第110話【鬼と蛇SIDE】ラトベルトの撤退と新社長ビニオ失墜

「ふふっ、はははっ、あ、アグリ様ぁ……」

「感情がなかったはずの存在が、こうなるか」


 ラトベルトが用意した拠点。


 影鬼は、まず間違いなく、『五体満足』で帰ってきた。


 どこにも怪我をしていないし、ウイルスを仕込まれたわけでもない。

 魔法も使われた様子はなく、拠点に入る前に『かけられた魔法を感知、解析する魔道具』で見たが、何も見つからなかった。


 ラトベルトが持つ技術において、影鬼から『外部から何かされた形跡』を見つけることはできない。


「ら、ラトベルト様。私は、魂の場所を見つけてしまいました」

「そうか。で……何故その魂の場所を離れてここに来たんだ?」

「アグリ様からの伝言があるからです」

「なんだ?」

「『特に何も仕込んでいないから、優秀な駒として使うといい』」

「……」

「『感情のない存在は、それに管理する側の予測の範囲でしか強くならない。感情があるからこそ、想定を超えた強さを発揮することもある』……とのこと」

「そもそも、『強さ』とはなんだ?」

「それを聞かれた場合には、こう答える様にと。『許すことで器を大きくして、許せないことで能力を高めていく。その繰り返しで得られたモノ』とのことです」

「はぁ……」


 ラトベルトはため息をついた。


 アグリが彼につきつけたのは、『感情のない兵士の限界』ともいえる。


 何が良いか、悪いかの話ではない。


「本来、意志などあるはずもない私が今のように過ごすことすらイレギュラーだというのに、まったく……」


 ラトベルトは影鬼を見た。


「で、他には何かあるか?」

「特に何も、私はアグリ様から、ラトベルト様に、これまで以上に仕えるようにと厳命を受けました」

「……そのまま、四源嬢が抱えることはできたはずだ、お前は優秀な人材だ。そこまで四源嬢を崇拝していながら、何故ここに……」

「当然のことですが、アグリ様に私の知る限りの全てを話しましたから、それを元に考えた結果でしょう」

「お前には情報をほとんど与えていない。だからこそ、『呑まれても問題ない』として任せたが……それでも何かに気が付いたか」


 ラトベルトは机の引き出しを見る。


 そこには、『ルルティマ・ソスタ』のチラシが入っている。


「許せるということと、許せないということ。それが『強さ』を決定づけるというのなら……人が何を許せるのか、何を許せないのかを決められるのが、『女神』というわけか」


 結論を言うと。


「要するに、私がチラシを見て『これはマズイ』と思った時点で、私の負けか」


 剣も魔法も関係ない。


 アグリは、ラトベルトよりも『格上』なのだ。


「この国から撤退。亜人領域に引きこもりましょうか。どのみち、『感情』を得たお前がどの程度強くなっているのかを調べる必要もあるし」

「精一杯務めさせていただきます!」

「……はぁ」


 困った。


 ここまで『変貌』を遂げた影鬼を見て。


 その上で、『女神がいる酒場に行きたかった』という思いが、自分の中で大部分を占めているという事実に。


 ラトベルトは、本当に、困った。


 ★


 本部の『宝』だが、『誰に使ってもいいから、期日になったら確実に返せ』ということで、今は『ウロボロス』が使用権限を持っている。


 王都の冒険者協会支部の支部長が大金を使って本部と交渉し、宝が王都に運び込まれた。


 ただ、王都に持ってきたバートリーは失態で消えて、その上司のレミントンもいなくなったため、管理者の席があやふやだ。


 現状、大金を用意した支部長に一度管理権限が渡り、それがウロボロスの新社長ビニオに預けられたという『公式の書類』が存在する。


 要するに、『宝』を紛失した場合、責任を取らなければならないのは新社長ビニオである。


「や、止めてくれ! ら、ラトベルトとか言う奴が悪いんだ! 私は悪くない!」


 ウロボロスの社長室。


 そこでは、『本部』からやってきた兵隊たちが、新社長ビニオを拘束していた。

 手錠型の魔道具を手首に嵌められたことで、『上』は、責任を取るのはビニオだと判断したことが分かる。


「上の決定だ。本部の『宝』を盗まれるなど、あってはならないこと」

「は、犯人はわかっている! 何度も言っているだろう。ラトベルトと言う奴だ! 顔写真もある!」

「関係ない。お前は期日に宝を用意できていない。だから連行する。それだけだ」


 書類には、『期日に管理者が本部職員に手渡しする』という事になっている。


 手渡しする際、嘘発見魔道具などを使い、『これが本物かどうか』をしっかり確認する必要があり、そのほかにも手続きが色々あるためだ。


 本人が渡さなければならない。


 それは絶対だ。


 そこを守るのならば、『誰にどう使っても構わない』としている。


 紛れもなく、黒い杖『ブラック・ナーヴ』は本部の『宝』だ。


 本来なら、誰に使ったのかを逐一記録し、報告する義務を設けるべきだが、誰に、何人までと限定せず、『期日』だけを厳格に設定している。


 それさえ、それさえ守れるならば、何をしてもいい。


 それが『宝』だ。


 それを守れなかったビニオは、連行される。


 それだけのことだ。


「……よし、馬車に乗り込ませたな」

「はい……あの、隊長」

「なんだ?」

「『フォックス・ホールディングス』からの関係者から報告がありまして、四源嬢アグリが、『宝』を持ってこの王都に帰還中です」

「そうか」

「どうしますか?」

「もともと、期日を越えたら、発見し次第、回収することになっている。当然、謝礼に何かつけるが、『報告免除特権』が『最高レベルフル装備』とのことだな。となれば金銭では頷かんだろうが……まあそれは本部が決めることだ」

「わかりました。ところで、この話をあのビニオが聞きつけたら、『直ぐに戻ってくるなら問題ない』と言い出しそうですが……」

「関係ない」

「ですね」

「『宝』の扱いは、『協会長』が決めること。そして協会長は時間に厳格だ。それ以外は緩くする部分もあるが、『時間』だけはきっちり守る。それだけのことだ」

「ビニオにも言いつけておきます」

「ああ。任せる」


 連行する職員たちの間で、そんな会話があったそうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る