第11話 ガイア商会裏誘拐部隊『カミカクシ』

「あ、アグリさん。今日も大量ですね」


 搬入口に積み上げられた大量の金貨とアイテム。


 金貨はともかく、アイテムはどれもこれも、『転移街』で深いところに潜らないと手に入らない性能を持っている。

 アイテムボックスの魔道具を持っている冒険者は、転移街で稼ぐ場合、必要な準備の量が少ない。


 深い階層まで一気にショートカットできる画期的なシステムが存在するからだ。

 どんなモンスターが出てきても一刀両断できるような『怪物レベル』の冒険者になると、本当にその稼ぎは大きくなる。


「俺、べレグ課に入ったからさ。そっちによろしくね」


 冒険者ライセンスを見せる。

 ランクの部分は上げる申請をしないと上げられないし、今のところ上げる必要もないので放置しているが、支援部の方は更新され、『べレグ課』と記載されている。


「も、もう支援部と……分かりました。こちらは全てべレグ課の倉庫に保管します」


 アイテムに関しては、多くの商人が欲しがっているため全て抱えることはできない。


 というより、本当に必要な物は、冒険者が自分のアイテムボックスや金庫の中にいれて保管している。


 いずれにせよアイテムに関してはいろいろなルートを通って市場に流れるだろう。


 ただ、金貨に関しては、全て、『べレグ課』を運用するために使われる。


「じゃあ、よろしくね」


 そういって、搬入カウンターから離れた。


 ★


「おい、アグリというのは貴様だな!」


 アグリが地下の搬入カウンターから一階ロビーに上がると、一人の男性が待ち伏せしていた。


「……あなたは?」

「私は支援部オーバス課をまとめているオーバス・ナーシフガメだ! べレグ課に入ったそうだな。それをオーバス課に変更しろ!」

「……はぁ、無駄な勧誘合戦をさせないためにべレグのところに行ったのに、他の部署にいきなり浮気したら意味がないでしょ」

「ふざけるな! いいか。この支部に来る優秀な冒険者は、全てオーバス課に所属するべきなのだよ」

「違うよ。本当に優秀な冒険者は、そもそも支援部なんて必要としないさ」

「なっ……」


 アグリはため息交じりに言う。


 ……そう、アグリ自身もそうだ。別にべレグ課が『必要』かと言われるとそうではない。


 ただ、こういうのは速めに決めておかないと勧誘がうるさいし、そもそもべレグに金を入れるためにやっていることだ。


 ぶっちゃけるなら転移街に固執する理由もなければ、この町にずっといなければ彼の目的が達成できないというわけでもない。


「な、なら、べレグ課に入った貴様は、その『本当に優秀な冒険者』ではないという事だ! だが、今オーバス課に移籍すれば、多少は優遇してやる!」

「ふーん……」


 時刻は夜。


 しかしロビーであり、人はそれ相応に多い。

 夜型でこれから潜る物。昼型でこれから寝床に行くもの。

 そういった部分が入り混じる時間帯であり、人はそこそこいる。


「こんな人が多いところでよくもまぁ……ただ、今、この町の夜は腐臭が強くてね。君に構ってる暇はないんだ」

「何を言って――」


 アグリは右手の人差し指で、天井を指さす。

 そこには、明かりの魔道具が部屋を照らしている。


 オーバスの視線がその明かりに向けられた。


 ……というわけで、オーバスの負けだ。


「はぁ……」


 アグリは躊躇も遠慮もなく歩き出すと、オーバスの横を素通りして、支部の出入り口に向かって歩く。


 彼の付与魔法である『集中力強化』は、あくまでも『強化』であり、零を一にはできない。


 言い換えれば、『付与魔法の作用だけで、明かりに集中させること』はできない。


 しかし、指を向ける。といった簡単な動作で、人の集中力はそちらに移動する。


 僅かでもいい。明かりに集中した瞬間。明かりとオーバスにかけられた付与魔法が効果を発揮し、彼は明かりから目を放すことはできなくなる。


 あとは、時間を決めて自動で解けるようにしておけば何も問題はない。


「さて……パトロールの時間だね」

「そうだな。あるじ」


 出入り口の傍で待っていたキュウビが、支部から出てきたアグリの傍にやってくる。


「……で、あるじ。臭いところってどこだ?」

「俺がこの町に来た時から、ガイア商会はずっと臭いよ。ただ、意外と尻尾がつかめないね」

「……あるじも結構、この町の『裏』とつながりはあるけど、本当に、ガイア商会に関しては足取りが消えるんだよなぁ」

「そう、ウロボロスを急成長させて、研究や事業の成功率を上げさせて、上手くおびき出せたのは良い。ただ、それでやっとつかんだ尻尾が、クグモリの二階で密会が行われるってことだけ」


