて、塵となって消えていく。


「ぎゃ、ぎゃおおおっ……」


 困惑しているテラ・ディザス。


 今、自分が、一体何を相手にしているのか、それが分からなくなってきた。


「何も、怖がる必要はないよ」


 九本の尻尾が光る。

 アグリがテラ・ディザスに右手の人差し指を向けると、そこに魔力が集まっていく。


「君を暴走させている『仕込み』だけど、どうやら君の中でも動いているらしい……ただ、関係ない」


 ピュンッと、レーザーが放たれて、テラ・ディザスの体に直撃。

 ……当たったはずだが、その龍の体は身じろぎもしない。


「……ぎっ、ぎゃ、おおおおおおおっ!」


 しかし、身体の中で、明確に『変化』はあったようだ。


 その大きなドラゴンの体を魔力が覆いつくすと、そのまま、体が小さくなっていく。


 そして……。


「ぱうぅ……」


 生まれたばかりの、小さな小さなドラゴンになった。

 アグリは転移で近づいて、テラを胸に抱きかかえる。


「ぱうぅ?」

「大丈夫。大丈夫。フフッ、お母さんが守ってあげる」

「ぱう。ぱううっ♪」


 テラは身体をアグリの胸に押し付ける。


「ぱううっ♪ ぱううっ♪ ぱう、ぱあああ……」


 大きなあくびをするテラ。


「今はゆっくり寝よう。いっぱい食べて、いっぱい遊んで、大きくなるためにね」

「ぱううっ……ぱ……ううぅ」


 限界だったようで、テラはアグリの胸でスヤスヤと寝始めた。


「……ふぅ、キュウビ、もういいよ」

「そうだな」


 キュウビがアグリの体から離れる。


 狐の耳も、尻尾も、顔の赤い線も消える。

 瞳の色も元に戻った。


「……そういやあるじ、あの影鬼は?」

「私の傀儡にして送り返したよ。もう彼は……以前の自分のことなんて、覚えてないと思う」

「ハハハ……あるじなりの解釈も、おそろしいっちゃおそろしいねぇ」


 キュウビは『来店した奴を操り人形にして送り返す』ということをアグリに提案したが、一体何が起こっていたのやら。


「まあ、そんなことはどうでもいいことだ。今は、テラがゆっくりできる寝床でも探そう」

「そうだな! あ、俺様とテラにも『黄金時代ゴールデンエイジ』を貰っておこっと」


 キュウビは黄金に輝く杖に金貨を入れて振ると、キュウビとテラの体が光る。


「よし、後はコイツは回収してと」


 杖から宝石を取り外すと、元の黒い杖に戻った。


「それじゃ、コイツを返してやることは終わりだぜ」


 キュウビが元気よく宣言した。


 そう、これで、一段落である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る