第66話 オーバスの焦り

「べレグ。お前たち『べレグ課』を、『オーバス課』の傘下に加えてやる。光栄に思え!」

「重要な話があると呼び出して何を言うかと思えば……いや、大体予想はしていたが」


 支部は慌ただしい。


 本部から『宝』を持った役員が来るという話があり、緊張感が漂っている。


 そんな中、べレグはオーバスから呼び出されて、『オーバス課』の執務室に来ていた。


 ただ、オーバスがべレグに何を言うのかとなれば限られている。


 そのうちの一つが飛んできたというだけで、別にこれと言った驚きはない。


「まあ返答としては、忙しいからそういうのはやめてくれ。だな」

「金を配りまくっているそうじゃないか。そして、今も面会希望が多いんだろう? その対応に追われて、業務が滞っているのではないかと思ってな。金を貸すだけなら誰でもできる。大金をオーバス課に預けるなら、その業務を代行してやってもいいぞ?」


 ニヤニヤしながらべレグに言うオーバス。


 傘下云々も彼にとっては重要だろうが、第一は『金』らしい。


「……なあオーバス」

「ん?」

「カジノに入るお前の姿を見た。という報告が私に届いているが、預かった金の中から借金を返そうと思ってないか?」

「な、何を言う!」


 べレグの指摘にオーバスは汗を流す。


 彼の推測では、オーバスはカジノに入って大負けした結果、借金がかなりのものになった。


 ただ、カジノというのは、持っている金をメダルに変換して行うものであり、無い物は出せない。


 金は借りるか、借用書にサインを入れなければメダルは手に入らない。そして当然のことだが、金を借りることを強要することはこの国ではできない。


 べレグとしてはこの時点で、『金を借りたんならディーラーにカードを配らせるんじゃなくて冒険者に投資しろよ』と思うのだが、その思いが通じたことはない。


 ちなみに、オーバスがカジノで大負けするのはこれが初めてではないが、今までは担当している冒険者ギルド……いや、今ではコミュニティだが、『ウロボロス』が絶好調だったため、その金をうまく引っこ抜いて返していた。


 貸す側としても、『オーバスは中抜きが上手いし、ウロボロスも好調だからカネは返せるだろう』ということで貸しやすかったはず。


 ただ、最近、オーバスの羽振りは良くない。


 ウロボロスとしかつながりを作っておらず、そして手に入れた金はほとんど嗜好品につぎ込んだため貯金がない。


 今ではウロボロスもギルドからコミュニティになり、規模も成果も縮小している。


 当然、そんな重要な情報を金貸したちが知らないはずもなく……。


 要するに、オーバスに信用がないのだ。


 で、まあ、紆余曲折があって金は貸したが、結局は大負け。


 どうやって返済するんだろうなー。と、金貸しは償還期限が記載された紙を見ながら思うわけである。


「引っこ抜くわけがないだろう! 私をバカにしているのか!」

「そこまで暇じゃない。お前が言うように、べレグ課は今、忙しいからな」

「そう、その金貸し業を代行してやると言っているのだ。オーバス課は人数も多い。金は経済活動において重要なものだ。その動きがネックになるのは、評判が下がるぞ」

「別に下がっても構わん。自分たちで金をどうにかできるのなら、そうしてもらえばいい。貸すが、借りろと命令しているわけじゃないからな」

「ぐ、ぬぅ……」


 評判と言うのは自分たちで思い通りにするのはとんでもなく困難だ。


 ただ、『評判なんて別にどうでもよくね?』と開き直れるのがべレグである。


 べレグにとって『重要』なのはアグリだが、そもそもアグリは狐組において『絶対』であり、そこが揺らぐことはない。


 アグリは狐組の『外』と密接なかかわりを持とうとはしない。


 あくまでも、自分が何らかの形で関わった人間に声をかけて、そうして集まったのが今の『フォックス・ホールディングス』とその傘下のコミュニティだ。


 べレグ課はあくまでも支援部であり、冒険者にとって便利な存在ではありたいと思うが、その冒険者と言うのは狐組だけであり、金を借りに来ている諸々の連中に関しては、心底どうでもいい。


 ただ、アグリは自分の力の影響力を理解しており、そんな自分とシェルディの『超常存在対決』によって王都が揉まれたため、その分は補填すると言っているだけだ。


「話がそれだけなら、これで帰るぞ」

「ま、待て! 狐組は規模も大きいのだろう? べレグ課の職員だけでは足りないのではないか? オーバス課がそこに加われば……」

「あのな……」


 べレグは溜息をついた。


「全盛期のウロボロスにとってのお前たちと、あんまり変わらんよ。そもそも……支援部が持つ権限について、会長は俺よりも理解している。自分たちの知識だけでどうにかできるのが、今の『フォックス・ホールディングス』と言う力だ」

「なっ……」

「ただ、どこかに身を置いた方が余計な面倒にならずに済む。そのためにべレグ課は出来た。それだけだ」


 アグリが『べレグ課を作った』のは、身の置き所を確定させるため。


 ウロボロスがオーバス課にくっついたのは、余計な争奪戦を起こさないため。


 ただ、それだけのことだ。


 自分たちでどうにかできるのに支援部と繋がる理由など、『支部に混乱を与えないための配慮』でしかない。


「では、失礼する」

「ぐっ……わ、私は支部長ともつながっている。ここでオーバス課の傘下に加わらなければ、後悔するぞ!」

「もうすでに、そんな段階は越している。それじゃ」


 べレグはオーバスに背を向けて去っていった。


 ……そう、狐組は、『報告免除特権』が『最高レベルでフル装備』だ。


 そしてこれは冒険者協会のトップである『協会長』が絡む特権であり、巨大な王都に存在する支部と言えど、支部長程度ではどうにもならない。


 べレグにとっては、オーバスも、支部長も、大した相手ではないのだ。

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