 ウロボロスに入ったのにはいくつか理由はあるが、この町でもっとも腐臭が漂う組織である『ガイア商会』の手を加えるということも含まれる。


 ただし、それ相応の時間をかけて手を加えてきたが、ガイア商会の『裏』はかなり徹底している。


「ユキメちゃんも頑張ったよなぁ。ガイア商会の役員じゃない人間が、本社の中に入り込んで調査するのは相当な実力が必要だし……」

「そうだね。とても頑張ってくれたよ」

「褒美は何か考えてるのか? 特に予定がないなら俺様が用意して渡しておくけど」

「逆にキュウビは何を考えてるの?」

「あるじが脱ぎ捨てた生シャツをプレゼントさ」

「それで喜ぶほど変態だったかな……」


 アグリは鈍感ではないが、物差しは長くない。


 ユキメが自分に並々ならぬ感情を抱いているのはわかっているが、着ているシャツを渡しただけで褒美になるのだろうか。


 アグリも自身の外見の価値は理解しているが、だからと言ってそれに付随する性癖まで理解できるわけではない。


「まあ変態だろ。この前、あるじのベッドに落ちてた髪の毛を渡したら、袋に入れて顔突っ込んで深呼吸してたし」

「……」


 アグリは『お前はクール系じゃなかったのか?』と思ったが、キュウビが嘘をつく理由もないので、本当なのだろう。


「あと……」

「どうしたの?」


 キュウビは、横で歩くアグリを見上げる。


 時刻は夜。

 雲一つなく、月明かりが映える夜空だ。


「あるじって昼でも綺麗だけど、夜はなんか妖しさが増すよな」

「髪とか肌とか、正直、ちょっと月の光を反射してるもんね。シャンプーとか化粧品とか、キュウビが用意してるけど、どこで買ってるの?」

「自作だ!」

「力を入れまくってるねぇ」

「俺様は『外見至上主義ルッキズム』だからな! 普段一緒に居るあるじの外見は素晴らしいものであってほしいです!」

「昔からブレないよねぇ」


 そう言いながらも歩くアグリ。


 ただ、その雰囲気は本当に、美しくも妖しい。

 もともと神秘的な雰囲気を持っているが、白い長髪と真っ白な肌が、月明かりを反射して仄かに光っている。


 アグリがいる場所だけ幻想的な雰囲気を放っており……端的に言って、キュウビの努力と熱意が分かるというものだ。


「……ん? 何か聞こえる」

「え?」


 アグリが耳を澄ませると、どこかから……刃がこすれる音が聞こえる。


「こっちだ」


 その方向に向かって走り出した。


 冒険者の支部の近くは冒険者にとって必要な店が集まっているが、夜になるにつれて、飲食店以外は大体営業時間が終わる。


 ある程度、音が響きやすいはずだが、上手く聞こえない。


「音が聞こえにくいな……遮音結界でも張ってるのか?」


 呟きながらも走る。


 裏路地を進んで、表の音も聞こえなくなり……。


「アレみたいだな……ジャスパーと誰かが戦ってる」


 サイラスを兄貴と慕うレッドナイフのメンバーであるジャスパーが、フードを深くかぶった男と戦っている。


 ジャスパーは両手にナイフを一本ずつ持って戦っており、相手は二人。


 その奥には……。


「誰か倒れて……ポプラか」


 ピンク色のショートカットが見えた。

 ポプラで確定。


 両手首が背中側に回され、鉄の手錠で拘束されており、両足首も鉄の枷で固定されている。

 口は布がキツく巻かれており、アレではまともに叫べないだろう。


「……ジャスパー! 下がれ!」


 アグリが叫ぶと、ジャスパーは反応。

 そのまま右に跳んだ。


 そこにアグリが入ってきて、刀を抜き、フードの男たちに切り込んでいく。

 フードの男たちも手練れだが……アグリはそれよりも明確に上だ。


「ぐうっ、な、なんだこの女は」

「抑えろ。こいつも攫うことができれば、俺達の昇進も堅いぞ」

「……」


 アグリの実力に驚いている誘拐犯。


 しかし、目の前にいるアグリのその容姿の美しさは本物だ。


 あまりにも神秘的で、幻想的な絵画から飛び出してきたような顔立ち。


