第90話 夜の酒場で一息

「俺様は思うんだ」

「どうしたのキュウビ」

「ムーンライトⅨはまだ『デカい事務室』を抱えてるから、あるじの格好は確かに映える。ただ、アンストに行くとなんだか妙な場違い感が出ると」

「普段からユキメのことをどう思ってるの?」

「めちゃくちゃ場に適してるなと思いながら見てるぜ」

「それが全てでは?」

「ぴい?」


 ムーンライトⅨで書類を散々作りまくったアグリだが、次はアンサンブル・ストリートに来ていた。


 ただ、まだ大きな『組織』と言えるのがムーンライトⅨだが、アンストの場合は『個人主義たちの寄せ集め』と言ったもので、大きな事務室を抱えているところもない。


 シャールがラトベルト理論の研究に使っている『研究所』はあるのだが、そもそも個人主義の研究者が集まったことで多くの書類が必要な場面にならず、大きな事務室を必要としない。


 まあ、別にミニスカスーツは着るべき場所が厳密に定まっているわけではないし、年から年中、ユキメはその恰好で活動するわけだ。


 そのユキメに対して特に何も違和感を感じないのであれば、アグリに対して何を言っても仕方がない。


「ただ、そう、あるじのスーツを用意する段階になって、ミニスカスーツって、やっぱり事務室っぽいところが似合うよなぁって思ったんだぜ」

「そう……なのか」

「ぴぃ? ぴい!」


 時々ランが反応しているが……その顔はとても上機嫌だ。


 まあそれもそのはず。


 アグリたちは、寡黙な店主がいる酒場で話しているわけだが、ランは椅子に座ったアグリの太ももに挟まれながら氷菓子を食べているからである。


 ……ちなみに、ランがアグリの太ももで氷菓子を食べ始めても、店主の表情に変化はない。


 非常に珍しいことで、アグリが『こうなっている』状況でアレコレ言わない人間は珍しい。


 ランが太ももに入って『ぴい!』と元気よく声を出すと、スッと氷菓子が出てくる。ここはそう言う場所だ。


「ぴいい、ぴいいっ」

「ランちゃんは元気だなぁ。もう赤ん坊は寝る時間だぞ。と言いたいところだけど、そもそもあるじが一緒じゃないと寝ないから仕方ねえか」

「そうだねぇ……まあ、赤ん坊なんだし。今は散々甘えたらいいでしょ」

「まあそりゃそうだな」


 時間は、月明かりの綺麗な夜。


 昼に活動すると決めたなら寝た方が良い時間だが、アグリはこうして、チビチビ飲んでいる。

 なお、『夜更かしは美容の敵』とされるが、アグリにそのあたりの常識は通用しない。


 というより、キュウビの方が『んなもんどうでもよくなるような凄い素材で化粧品を作っている』ためだ。


 プライベートな空間ではないが、静かであり、落ち着いた雰囲気を持っている。


「ぴい……ぴああっ」


 ランが大きなあくびをした。


「あれ、眠くなったみたいだね」

「腹いっぱい食べたらそりゃそうなるだろうな」

「ぴああ……ぴ……ぴ……」


 コクコクと眠気と戦っている。


 ただ、アグリが優しく撫でると、ランはスヤスヤ寝始めた。


「……まあ、こういうまったりしてるのも、いいもんだね」

「違いねえな」


 ムーンライトⅨは規模も大きければ書類も多く、あちこち動き回っていたアグリだが、ここではそのようなことはない。


 ゆっくりまったり、一息、ついている。

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