第67話【本部役員バートリーSIDE】 取らぬ狐の皮算用

 王都に向かう一つの馬車。


 端的に言えば、豪華絢爛だ。


 高級な木材を利用した外見からも分かる質の高さと、純金で作られた様々な飾りで、何よりも『富』と表している。


「クククッ、実にいい。実にいいタイミングだ。そう思わんか? エレノア」

「……まぁ、バートリー様にとって都合が良いのは事実っスよねぇ」


 馬車の中で話すのは、一人の青年と、一人の少女。


 青年の方は、『赤髪の野心家』といえる風貌だろう。


 年齢はまだ二十五歳であり、役員としては相当若い。

 ギラギラとした目で書類を見ており、貪欲な印象を周囲に与える顔だちをしている。


 そんな青年の横で別の資料を読むのは、一人の少女。


 金髪をポニーテールにしており、年齢はまだ十七歳と幼いが、それでも、その顔だちは端正な物。

 可愛らしいが、覇気がない、ダウナーといった印象がある。


 体つきも出るところは出て引っ込むところは引っ込んでおり、身を包むミニスカスーツも似合っている。


「ヘキサゴルド王国の王都。規模で見れば冒険者の中でも重要と言えるが、それでも、『宝を動かす』と言うレベルでなければ、本部役員の俺は動けないからな。俺が宝を管理するタイミングで、あの支部長から声がかかったのはツイている」

「……それはそうっスね。で、本命は何かあるんすか?」

「ああ、コイツだ」


 バートリーは一枚の写真を取り出す。

 そこには、キュウビの力を使うアグリが写されている。


「フォックス・ホールディングス……通称『狐組』の会長。四源嬢アグリっスね」

「そうだ。75層まで到達できるモンスターを倒した経験があり、大きな公認ギルドの頂点。そして何より、この美貌だ。こんなに美しい顔は見たことがない!」

「どうするんスか?」

「俺の派閥に組み込ませる。実力、組織力、容姿、どれをとってもここまでの奴はなかなかいない」

「何か、交渉カードはあるんスか?」

「俺は本部役員だ。俺が言えばそれは通るんだよ」


 バートリーは機嫌が良さそうだ。


「フフッ、本部役員は持ちうる権限が大きすぎて、基本的にこんなところまで降りてくることは出来ないからな。宝の行使だけで済ませるものか。ここで四源嬢を部下に引き入れる」

「それで?」

「75層まで到達する確かな実力があるんだ。この力があれば、協会長まで上り詰めることができる!」

「出世っスか」

「そうだ! そのための駒として動いてもらう」


 野心家。


 バートリーはとにかく、『上』に昇り詰めることを考えて動いている。


 でなければ、二十五歳で本部役員になどなれない。


「……まあ、私にバートリー様にどうこうする権限はないっスから、とやかくいわないっスけど……そんなうまくいくっスかね?」

「どういう意味だ?」

「バートリー様の部下にって話っスけど、ここまでの実力者となれば、かなりこだわりも強いっスよ」

「フン、俺には秘策があるから問題ない」

「秘策?」

「そうだ。俺の権限を使えば、冒険者を一人、辞めさせることなど容易い。俺はそんじょそこらの冒険者に対し人事権を持っているのだからな」

「……」


 エレノアは、上機嫌な様子の上司を見ていたが……。


「エレノア様!」

「ん? どうしたっスか?」

「も、モンスターが現れました」

「こんなところで? 珍しいっスねぇ」


 エレノアは溜息をついた。


「エレノア。さっさと片づけてこい」

「……はぁ、わかったっスよ」


 エレノアは立ち上がると、馬車を降りた。


 一体どんなモンスターが出たのか。と思いながら、前方を見る。


「冒険者の本部役員の馬車だな。時期を考えれば、『宝』がある可能性が高い。ここで奪ってやる!」

「……オーガ? これは想定してなかったっスね」


 赤い肌と角が特徴的な種族。オーガ。


 筋力は全種族最強……とまではいかないが、しなやかな筋肉で俊敏に動くことができる、確かな強い種族だ。


 だが、基本的には『西の山脈』を越えた先にある『亜人領域』に存在し、人間社会の中で見かけることはほとんどない。


「うーん。ただ、体はかなり頑丈そうっすね。オーガよりももっと上の種族のはずっス。ただ、なんか弱そうっスね」

「うるさい! お前たちは『宝』を持っているはずだ。ここで奪って、返り咲いてやる!」

「……別に何を企んでもいんスけど、迷惑を掛けたら拳がかえってくるっスよ?」

「黙れ!」

「はぁ……」


 刀を構えるオーガに対し、エレノアはレイピアをアイテムボックスから取り出して、鞘から引き抜いた。


「分析魔法の結果は……名前はシェルディ。種族名は……『ハイオーガ』っスね」


 エレノアは駆けだす。

 明らかにパンプスで出していい速度ではないが、一気に、シェルディに肉薄。


 そのまま、シェルディの心臓にレイピアを突き立てた。


「がっ……」

「なんか弱いっスね。何も才能がない人って感じっス」

「かっ、ごふっ」

「別に調子に乗るなとは言わないっスよ? 発言は誰が何をやろうと自由っス。ただ……それを言う資格がないのにゴチャゴチャ言うのは、恥ずべき行為だと思った方が良いっスね」

「くそ……が……」


 エレノアがシェルディの胸からレイピアを抜くと、シェルディはその場に倒れて、金貨を残して消えていった。


「……持ち物を考えると、徒党を組んでいた可能性があるっスね。ただ、ここには一人で現れたっス。多分、『何かの失態の責任を取るために、宝を奪ってこい』と言われて、ここに来るハメになったとか、そんな感じっスかね」


 エレノアはため息をついた後、空を見上げた。


「それにしても……ヘキサゴルド王国の王都っスか。四年ぶり……そう、アグリ姉さんに初めて会ったとき以来っすねぇ。こんな形で再会になるとは」


 エレノアは、自身の首に触れる。

 そこには、一見、何もないように見えるが……。


「そう、まさか、本部の権力闘争に揉まれて、首輪をつけられた状態で会うことになるとは、思ってなかったっスよ。処女を捧げるのは姉さんが良かったんスけどねぇ。まさか無理矢理された後で会うだなんて、世の中は上手くいかないっスよほんと」


 最後にそんなことを呟いて、エレノアは馬車に戻っていった。

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