 加えて、舞うように、踊るように刀を振るい、月光を浴びて抜群の艶を放つ長い白髪が揺れる。


「……♡」


 どれくらいの美しさかとなれば、縛られて動けないポプラが、あまりの光景にウットリして顔が赤くなるほどだ。


 ブルーマスターズは上位陣がルックスとスタイルと実力を兼ね備えた者が多い。

 言い換えれば、『美しい強者の戦い』は見慣れているはず。


 しかし、月明かりに照らされた妖しい美しさを放つアグリに呑まれているようだ。


「お前たちは一体なんだ?」

「答える気はない」

「ああ、違う。ガイア商会の『カミカクシ』だろ? 誘拐部隊の」

「「!?」」


 バレているとは思わなかったのか。誘拐犯の二人が驚愕する。


「俺が知りたいのは、どちらかと言えば任務の内容だよ。クグモリの密会と関係があるのか。それとも全く無関係で、誘拐部隊の通常業務なのか……反応からすると前者っぽいね」

「……そこまで知られているとなれば、消すしかないな」

「ああ。覚悟しろよ小娘」


 二人が左手に付けている腕輪を見せる。


 次の瞬間、アグリの左右に渦が二つずつ出てきて、そこから高速で鎖が伸びる。


 それらが、アグリの両手首と両足首に巻き付いて、彼の四肢を拘束した。


「チッ」

「なっ!」


 アグリが拘束されたことにジャスパーは驚愕を隠せない様子。


「それは霊魂を編みこんで作った鎖だ。物理的な影響は受け付けないぞ!」


 フード越しでも分かるほど歪んだ笑みを浮かべると、妙な色の液体が付いたナイフを手に接近してくる。


 麻痺毒か何かだろう。


「霊魂をねぇ……ジャスパー。そのままで」

「えっ?」


 驚くジャスパーを他所に、アグリは刀を、右手首を捻るだけで振るって、鎖を切断する。


「なにっ……」


 驚いている誘拐犯だが、アグリはそんな男の意識を『塵となって消えていく鎖』に集中させると、その腰に、刀の峰を叩きつける。


「ガッ……」


 壁に激突して地面に墜落し、そのまま気絶。


「馬鹿な! アレが切れるわけが……」

「世の中にはいろいろあるんだぜ」


 驚くもう一人の誘拐犯の腰の傍に、キュウビが接近していた。

 そのまま尻尾をバチバチと放電させると、腰にたたきつける。


「ギャアアアアアアアッ!」


 強烈な電流が流れて、男は倒れて気絶した。


「ふう……」

「キュウビ。ナイスタイミング」

「おう……」


 キュウビは一枚の写真を取り出した。


 そこに映っているのは、先ほどの鎖で四肢を拘束されたアグリだ。


「いやー、あるじって思ったより、鎖が似合うよな。危険な感じがするっていうか」

「純粋な少女の前で何のたまってんの」


 アグリは溜息をついた。


「ジャスパー。こいつらを連れてってくれない?」


 アグリは気絶した男たちを指さしつつ、ジャスパーに頼む。


「わ、わかったぜ……ってどこに?」

「今なら、支部にべレグがいる。尋問室にぶち込んで情報を吐かせといて」

「べレグさんが尋問係って……こいつらかわいそうに」


 不憫な視線で誘拐犯を見た後、ジャスパーは二人を手際よく拘束して、連れて行った。


「さてと……」


 アグリはポプラに近づくと、手錠と足枷を、鍵型の魔道具で開けて、口の布を解いた。


「あ、アグリさん。アグリさああああんっ!」

「おー、よしよし」


 アグリの胸に抱き着いていたポプラを、頭を撫でて落ち着かせる。


「うええええええええんっ!」

「いくらでも泣きな。大丈夫、もう大丈夫だからね~」

「うあああああああああんっ!」


 組織的な悪意。

 誘拐と言う物理的な恐怖。


 そこから解放されてなきじゃくるポプラ。


 冒険者として実力があろうが、関係ない。怖いものは怖い。


 そんな彼女の頭を撫でながら、爆発した感情を受け止める。




「……」


 で、キュウビはカメラを向けていた。

 こいつはもうちょっと自重した方が良い。

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