第69話 あの鬼は何を企んでいるのやら

 金髪ポニテでミニスカスーツの巨乳のダウナー美少女。


 エレノアの外見的特徴を端的に述べるならそのような形になる。


 で、こういう外見、そう、特にその胸に関して、喜ぶ奴がいる。


「ぴいいっ!」

「おっとっと? かわいらしいドラゴンちゃんっスね」


 胸に飛び込んできたランを優しく撫でる。


「『氷越竜ラン・ジェイル』の幼体。通称ランちゃんだぜ。俺様もよく知らねえが……ちょっとこの前、オーガ関係で騒動があってな。その時に拾った」

「オーガっスか……」

「ん? 何か心当たりが?」

「……ここに来るとき、シェルディっていうハイオーガがいて、宝を狙って襲撃してきたっスよ。レイピアで一突きしたら倒せたっスけど」

「シェルディがねぇ」


 エレノアの話を聞いて、アグリは少し、考えている様子。


「そのシェルディとかハイオーガって、分析魔法?」

「そうっスよ。私は使える魔法が制限されてるっス。上から魔道具を与えられてて、それで分析した結果っスね」

「……そうか」


 アグリは頷いた。


「あるじ、前にシェルディと戦ったとき分析はかけたが……その時は?」

「『アスタオーガ』だったのが、額の紋章がなくなってからは『ハイエスト・オーガ』になってたね」

「は、ハイエスト・オーガっスか!?」

「ああ……」

「……じゃあ、こんなナマクラで通せるような相手じゃないっスね」


 アイテムボックスからレイピアを取り出すと、すこし、鞘から刃を抜く。


「……そうだね。俺の刀を使っても、単なる貫通強化だと通らない」

「じゃあ、私ならなおさら無理っスね。しかし、何が目的なんスか?」

「協会本部が貸し出している分析魔道具は、その分析結果が本部に送られるようになっていると聞いたことがある」

「要するに、エレノアがシェルディを倒したという、公式結果が残るわけだ。多分まだ生きてると思うぜ? 何を企んでるかは知らねえけど」

「そ、そうっスか……」


 打てば響く。どころではない。


 数少ない情報の中から正解を導き出す思考力。とでもいうのだろうか。


 知らない情報はもちろん知らないが、知っている情報を前提に、正しい結論にたどり着くのがあまりにも早く、そして正確だ。


「……やっぱ、姉さんは賢いっスね」

「俺の場合は、『集中力強化』で一切の雑念を入れずに考えることができるからね」

「反則っスよほんと……」


 エレノアはため息をついた。


 ただ、頼りになるのは事実だ。


「とはいえ、本部にその情報を届けるための作戦であったとして、そうするメリットは、『高速で広範囲に情報が届きやすい』という一点だけ」

「人間社会でどうこうっていうより、亜人領域に向けた立ち回りだろうぜ。ただ……ラトベルトが気付かないとは思わないが……まあアイツらが言う『宗主様』次第ってことか」

「この段階でわかるのはそれくらいだと思うよ」


 アグリは頷くと、エレノアの首を見る。


「……それで、話をエレノア自身に戻そうか。四年前。戦闘もこなせる受付嬢としてこの王都にある冒険者支部にいて、いろいろあって俺が仕込んだり物を上げたりした結果、本部に行くことになった」

「……そうっスね」

「バートリーについてくることになったのは全くの偶然だと思うけど、その首輪。一体何があった?」

「……舐めてたんスよ。支部で働いてたら分かるんスけど、本部が持っていくアイテムや金貨って凄まじい量になるっス」

「だろうな。べレグが愚痴ってたぜ」

「それを、もっと分配できないかって、いろんな資料を漁ってたら……コソコソ動いてるのがバレて、こんなものをつけられたっス」


 分配。とはいうが、結局は既得権益に手を出そうとしているのと同じ。


 怒りを買うのは必然だ。


「……アイテムは本部が抱えているとして、問題は金貨か? バートリーが金貨でどうにかなる贅沢に執着していたけど」

「まあそうっスね。単純な快楽に通じるアイテムを使って、本部の周囲と地下は、とんでもない歓楽街が出来てるっスよ」

「本部の職員はそこまで多くないと聞いたことがあるし、規模ではそうでもないか」

「その代わり質はエグいっすよ。実際、本部基準でランクの低い肉や酒であっても、かなり旨いっス」

「ふーん……」

「……姉さんは、あんまりそう言うの、興味ないんスか?」

「あるじはあんまりそういうのに興味はねえな。そもそも莫大な金を使えることに快楽を感じる時代はとっくの昔に過ぎてる」

「あ、そうっスか……」

「何なら、今は周囲にいるやつらがあるじでいろいろ満たそうとするからな」

「当然っスね」

「当然だぜ」


 強い同意があったようだ。


 実際、周囲の人間の性癖をゆがませるのが日常茶飯事なので、そう言う評価を一々気にしないのも事実である。


「今でも思い出せるっスよ。姉さんと一緒にお風呂に……」

「え、俺様知らねえけど」

「四年前、入ったんスよ。そ、その時に……ぶっ!」


 鼻から思いっきり血を吹いたエレノア。

 問題なのは、その血が完全にランにぶっかかったことである。


「ぴいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

「あ、ランちゃん。ごめんっス」

「四年前なのに思い出しただけで鼻血って、あるじってすげぇなぁ」

「だ、だって、今の姉さん。四年前と外見がかわんないっスよ? そりゃ、意識しちゃうっス。これは私は悪くないっスよ!」

「ぴいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

「ご、ごめんっス。後でお菓子をあげるから許してほしいっス」

「ぴいい……ぴっ」


 許したようだ。血はかぶったままだが。


「……はぁ、シェルディといい、その首輪といい、めんどくさいことを考えてるやつは多いね。ほんと」


 アグリはため息をつきながら、そんなことを呟いた。


 ……血を吹いたエレノアに対して特に言及がないのは、まあ、何かを言ったところで自分が疲れることになるので避けただけだろう。多分、きっと。そんな感じだ。

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