第68話 アグリの執務室にバートリー襲来

「あるじ」

「どうしたのキュウビ」

「これが月間収支表だぜ!」

「いるの? そんなの。報告免除特権に収益も含まれてるのに」

「気になったから作っただけだ」

「あ、そう……」


 狐組本社。


 アグリは執務室で、キュウビから一枚の紙を受け取った。


「……うーん。まあ、事実としてはこうなるよねって感じかな。金貨の桁数が凄いけど」

「俺様も思ったが……なんつーかその、なんて言えばいいのか……」

「金貨がただの数字に見えると?」

「まあそうだな。あるじって、金貨を手に入れることに苦労しねえし」

「金貨はダンジョンから手に入る。奥深くに進めば、人間社会のバランスを考慮しない報酬が発生する。そこで暴れまわっている以上、まあそうなるよ」


 アグリはキュウビの力を使うことで、90層以降で暴れまわることができる。


 これは確かな実力だが、そもそもその階層は、『人間社会のバランス』を前提としない。


 そもそも、『人外』であるSランクが51層から60層に潜るのが通例であることを考えれば、『人間』という種族にとっての『適切な最深部』は50層。


 それはダンジョンにとって半分であり、『世界』にとってはまだまだだ。


 そういう中で、アグリは『ラスボスを倒せる』わけで。


 何なら、九つまでなら『ラスボスのスキルすらもコピーして使える手段』を持っているわけで。


 言い換えれば、『人間社会』に必要な金の動きと言うのは、全てが『ただの数字』に見えるだろう。


 ただその反面、『つべこべ言わずに金を払う』と言うことが可能だ。


「一番出費として大きいのは……まあ、『報告免除特権』だよね。やっぱり他とは桁が違う」

「つべこべ言わずにこの金額を出せる組織なんて限られてるぜ……ん?」


 キュウビが扉を見る。

 すると、ミミちゃんが入ってきた。


「会長。本部役員の方がこちらに歩いてきてます」

「……応接室もあるのに、こっちに来てるのか」

「はい。どうしますか?」

「まぁ、どんな要件なのか、大体想定はできるけど……とりあえず聞くとしようか」


 次の瞬間、扉を蹴破って、青年と少女が入ってきた。


 青年の方は『いつものやつか』と思いつつ、アグリたちは少女の方を……エレノアの方を見る。


 そして驚いた。


 アグリとキュウビの視線は、エレノアの『一見何もない首』に向けられたが……。


「お前が四源嬢アグリだな? 俺はバートリー。冒険者協会本部役員だ」

「……確かに俺がアグリですけど」

「今日からこのギルドは俺の物だ。そしてアグリ。お前は俺の部下になる。とりあえず……することは分かってるな?」

「例えば?」

「わからないか? 今日からここは俺のギルドだ。会長が座る椅子にお前が座っているのはおかしいだろう。席を立て」

「……」


 同意も求めない。

 交渉もしない。

 ただ、自分が命令すればその通りになる。


 それを通せるほどの権力を本部役員が持っている。というよりは……。


「お断りします」

「何? お、俺の話が聞けないってのか? 俺は本部役員だぞ!」

「ええ、話を聞いても、俺には何のメリットもないので」

「お、俺の部下になれば、何でもできるぞ。本部役員の権力はお前の想像をはるかに超えるのだからな!」

「それが?」

「それが、だと? ふざけているのか!」

「ふざけてませんよ」


 アグリはため息を隠しもしない。


「ただ、全然興味がわいてこないから頑張ってプレゼンして。と言っているだけです」

「ほ、本部役員の俺の言うことが聞けないってのか! 圧倒的なエリートである俺の出世は何よりも正しい。その道を支えられる、超絶希少な人材という事に――」

「興味がないのでプレゼン内容を変えてください」

「……な、なんなんだお前は」

「俺は、冒険者です。そして多くの冒険者は、誰かの出世に興味があってなるわけじゃありません」


 アグリは冷めた目で見る。


 美しいルックスのアグリが『そう言う表情』を作るだけで、場の空気が変わる。


 ……もっとも、バートリーが、アグリ相手に場をコントロールするなど、不可能ではあるが。


「出世して、何がしたいんですか?」

「そ、そんなの、更なる酒、肉、女、薬を集めるためだ。世界一の贅沢。これが何よりも――」

「全部、お金があればどうにでもなる話ですね。金貨を一億枚あげるので、二度とここに来ないでくれますか?」

「はっ? ……い、一億枚? た、ただの冒険者のお前が?」


 驚愕するバートリー。


 確かに、彼が持つ権限は、本部役員と言う立場が保障しており、確かなものだ。


 しかし、金貨一億枚。


 銅貨一枚で100円相当のパンが買えるのがこの世界の相場であり、金貨は銅貨の千倍の価値である。


 そんな金貨が一億枚になれば、日本円だと10兆円に相当する。


 それをつべこべ言わずに上げるから、二度と来るな。


 アグリの言い分は、要するにそういう事だ。


「本部役員だと、ポンッと動かせる金貨も多いとは思いますけど、流石にここまでじゃないでしょ」

「なっ……あっ……」

「このヘキサゴルド王国は、血統国家の中で七つしか席がない『世界会議常任理事国』の『筆頭国』ですが、一年の国家予算は金貨1000万枚ですし、その十倍の金が、ポンっと出てくるわけもない」

「まあ、権力は凄いし、武器とか魔道具はたくさん本部に置いてるだろうな。ただ、金があるかって言われるとちょっと微妙だぜ」


 冒険者は、世界人口の千分の一。


 言い換えれば、冒険者協会は、勢力としては千分の一でありながら、『神器』や『聖遺物』と信仰でまとまる宗教国家と、血脈を維持し、より効率的に金貨を得る方法を模索してきた血統国家と並ぶ勢力を持つ。ということだ。


 なお、宗教国家の中で最も大きな勢力は『シーナチカ教会』と呼ばれ、本部として『大神殿』がある。


 言い換えれば、『大神殿』『世界会議』『協会本部』の三つが、『人間社会の三大権力』とされる。


 ただ、それでも、人数としては千分の一の勢力でしかないのが冒険者だ。


 ダンジョンに潜り、秘境に潜り、人類にはまだ早いとすら言えるアイテムを持ち帰り、それを協会本部はため込んでいる。


 アイテムと言う意味では大きいだろうが、そもそも金貨はインフラを維持するための魔道具の燃料として使われるため、常に消費され続けるものだ。


 協会本部は、これまで冒険者たちが歩んできた歴史を倉庫にため込んでいるが、持ちうる金貨は多いが、多すぎるという事はない。


 世界は広く、冒険者は多いが、それでもピンキリである。


「俺とあなたじゃ、格が違いすぎます。出直してください」

「……」

「刺激が強かったみたいだな。ミミちゃん。お客さんがお帰りになるから、連れて行って」

「はい」


 というわけで、ミミちゃんがバートリーを連れて外に出ていった。


「……で、エレノア。久しぶりだね」

「……そうっスね。まさか、姉さんが、こんな凄い男になってるとは思ってなかったっスよ」


 呆れたような顔を隠しもせず、エレノアは苦笑した。

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