第65話 『宝』の噂
「ぴい……ぴい……」
狐組本社の執務室。
ランはブルマスの食堂で食べたフルーツにはまったようで、戻ってきてからも食べていたが、流石に食べ過ぎたようだ。
で、食べたら寝るタイプなのか、アグリの頭の上で寝始める。
「……うーん。やっぱり赤ん坊ってことかな。あまり体力は多くないね」
「食べたら結構すぐに寝るからな。まあ、たくさん食べてたくさん寝たらいいと思うぜ。将来的にはあれだけ大きくなるんだからな」
「それもそうだね」
ちなみに、アグリとしては自分の頭の上で一匹の生物が寝ていることになるが、言うほど気にならない。
それだけランが軽いという事もあるが、そもそもアグリは『集中力強化』の付与魔法を得意とするため、仕事をしているときに雑念が入らない。
寝ているときのランは寝相もよく、滅多に動かないため、『ぴい……』という鳴き声が時々聞こえるのが気にならないならばこれと言った問題はないのだ。
「……そういや、協会本部の方で、役員が動き出したって話が出てきたぜ」
新聞を取り出すキュウビ。
そこには、協会本部で何か大きな計画が進んでいるという推測が記載されている。
かなり厳重な警備が付いた馬車が、ヘキサゴルド王国の王都を目指しているようだ。
「ムガリア陛下が言うには、『宝』が動き始めてるって話だね。それが本当なら、確かにこれだけの警備も頷ける」
「てか、その『宝』って何なんだ? 俺様も調べたけど分かんねえんだよなぁ」
「宝かぁ……端的に言えば、『冒険者が持っているライセンスを媒介として、高い『身体強化技術』を付与する』と言ったところかな」
魔力の使い方だが、人間視点だと二通りある。
一つは『魔法』だ。
魔力を火や水などの属性だったり、回復などの概念に変換することで行使する方法。
魔法使いと呼ばれる者たちは、いずれもこの技術を身に付けている。
もう一つが『身体強化』だ。
魔力は、物体に適切に『流し込む』ことで『質が上がる』とされるため、魔力をうまく体に流し込むと、膂力が爆発的に増加する。
牙も爪も鱗も持たない人間が他の種族にあらがうために開発されたものであり、剣をはじめとする近接戦闘職にとっては必須の技術だ。
なお、パンチ力という例で言えば、『身体強化』によるものと、『付与魔法』による強化では話が全く異なる。
例えば100が基準で10増やしたいとなった場合、付与魔法の場合は『プラス10』となるが、身体強化の場合は『一割増加』という物になる。
人間の動きは膂力や体幹によって総合的に決まるものであり、『身体強化で固定値の増加と固定値への変化は非常に困難』とされているのだ。
おそらく研究すればできるのだろうが、その人物の身体能力のデータを全て集めて、緻密な計算を行った末に可能になるものなので、現実的ではない。
「身体強化ねぇ……まあ、冒険者は身体が資本だし、一度体にそう言うのを覚え込ませることができれば、確かにこれから違うからな」
「ただ、ライセンスを媒介とするけど、誰にするかは細かく決められるね」
「ふーむ……なるほど、要するに、散々カードを配りまくっていたシェルディとは別。やってくる本部役員に良い顔をする奴がその恩恵を受けられると」
「そういうことになる。ただ、その宝があることで、冒険者協会は発展したと言っても過言じゃないね。やっぱり、魔法使いは育てるのも苦労するからさ」
「まあ、そりゃそうだな」
身体強化技術を仕込む宝が、冒険者協会の根幹を支えている。
この事実は確かにある。
というより、魔法というのは、出来る者にとっては本当に幅広い手札となる反面、効果的に発揮するのがとても難しい。
身体強化であれば、人間にとってこれまでやってきたことの延長線上であり、まだ参考にしやすく、様々な武術を取り込んで応用できる。
魔法は、扱えるものが限られているため戦術的な研究も難しい。
魔法なら遠距離攻撃が主になるが、弓などの技術的に開発可能なものとはわけが違う。
ダンジョンでパーティーに組み込んで、戦術的に動かすことはできるだろうが、『より高度な連携』と言えるものは出来ていない。
もちろん、魔法に関する研究をおろそかにするわけではないが、それでも、まだまだ、魔法は『どのように活かせるか』ではなく『何ができるか』を研究している段階である。
「……それをこの王都に呼び出して、一体何をやろうとしてんのかね?」
「さあ? ……ただ、大金を積んだ支部長だけが呼ぶ権限を持っているらしいし、何かあるんだろうね」
「何か……ね。どうなることやら」
キュウビは溜息をついた。
確定しているのは、そもそも協会本部が、かなりの権力を持っており、それを決して多くはないと言える人数で管理しているという事だ。
当然、一人が扱える権力は大きなものになる。
そんな奴が『宝』と称されるアイテムを手にやってきて、何も起こらないはずはない。
権力者を動かすという事ができる支部長と言う権限も確かに大きいのかもしれない。
だが、本部役員というのは、凄まじい力だと、アグリは思っているし、キュウビも否定はしない。
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